樹皮の茶とキノコ
材料を一通りそろえ、小屋へと向かう。いつもであれば扉を開けると、モッチーが出迎えてくれていたが、今日に限っては留守であった。
奥へと進むと大きなテーブル、それを取り囲むように棚があり、麻布で封がしてある小箱と、コップが並んでいた。
棚から幾つかのコップと、取っ手付きの茶こしを取り出した。そして、それらをテーブルに並べる。続けて奥から薬缶取り出すと、水を入れ湯を沸かしていった。
「よし……、やるか! ええ……と、まずは1番目の樹皮か……」
沸騰した湯を少し置き、僅かに冷ます。茶こしに樹皮を入れると、ゆっくりと湯を注ぐ。少しばかり樹皮を泳がすと茶こしを掬い上げ、樹皮を器へと空けた。
コップには限りなく薄茶色の液体が注がれており、そこからは温かな湯気が立っている。その立ち上る湯気をしばらく眺め、そして意を決し震える手で口へと運んだ。
――ずずず……
口に含んだその湯は、緑茶と比べると若干渋みはあるものの飲めなくはなかった。だが、少量だからか温度が高いからであろうか、その味は限りなく薄い。
――あちっ、あちち……
「特に変な味はしない、若干渋みがあるが飲めなくは無いな……、あとは鑑定結果がどう出るかだが……」
「どうなの優也、大丈夫?」
グラセーヌが顔をのぞかせ心配そうに見ている。
「たぶん大丈夫……だと思う、もう少しで鑑定結果が出るからちょっとまってて」
そして、脳内に鑑定結果が響く……
〈――樹皮のお茶デス……〉
鑑定結果は秒で終わった。それ以外語りかけることもなく、ただ沈黙だけが続いた。
「ん……? はァ!? まてまてまて、鑑定これで終わりかよ。もう少しなんとか言えよ!!」
「どうしたの? 何かあったの?」
「いや、“ただのお茶です”って言われたんだが……」
「何それ、優也の脳バグってるんじゃないの? そんなチビチビ飲むのは鑑定に値しない的な感じで無理なんじゃない? やるならもっとグビっといかないと、グビっと」
「今しれっと酷いこと言わなかった? てか、ちょっとまて、そもそもグビっといける温度じゃないだろこれ」
「んじゃあ、次のを準備しながら冷めるのを待てばいいんじゃないの?」
「それもそうだな、多少冷めたところで含まれる素材が変化する訳じゃないし、続けて準備しながら冷めるのを待つか」
優也はグラセーヌの提案受け入れ、乾燥させた樹皮を煎じると次々と容器へと移していった。最後の樹皮を注いだところで、最初に注いだ茶がそろそろ飲み頃のようであった。
コップを手に取り中を見ると、最初に見た時より色が少し濃くなったような気がした。湯気は立ってない。そしてコップに手に取ると再び口へと運ぶ。
「しょうが無い……ここまでやっておきながら引き返すわけにもいかんし、腹をくくるか……」
――ぐびぐび……
ほのかに暖かい茶が優也の喉を優しく潤す……。
「ふぅ……、最初に口に含んだ時よりまだ飲みやすいな……」
〈ブナを煎じて作られたお茶、成分はフラボノイドおよびタンニンで、効能は利尿作用、外用としてかゆみ止めや、多少の発汗促進作用が……〉
素材に張られている紙に内容を書き入れながら鑑定結果に傾聴していく。
「ふむふむ……利尿作用とかゆみ止めか……、さて、鑑定もそろそろ本題かな……」
〈使用されているブナは、学名はFagus crenataと言い、冷温帯地域に広く分布する落葉広葉樹……葉はやや楕円形で……〉
「よしよし、木の説明に入ったぞ……」
珍しく脳内に響く鑑定結果に傾聴する。いつもであればただの鬱陶しい存在であるのに、こういう時は頼もしく思える。問題があるとすれば食事のたびに発動することであるが……。
〈……ブナの材は柔らかく加工しやすいため、家具や器具、木製玩具、薪炭材に利用できます。以上デス〉
鑑定結果に注意を払って聞いているはずであったが、肝心のキノコという単語は一言たりとも出てこなかった。首をかしげる優也であったが、何か落ち度があるようには思えなかったし、考えてもしょうがないので、続けて次の茶を試飲することにした。
「あ、あれ……? キノコは……キノコの説明が無いな……。でもとりあえず、この樹皮はブナという事は分かった。さて、2番目を続けて試飲してみるか……」
――ぐびぐび……
〈カエデを煎じて作られたお茶、成分はタンニンおよびサポニンで、効能は抗酸化作用、疲労回復、血糖値調整などが……〉
「おっ、おお!? これはなかなか飲みやすいぞ……。微かな甘みと焙煎木のような芳香、僅かだが遠くにバニラ香も感じるぞ……、しかも鑑定によると疲労回復とはありがたい。そして以外とウマい……」
〈カエデは、ムクロジ科カエデ属に属する落葉高木・低木の総称で……〉
別の意味で期待を裏切られたカエデ茶は、以外にも飲み干された。だが、キノコの情報はでなかった。
