キューブ
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仕方なく回収したキノコを袋に詰め、グラセーヌと優也、ハウゼンはデルべ村へと向かった。
村に着くとハーゲンとカーミラが神妙な顔で待っていた。二人に事情を聞くと、なんでもケインの家にある物と、調査の類で来たということであった。
詳しいことは話されておらず事情が飲み込めない優也たちは足早にケインの家に向かった。
「……ぐあぁぁああぁぁ……」
家の外には貴族が使いそうな金装飾の施された馬車が3台ほど停められており、中からは男の悲鳴が聞こえてきた。
かつてこれほど物々しいことは無かったらしく、村の皆も次第に集まっていった。ケインの家の入口の外には兵士が二人立っていた。
「つ、連れて参りました……」
カーミラとハーゲンが言った。その沈んだ声からくみ取れる表情はまるで脅されているようであった。
「ご苦労、では娘を……、おい! 連れてこい!」
「承知しました」
兵士とのやりとりが聞こえた。
(そうだ、シルク……彼女はルナヴェイルから村に戻っていたんだった……まさか、こんなことになっているとは思わなかったな……)
「パパーママー! 楽しかったー!!」
「お前ら!! シルクに何をした――って、はァ!?」
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「……よ、良かったわねぇ、楽しく遊べた?」
カーミラは苦悶の表情を浮かべながら娘シルクに訊いた。
「シルク一位になったの! 領主さまフルボッコよ!」
「あらあら手加減しないと領主さまが可愛そうでしょ……」
「大丈夫よ、領主さま笑ってたものー!」
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どうやら、シルクは領主さまと遊んでいたらしい。神妙な顔をしていたハーゲンとカーミラであったが、どうやら昼に食べた食事が痛んでいたらしく、腹痛に喘いでいたそうなのだ。ハーゲンとカーミラはシルクを一旦優也に預けると、一目散にトイレへと走っていった。
兵士は重い口調で優也に語りかけた。
「そんなの貴様が知ったところで、それが何か私に特になるのかね? 口を慎みたまえ。ユウヤというのは貴様か……」
「あ……ああ……そうだ、俺が優也だ。な、何故俺を呼んだんだ……」
「それはな優也……、こういうセリフを一度吐いてみたかったんだ。まぁ、なにはともあれ中に入れ、話は領主ドフサール様から直接聞くがいい」
「……お、脅かさないでくださいよ……全く……」
「はははは……、あまりにも何も起こらないと冗談も飛ばしてみたくなるのだよ」
乾いた笑いに安堵した優也たちは、兵士に案内されると奥の間へと向かった。
扉を開けると他の者とは全く異なる風貌の老齢の男性が居た。初対面ですら領主と分かるほどの装飾を纏った彼は、深紅の衣装と襟元には白いファー、それと長い口髭を蓄えていた。優也はどこと無く既視感を感じた。
「ほっほっほ……シルク、お前さんはカードゲームが強かったのう……。おじちゃん全く勝てなかったよ」
「り、領主様もっと真剣にやらなきゃダメ。し、シルクとやる時手加減してるでしょ」
「いやいや……私は何時だって真剣だよ。さて、来たな優也よ。私はこのあたりの領主、マルコメルス・ドフサールだ。話は変わるがお前さんが優也か……あと、あと……なんか後ろの……その……デカいヤツらは何だ!」
部屋の入口から顔を覗かせているグラセーヌであったが、その様子に領主ドフサールが少し怯えている様子であった。ハーゲン低の破壊したドアの一件もあって、部屋に入いれず入り口で待機していた。
「ハァ!? 何このおっさん? 私が神……」
(ちょっとちょっと、グラセーヌ! 面倒なことになりそうだから、今は神であることは隠して……)
(神に不敬な態度とるヤツらよ? 今すぐぶっ殺しましょ!)
(いきなり物騒なこと言うんじゃないよ、領主さまはシルクの面倒見てたみたいだし、良い人じゃないか。それと生身の神がこんなところに居たらいろいろ問題がなりそうだから、今はちょっと身分隠してよ。あとで特性マヨネーズ作ってあげるから……)
(し、しょうがないわね……。今回だけよ……)
「ううん……、こほん。わ、私は、か……神の使……アイタッ!!」
優也はグラセーヌの腰に手を回すとつねった。
(グラセーヌ君、神ってことから離れようか……)
「し、失礼しました。わたしはただの村娘で、優也の許嫁でございます……」
(ちょ! 突然何言ってるんだよ!!!)
(一緒に居るんだから多少リアリティがあったほうが良いでしょ!)
