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採取クエスト その1

 日にちも変わって朝となったギルド兼宿屋。昨日までの騒然としたロビーには誰もおらず、静まりかえっていた。なんだかよく寝られなかった優也は、不思議と妙に早起きしてしまい、何故かギルドの前のクエストボードを眺めている。


「そうそう簡単でウマい話、ある訳がないか……」


 薬草採取、失せ物の捜索、家事手伝い、何れもぱっとしないものばかりで、報酬も銀貨止まりであった。別に楽をして稼ぎたいわけではない、もちろん数をこなせれば良いのだが、大飯ぐらいが二体も居るとなると、そうもいかなかった。うち一体は機動力がイマイチというのも非常な面倒な話である。


 そして追い打ちを掛けるように、昨日ギルドの人に食事単価と宿代を計算して貰ったところ、先日のペースで安価な食事をしたとしても、金貨1枚程度では日ごとに借金が1.1倍になるというのだ。

 これは滞在すればするほど借金が増えていくという計算になる。つまりこうなってしまっては、返済どころの騒ぎでは無く、なんとしてでも食費を稼がねばならないのだ。


「金貨の報酬か……。いやむしろ食事を控えてもらうか……」


 ぽつりと呟く優也に、誰も居ないと思われたカウンターの奥から声が聞こえてきた。


「さすがに厳しいですよね」


「うわぁ、びっくりしたぁ!」


「おはようございます。突然お声がけしてすみません。『シルヴィア』です。先日はお疲れ様でした」


 彼女は『シルヴィア』さん。ここの職員である。身長は自分くらいの長身に、白と青の刺繍が施されたローブ、金と赤の宝石を散りばめた耳飾りをつけ、すらりと長い金色の髪を持ち、ダークエルフ独特の黒褐色の肌である。

 先日のテストが終わった後に初心者ヘルパーとして上長より紹介してもらった。彼女は初心者から中級者までのクエストのサポートを担っており、地理や情勢、モンスター情報にも詳しいのだそうだ。

 出所は不明で、その多くを語ることは出来ないそうだが、よく働きギルドでも信頼され、今では若手冒険者の手助けにもなっている。


「お……おはようございます……。居たのは『シルヴィア』さんでしたか……。先日はいろいろと教えて頂きありがとうございました」


「いえいえ、こちらも貴重な情報を頂きましたし、見聞が広がりましたよ。さてさて、それはそれとですね……実は、ちょっと高めの採取の仕事があるんですけど、どうですか?」


「高いってことは、それはつまり危険って事ですよね……」


「危険……は危険なんですけどね、現地に行って時間さえあれば、誰でもできる安全な仕事なんですけど……いろいろと問題がありまして……」


「うーん。みんなが起きたら相談してみるんで、ちょっと考えさせて下さい……」


――――

――


 そして、優也、グラセーヌ、ハウゼンは、比較的整備された小高い丘を登ること数十分、無事に山頂に到着したのであった。ちなみに、シルクは乗り物酔いの関係から飲食店で接客を、ガリーシャは無駄に元気が良いので呼び込みの手伝いに行ってもらい、残念ながらここには居ない。


「と、言うわけでやってまいりました、ゲルオニクス火山」


「……ハァハァ……なかなか良い眺めじゃない。でも、何で私たちだけこんな所に来るのよ……」


「ええと……、薬草の採取です」


 ここはドフサールから東へ30キロの地点、馬車で約半日弱の位置にあるゲルオニクス火山である。

妙に小高い丘のような山であり、標高125m、火口直径121mの小型の活火山で、火口内の斜面はほぼ垂直になっており、落ちたらひとたまりも無いのは一目瞭然であった。一応安全対策として、火口の周囲には転落防止用の柵が張り巡らされており、容易に火口内には侵入できないようにはなっている。


