フライング・マッシュルーム
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「……ぶっ飛ばされたんだけど……」
起き上がった第一声がそれだった。
「ゆ、優也! 起きたのね……って、えっ! 何が……」
「突然、波動キックってヤツ食らったんだけど……」
「波動キック……突然すぎてちょっと意味が分からないけど、たぶんキノコの毒で脳がやられたのね……可哀想に……」
「ちゃうわ! 妹さんが技の練習してるときに、俺が出現してぶっ飛ばされたんだよ!」
――
優也は毒キノコの影響で、精神がグルティーヌの所に一時的に飛ばされていた。彼はグラセーヌにより自動蘇生されるが、あちらに居られる時間は非常に曖昧である。これはグラセーヌの気分に大きく左右する。
出現したのはグルティーヌが技の練習をしているときであった。「波動キック!」と大きく叫び後ろ回し蹴りを繰り出した瞬間に現れてしまったのだ。
グルティーヌの渾身の波動キックは、優也をそのまま吹き飛ばし、柱に肩が触れると大きく姿勢を崩し、発光しながら身体は大きく回転していった。そして天も地も分からぬまま、気がつけば元の世界に戻されていたのである。
このとき、グルティーヌ自身は手応えを感じたそうが、何を蹴っていたのかは認識できずにいたそうである。
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「ちゃんと注意して口に入れないからそうなるのよ……」
「“ちゃんと”って、あのタイミングで口直しだとか言われてそんなもの出したら誰だって飲むだろ!」
「だって、優也ばっかり飲んでてヒマだったんだもん……」
「ヒマだった、ってあんた口が寂しいからって言って、バジルマヨネーズと氷室から出したイカの干物持っていったでしょうが……」
「5枚……」
グラセーヌが俯きながら呟いた。
「5枚も渡したじゃないか」
「1枚1分……」
「えっ……?」
「1枚1分しか持たないって言ってるのよ!! 6分後には何食えって言うのよ!! 樹皮!? キノコ!? そんな訳分からない物食えるわけないじゃない!! 私の胃袋がデリケートなの知ってるでしょ!」
「神であっても胃はデリケートなのか……って、キノコは食えるじゃないか」
「キノコが食べれるってのはまぁ解るわ、でも食べても下痢したり、嘔吐したりするのはもう嫌なの。大量のアニサキスとか寄生虫とか、よく分からない油で下痢したりもしたのよ! しかも何度もよ!?」
「それは、グラセーヌが禄に確認もせず食べるのがマズいのでは……、それにツキヨタケはともかくとして、シイタケは食用だぞ。しかもグアニル酸を含んでいるからうま味もバッチリで、あっちの世界にあった"うまみ調味料"にも使われているほどの物だぞ……」
「えっ、じゃあこのシイタケってのは食えるってこと……!? どれどれ……」
咄嗟に生シイタケを手に取ると頬張った。
「あっ、ちょっ! 言ってるそばから食うなよ……」
「なんかあまり美味しくないわね……」
――むぐむぐ……
「体質にもよるが、生で食うとシイタケ皮膚炎になるんだぞ……」
「そんなの聞いたこと無いわね……じゃあ、こっちの乾燥してるのなら……」
「あっ……!」
「ちょっとうま味はあるけど、硬すぎるわ……」
――むぐむぐ……
「直で食うなって、乾燥シイタケは、水でもどして使うと旨みが倍増するんだよ。それとさっきも言ったけど生シイタケは危ないって言ったろ? 素材そのものを食う時はこうするんだよ」
優也は網を取り出し、湯を沸かしていた炭の上に乗せると、シイタケを軽く拭き、笠を下にして並べていった。こうする事で笠の内側にはシイタケの持つ水分とグアニル酸の汁が貯まっていく。ここに塩を一つまみ。この時スダチなどを入れても良い。軸は切り離し、それも一緒に焼いていく。
――ジュウウゥ……
「これらどうだ?」
グラセーヌの前に焼きシイタケを置いた。独特の香りと炭の香ばしい匂いがグラセーヌの鼻をくすぐった。恐る恐る口に入れるグラセーヌ。
――むぐむぐ……
「全然ちがう……生と全然違う――!!」
生とは違う食感と、素材が持つ旨みそのものに舌鼓を打っていた。
「あとは料理の引き立て役として食べたほうがよりウマいぞ。たとえば……」
乾燥シイタケを手にすると部屋に置いてあるすり鉢を使い磨っていった。粉状になったシイタケと、少し荒く挽いた岩塩を混ぜる。これを、シイタケの粉末1:塩2の割合で調合する。
次に薄く切った肉に、調合したシイタケ塩をまぶして全体にすり込む。そのまま5分程度置して肉とシイタケ塩を馴染ませる。あと網で少し焦げ目が付くまで両面を焼く。
――ジュウウゥ……
一口大の肉であるが、辺りには十分なほどのシイタケと香ばしい肉と肉汁、そして炭の香りが立ち込める。僅かに焦げ目がつくまで炙る。完全に芯まで火が通らない絶妙なタイミングでグラセーヌの前にその肉を置いた。
「はい、どうぞ」
僅か1切れだというのに、その旨みはグラセーヌを納得させるには充分な量であった。
――むぐむぐ……!