「ほほう、優也殿の許嫁か、なかなかの好きものよのう……」
(――! なんか侮辱されてる気がするわ、やっぱりぶっ殺しましょ!)
(だから待てって……、適当に聞き流せよもう……)
「それと、そちらのデカい男は何だ? 尻尾もあり肌も人とは違うようだが……」
「我はエルドレスト族の長、ハウゼンと申します。この優也たちに救われ、この地に共に住まわせております。今ではデルべ村とも協力し有効な関係を……」
「いやいや、それは良い、既に話は聞いておる。それはそれとして、このところドフサール領で何やら不穏な動きがあってな……近隣のムモーゲルス領が何か企んでいるようなのだ」
「ムモーゲルス領…… あのツルクリフ・ムモーゲルス卿……ですか?」
神妙な顔でケインが口を挟んだ。
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ドフサールと隣接しているムモーゲルス、その特産品および交易品は鉱石である。ドフサールは領地は広大であるものの、そのほとんどは畜産および農産物である。それは肥沃な大地とそこを流れる川、それと治水により繁栄してきた。一方で、このデルべ村みたいに首都から離れた地域では、招かれざる者たちの脅威によって、農作物の収穫量が減っていまう事も少なくはない。今となっては解決し、安定供給できるまでに至った。だがそう言った地域は方にも多数あるのだという。
一方、首都ドフサールは街には様々な食材が集まることで有名である。様々な食材や調味料や香辛料を街に売りに行き、他では手に入らない物品を買って持ち帰る。そうすることで繁栄していった。
ただ問題なのが農具である。鍬や鋤といったものから、斧や護身用の剣や武具はムモーゲルス産である。ムモーゲルスとは農作物と引き換えに農具や武器防具を仕入れることで、成り立っている。ムモーゲルスは荒廃した土地であるが、その反面鉱石が多く産出される。
だが、その均衡が崩れようとしているというのだ。
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ドフサールはその一連の背景を丁寧に説明してくれた。そういった背景があるとは知らなかった優也は、恐る恐る領主ドフサールに訊いた。
「均衡が崩れる……というのは一方的に略奪が……という事ですか……?」
「いや、略奪という事ではないのだが、そこにある四角い物体が問題なのだ」
「え、これは俺が創り出してプレゼントした調味料の塊ですよ……?」
「そう……調味……ハァ!? ちょ、調味料だとォ!?」
「じっくりと時間をかけて超圧縮した、ただのグルタミン酸ナトリウム結晶です……」
ケインが間に入って説明した。
「これ貰ったんだけどさ……。水に沈めても溶けないし、熱しようが何しようが、ハンマーで叩いても全く壊れなくて、出荷の時に立ち寄った街の鑑定士に見て貰ったら、強大な魔力を帯びた未知の構成物質で出来ているって言われてな……それが領主さま、それとムモーゲルス領の耳に入ったんじゃ無いかと……。すまない優也、まさかこんなことになるとは思ってもいなくて……」
領主ドフサールが重い口を開く。
「要するにだ、この超高強度の物質をムモーゲルスが欲しているという事だ……。我が領としては今まで通り穏便に済ませたいと思っているのたが……」
「情報は流れてしまったからな……、今更嘘でしたとも言えないし……」
俯くケインは自身の巻いた種であったが故に、その表情は暗く重かった。
「金を積んで鑑定士の間違いでしたで、しらばっくれるってのは……ダメですかね……」
安直な優也の考えに、領主ドフサールが言った。
「ふむ……残念ながらそれは無理だと思う。鑑定士はドフサールの人間で、それだけで事が済めば良いのだが、残念なことに従業員の何名かはムモーゲルスからの技能実習生……おそらくその何れかの人間が情報を流したのであろう。そのためなのか、農具は今まで通りだが、武器防具をこのタイミングで規制してきおった……。これでは街や周辺地域を守ることが出来ぬ。そこで主らに頼みがある」
「……と言いますと……?」
「とりあえずドフサールにある街のギルドに登録して、その動向と経緯を冒険者のフリをして探り、我が領に力を貸して欲しい。魔法を扱え、そのような物質が作れるのだ。必ずや力となる。いや、なって欲しい……」
「街か……、どうするグラセーヌ?」
「ハァ!? 何言ってんのよ優也、どうするも何も行くしか無いでしょ!! もっと美味しいもの食べに行くの!」
「まぁ、ルナヴェイルでも話し合ったけど、神器の捜索もあるし行くだけ行ってみますか……」
こうして優也とグラセーヌは街に行く事になったのである。
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