 優也は、ギルドから預かった鍵を使って柵の扉を開け、その小さい火口の傍に近づいた。


 下を覗くと、その岩肌は溶岩によって妖しく赤く照らされており、その先には煌々と光る溶岩がグラグラと煮えたぎっているのが確認できた。


「落ちたらひとたまりも無いですぞ、これは……」


「あっ、ハウゼン! 危ないから火口を覗くときはあまり地面に顔を近づけない方が」


 ハウゼンは火口の縁に両膝を突いて恐る恐る顔を覗かせていた、だが下を覗こうと顔を出した瞬間、あまりの臭さに身を仰け反らせ鼻を押さえた。


「むぐっ、こ、これは……まるで腐った卵のような……」


「それは硫化水素といって、早い話が吸うと死ぬ」


「ほう、死ぬ!?」


「若干臭う程度なら濃度は薄いが、高濃度になると匂いすら感じずに直ぐ死ぬ」


「直ぐ死ぬ!?」


「だからあまり火口に顔を近づけないで欲しい」


「優也殿は見識が広いのですな……」


「いや、そこの看板に書いてあるんだが……」


 立て看板にはご丁寧にドクロの警告マークとともに、火山性ガスの危険性が記されており、死ぬまでのレベルが書いてあった。


「……」


「と、まぁそれは良いとして、唯一ここに生えると言われる薬草が、非常に高いお金になるとかならないとかで、採取しに来たわけだ……」


 グラセーヌは辺りをキョロキョロと見回しているが、視界に入る草はただの雑草であり、どこでも見られるものであった。


「で、どこにそんなの生えてるのよ? 辺りを見ても、どこかで見たような雑草と苔くらいしか生えてないわよ?」


「大変困った事にギルドの情報によると、その火口内の壁面に生えているそうで……」


「ん? どれどれ……。って、えっ。まさかアレを取るの!?」


 グラセーヌが火口を覗き、視線を下に向けた。その遥か眼下の岩肌には草が繁っており、熱風に扇がれ葉がそよいでいた。


「ええ……、そのまさかなんですけど。降りて取ると死ぬので、この釣り竿で回収するそうです」


 優也が取り出したのは、難燃性の釣り竿である。糸もロッドも特殊仕様で、今まさにここで採ろうとしている草を使った繊維で加工してあるのだという。


「こんなので、取れるの?」


 グラセーヌは優也からロッドを預かるとそれを手に取り、しならせたり、振り回して首を傾げている。


「シルヴィアさん曰く、薬草の根は浅く、針で引っかければ採れるって言ってたけど、熱で糸が揺れるから、採るのに凄く苦労するんだってさ……。下手すると折角引っかけた草を溶岩に落としてしまったり、岩肌に針が引っかかって面倒なことになるから注意して、って言ってたな」


「ふーん……。こんな釣り竿でねぇ……」(あっ……)


 ――ガシャーン


 しならせた反動と持っていた手が滑って、そのロッドは奈落の底へと落ちていった。


「それと竿は高価なのでくれぐれも慎重に扱って欲しいって言ってた……って、おいいぃぃぃぃ!!」


「ごめん優也。落としちった! テへっ」


「テへっじゃなくて、その竿200ゴールドもするんだぞ!!!」


「えええええぇぇ!! って……。に、にひゃくごーるど……?」


 どうやら通貨の価値が未だ理解できていないグラセーヌであった。


「……200ゴールドといえば、昨日の食事が約10日分食える計算だ……」


「えええぇ! なんだってそんなに高いのよ!」


「難燃性の特殊繊維で作ってある竿と糸で、ここの材料を使って作れる代物なんだとか……って、どうするんだよこれ……」


「そ、その辺の糸と木の枝で代わりにならないかなぁ……なんて」


「吊るか……」


「吊るって何を……えっ、まさか……!」


「ハウゼンくん曰く、すぐそこの小屋に“緊急用の難燃性ロープと滑車”が備え付けられておるそうだ」


「えー……」


「それか今日はこのまま諦めて他のクエストを受けてもいいが、借金が突然200ゴールドも増えるとなると、残念ながらこの先の食事は、水に塩を入れただけの物がしばらく続くと考えてもらう他ない……」


「うぐっ!」


「しかも、マヨネーズの材料を買う金も皆無だろうな……」


「……」


「さて、帰るか……。帰って塩水でも啜るか……ハウゼン……」


「……ったわよ……」


「おっ?」


「わかったわよ! わたしが採ってやろうじゃないの!!!」


「とは、煽ってはみたものの、本気で行けるのか……? なんかこうスキルでどうにか出来る方法を思いついたとか?」


「はぁん? 油と発酵しか出来ないのよ、そんな便利な方法あるわけないじゃない! それとそもそもわたしは無敵よ。水中ですら無呼吸いられる女神をなめないでよ! 火山性ガスが何よ! 溶岩でクロールすらやってのけてみせるわ!!」


「流石にそれはやらんでも良いが……」


「まぁ、それはそれとして、問題はこれを何個採ると元が取れるのよ」


「1つで1ゴールドの成果性報酬だから、この場合だと最低でも200以上は採らないとダメだろうな……」


「に、にひゃくですと!?」


「見る限り底に行くほど生えているみたいだから、下まで行ければなんとかなりそうだけど……。でも、あれだ、無理そうならマジで辞めてもいいんだぞ」


「行くわ……! 行って採りまくってやるわよ!!!」


――――

――

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