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凍てつく油

 ようやく食べられる油を手に入れた。食べられるという表現も変だが食べられるのだ。グラセーヌのひり出す鉱物油とは違うのだよ。


 優也は上機嫌であった。この油さえあれば、面倒くさい工程で油分を抽出しなくても良くなったし、何より新鮮な油で天ぷらはもちろん、炒め物もOK、そしてちゃんと保存しておけばほぼ腐ることもなく、機械にも使用できる。


 機械……? この世界に機械などというものがあるのだろうか、ここまでの文明レベルで言えば中世以下であり、蒸気機関すら存在している様子はない。蒸気機関は無いが魔法はあるんだよな。街に行けばもっと発展しているのだろうか。


 そんな疑問を他所に出立の準備をする優也であった。


 上質な酒も手に入ったし、酢もある。ルナヴェイルとハウゼンの村、つまりエルドレストとは道ができ、物流も行われるようになろうとしていた。ルナヴェイルの特産品は酒と酢であり優也の指導のもと、上質なものが生産可能になろうとしていた。一方エルドレストでは岩塩とイカ、グラセーヌの肥料のお陰で幾つかの野菜の生産も加速できるようになった、その影響もあってデルべ村では主に穀物の生産量が倍増、畑の拡張にはハウゼン達と協力して穏やかに時が過ぎようとしていた。

 もう、ここでは何もすることは無いな……。





「――否ァ!!」

 優也は突然立ち上がり叫んだ。


「油に浮かれすぎて、まだシイタケの鑑定してなかったわ……」

 頭を抱える優也の顔は暗かった。

 村長ルウスの元に行き、キノコに関する情報を聞き出すも、キノコそのものが分からなかった。

 仕方なく例の転位石でハーゲン経由でケインから聞き出そうとするも、嫁カーミラとのイチャイチャの真っ最中で、危うく死にかけそれどころではなかった。時を改め再び聞いてみたが、 シイタケは分からないと言われ断念。やはり結局は自身で鑑定せざるを得なかった。


「そういえば樹皮と幾つかのキノコを回収していた事を忘れていたな……」


 一旦エルドレストに戻ることにした優也は、軽く準備を済ませるとグラセーヌを連れて向かうことにした。


――――

――


 エルドレストの作業小屋の地下にはハウゼンの作った氷室がある、彼の魔力により素材は常に新鮮なままでいられるのだ。なんとも便利な魔法である。


 山の斜面を掘って作られたその空間は、肌を刺すほどに冷たい冷気で満たされている。

 扉を開けた途端、グラセーヌが我先にと入っていった。「すずしい~、ちょっと快適過ぎ!」と言っているが、それどころの涼しさではない。凍てつく冷気が優也に襲いかかるのだ。


「ごめん、無理」


 優也は外に出た。「防寒着に着替えてくる」と言い残し小屋に防寒着を取りに行った。「もうすこしここで涼んでるから、ゆっくりで良いよ~」と言っていたグラセーヌの顔は何処か企んでいる様子であった。


 小屋に戻り身支度を済ませる。防寒着は蜘蛛の従者モッチーに依頼し作ってもらっていた。その糸はそれ以外にも多数の蜘蛛達で生産され、今や村の第二の産業にもなろうとしている。デルベ村の人間達とも交流は盛んになり、今となっては種族間は関係なく、互いの得手不得手を補う形で成り立っている。


「随分と賑やかになったものだ……」


 思わず声が零れた。デルベ村の人たちも、エルドレストの住民たちも優也を見かけると声をかけてくれる。あまり大したことはしていないし、どちらかと言うと俺なんかよりグラセーヌの方が仕事していると思うのだが、と不思議な気持ちを抱きながらグラセーヌ待つ氷室へと向かった。


「いま戻ったぞ~」


 中に入るとガチガチに凍ったディップソースを片手に、無理矢理にでも食材を食おうとしているグラセーヌが居た。それはルナヴェイルで作って持たせたバジルマヨネーズであった。どういう訳か本人のお気に入りになったらしく、度々作ってくれとせがまれるのが面倒だったので専用特大容器を作り持たせておいたのである。なお、一般的な油の凝固点は0℃からマイナス10℃であるが、庫内はそれを遥かに凌駕する。


「うええん。凍っちゃうの……、マヨネーズが凍っちゃうの!!」


 そもそも食材すら凍っているのに、一体どうやって食べるつもりなんだろうかと疑問に思った優也は大粒の涙を流すグラセーヌに唖然としていた。


「ほらほら、そんなに泣かなくても外に出ればちゃんと食べれるように……って」


 食材は扉で通過し専用の棚に置く事で急激な凍結が始まる。だがその逆で、扉を通過し外気に晒すことで、数秒で入れる前の状態に戻るよう設定されているのである。

 ただこの加速凍結と解凍効果は、人などの生物には適用されていない、だが、ただでさえ庫内の温度は業務用冷凍庫よりもかなり低めの-60℃以下という環境下、きちんと防寒対策をしないと大変なことになるのである。マヨネーズ程度であれば3分もあれば凝固点に達し、釘が打て、簡単に破砕するほどであった。そして、この環境下で涙していたグラセーヌは自身の異変に気付いた。


「……あ……あれ? 目が……」


 本来ならばこの環境下では目を保護するためゴーグルをしなければならない。だが彼女は人の形を模しているいるが人間ではない、肉体部分は神の力によって保護されているため問題は無かったが、定期的に抜け生えしている部分、つまりまつ毛といったものは、保護されないのだそうだ。そしてそのまつ毛は涙により凍結し張り付いているため容易に開くこと出来ない。それは“人間ならば”という前提がある。


 息を吸い呼吸を整え、掛け声とともに目を見開く。


「はぁぁぁぁぁぁ……、ハアアアアア!!!」



――パァン!


 乾いた音と共に、氷結していたグラセーヌのまつ毛は砕散し、瞼から出血した。そして視界が赤く染まる――!


「目がああぁぁぁぁあああぁぁ! 目が血で凍てつくぅぅゥゥゥ!!」


 叫びと共に両目を押さえながら転げまわるように扉の外へ出ていった。

 優也は流れるような一連の出来事にただ呆然と立ち尽くしていた。


「はっ……!」


 しばらくの沈黙ののち優也は我に返えると、外に出てうずくまっているグラセーヌに声をかけた。


「大丈夫かよグラセーヌ……」

 震えるグラセーヌの肩に手をかけた。


「これしきのこと、大丈夫よ!」


 くるりと振り向くグラセーヌは血の涙を流していた。


「ひっ……!」


「見た目はちょっとアレだけど、痛みが走っただけだから問題ないわ……!」


「い、いや……問題ないなら、それはそれで良いんだけどさ……。とりあえず俺は樹皮とキノコを取りに来ただけだから、ちょっとまってて」


「しょうがないわね……。あっ、でも久しぶりにイカが食べたいから何枚かおねがい」


 「しょうがないなぁ……」そう言って、氷室に入った優也は、棚を探し始める。

 手前は野菜が保管されており、奥には獣肉、その先に優也の実験に使用される数々の食材……と言っても、キノコ類が番号が降られて保管されている。ここに樹皮と袋詰めにされたキノコがセットにしてある。


「よしよし、これと……、あとコレだったかな……」

 これは例のシイタケとツキヨタケである。これら樹皮のお茶から間接に摂取してその鑑定結果から推察することで極力リスクを抑えて目的のキノコを判定しようとしているのである。


 氷室を出て小屋へと戻る優也とグラセーヌ、身体を張った実験が開始される。


――――

――

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