「――ウマい!! こ、これは……ルナヴェイルで食べた肉の比じゃないわ……!! 肉の旨味がシイタケのもつ旨みによって、倍……、いやそれ以上に肉を引き立たせている――!」
「ちなみに塩だけだと、こうなる」
今度は塩のみで焼いた肉をグラセーヌの前に置いた。箸で丁寧につかむと肉を無造作に口に入れた。
――むぐむぐ……
「――うま……い、けど、シイタケが入ったほうが旨みが強いみたいね……肉の持つ旨み自体が全然ちがう……」
「そうだろう、そうだろう……、では最後にこれを食べてみてくれたまえ」
「……これはさっき食べたのイタケのヤツと変わらないんじゃないの?」
――むぐむぐ……!!
「――ちょ、ちょっとなにこれ!! シイタケ以外にも何か入れたの!?」
「これはグルタミン酸ナトリウム、つまり“うま味調味料”のベースを入れたものだ。本来ならば昆布の持つグルタミン酸を使用したいところだが、残念ながらこの地域には無いのでこれは魔法で出した。そして、シイタケの持つグアニル酸、そして肉や魚に含まれるイノシン酸、この3つが出逢うことで最強のうま味が味わえるのだ……!」
「くっ……、もっと……もっと食べたい!!!」
「断念だがグラセーヌくん、私のグルタミン酸ナトリウムは、少量での摂取であれば問題ないが、グラセーヌくんのデリケートな胃腸は大量に摂取すると大変なことになるのだよ……」
「ううう……、いつか……いつかきっと優也が作ってくれるって信じてるもん!!!」
「そうだな……ゆくゆくは作れるようになるかも知れないな……。とりあえず今日はこのシイタケでキノコパーティだな!!!」
「そうね、シイタケ使ってもっといろいろ食べてみたい……! 頼んだわよ優也!!!」
「よしよし、任せと……」
――バァン!! ガシャーン! ドォォォン!!
勢いよく立ち上がったグラセーヌの椅子はそのまま後ろに吹き飛び、後ろのテーブルは崩壊、そのまま壁を貫通すると置いてあったツキヨタケとシイタケや宙を舞い部屋中に散乱した。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁあああ!! ツキヨタケがあぁぁぁ!!」
――バァン!! ガシャーン!
崩壊したテーブルが扉の可動域に干渉、ハウゼンの勢いよく開けた扉によって更に散乱した。
「優也殿!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!! シイタケがあぁぁぁ!!」
ボトボトと音を立て落ちるキノコを、グラセーヌは必死になって回収している。
「優也殿大変です!!」
「うああ……、こっちも大変なんだよ……」
「――この散乱した状況……まさか、敵襲ですか!! 優也様扉の後ろに隠れてください!!」
椅子を勢いよく蹴り飛ばし、優也の頭に手で庇い屈ませると扉の後ろに追いやった。
――ガシャーン!
「……うあぁぁぁぁあぁぁ……」
「敵は――、敵は何体ですか!」
ハウゼンは扉の後ろに隠れると、半身を乗り出し部屋の様子を窺っている。一方、グラセーヌは隅に散らばるキノコを回収していた。
「ハウゼえぇぇぇン、ちょっと落ち着けええええ! 敵じゃなくってグラセーヌの本気の椅子がちょっとテーブルに当たっちゃっただけなんだってば……!」
「は……。グラセーヌ様の本気の椅子……ですか!? 凄まじい破壊力ですね……」
「さっきまで、キノコの鑑定してたんだけど、おかげさまであらゆるものが散乱してこのザマに……」
「……すみません優也様、ですが急いでお伝えしたい事があって参りました」
「まぁ、また片付ければ良いとして、かなり焦ってた様子だけど、いったい何があったの……?」
「すぐにデルべ村に来てください、何でもドフサール領の兵士たちが聞きたいことがあると、村に押しかけてきているのです」
「えっ!? なんかマズいことやったっけ……」
「彼らが言うには、ユウヤと言う名の人間と話がしたい……と」
「と、とりあえず行ってみるか……。ほらグラセーヌも行くよ……って、おい!!」
「キノコ持っていきたいから詰めてんのよ!! ほら優也もハウゼンも手伝って!!」
「それもう全部袋に入れたらどっちのキノコだかわかんねぇだろうが――!!」
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