「結局、キノコは言わなかったが、カエデだという事が分かったな……、さて次のを試してみるか。どれどれ……」
――ぐびぐび……
3番目に淹れた茶は、少し癖があり燻したような香りが広がった。素材が持つ甘みは無く渋さが際立った。1番目のブナと比べると、渋みは少し強い。
「燻したようなスモーキーな香りと、紅茶のようなマイルドな渋さがあるな……」
〈クヌギを煎じて作られたお茶デス、成分はタンニンおよびリグニンで、効能は抗菌および消炎、整腸作用、止血補助などに……クヌギの樹木は樹高10~20メートル、直径50cm程度になる中高木で、成長速度が比較的速く……〉
「クヌギか……、これはちょっと人を選ぶかもしれんな、さて最後はこれか……なんだか口に入れる前から微妙に嫌な臭いがするが大丈夫なんだろうか……」
少し不安もあったが、まだ飲めそうという良く分からない感情が無理にでも優也を突き動かした。
――ぐびぐび……
「……っ!? うおぉおぉぉぉえええ……!!」
渋さがぶっちぎりで際立つ。そしてその渋さから逃げようと舌が、口が無意識に開く。燻り焦げた樹木、土臭い匂い。優也の身体がその全てを拒否し吐き出す。
〈コナラを煎じて作られたお茶デス、主な成分はタンニンで、効能は下痢止め、喉の炎症、外用消毒などに……コナラ、学名はQuercus serrata、落葉広葉樹の一つであり、ブナ科コナラ属に属する樹木であり……〉
「ゴホッゴホッ……、強い渋みとえぐみ……それに古くなった濃い緑茶に鉄のような渋味が加わって、最悪の喉ごしだ……」
四つん這いになって喘いでいる優也にグラセーヌが口直しに茶を差し出した。
「だ、だいじょうぶ優也!? ほ、ほらっ口直しにこれを……!」
「おっ……? 旨っ……?」
最初にわずかな旨みを感じた――が、次の瞬間、違和感が彼を襲う。鑑定結果は脳内に響き渡り、我が耳……いや脳を疑った。
〈ツキヨタケ茶です。主な成分はIlludin S類、細胞毒、未特定の毒性物質で……〉
「があぁぁぁあ!! うおえぇぇぇえええぇ!!!」
最初に感じたのは軽い旨みであったが、その直後にこの世の全てが終わるかと思うほどの酷いえぐみと苦み、それと土臭く強いキノコ臭が優也を口腔内を襲う。
〈効能は、中毒症状、嘔吐・下痢・肝障害・神経症状がもっとも危険で、生の状態ではやや甘酸っぱいような発酵臭がし、一部では「湿った木材」や「古いシイタケ」と形容され、煮出すと強いキノコ臭が増幅し、ツンとした刺激臭になることがあり……ツキヨタケは主にブナやカエデなどの広葉樹の倒木・立ち枯れ木に群生しやすいとされています〉
「ツキヨタケじゃねええええかああああ。どっから出てきたこの茶はあああああぁぁぁ!!!!」
「ゆ、優也、大丈夫!? とりあえずこれ飲んで落ち着いて!!」
グラセーヌが差し出すそのコップを慌てて手に取り、喉へと流し込んだ。
〈コナラを煎じて作られたお茶デス……〉
「くそマズいわああぁああああぁぁ!!」
――ガシャーン!
「ま、まちがったこっちよ!!!」
「こっちか!!」
優也は混乱しているのか、グラセーヌの差し出す茶を飲み干した。
――ぐびぐび……
〈シイタケ茶、乾燥させたシイタケを煮出したお茶です。古くから風邪の予防や滋養強壮、デトックス目的で……馴染み深いキノコのひとつ、シイタケ椎茸。その風味豊かな味わいや、出汁にしたときの旨味成分は、多くの料理に活用され……〉
「シイタケじゃねええええかああああ!!!! どっから出てきたこの茶はあああぁ!!」
〈……シイタケは特にコナラ、クヌギなどの広葉樹を好みます〉
「ふふん! すごいでしょ、私が炒れたのよ! 優也が試飲してるときヒマだったから真似して炒れてみたの」
グラセーヌは腰に手を当て得意げそうだ。
「いや、ちょっとシイタケに……いや……ツキヨタケがどうなって何が何だか分からないんだが、何で茶が……」
優也の意識は混乱と変調を来し、朦朧とするなかその意識はゆっくりと遠のいていった。
「あれ? 優也? 優也あああぁ!!」
グラセーヌの必死の呼びかけは、優也には届かなかった。
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今年の初めから今に至るまで病気と不幸、度重なる仕事の関係で滅入っておりましたが、ようやく落ち着きペースが若干戻って参りました。本当に読んでいただけてるのか些か不明な部分はありますが、面白いと感じて頂ければ評価していただけると大変励みになります。現在の更新ペースは、酷かった前半部分のリライトも兼ね、概ね2~4日間隔です。
つたない文章ではありますが、今後ともよろしくお願いします。




