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再生と復活

――――

――

 いろいろあったが、なんとか長老を説得できた優也とグラセーヌであった。

 グラセーヌは長老には綺麗な水の入った水桶で両足が入るくらいのサイズのものそれと自分が座れるだけの椅子、優也にはなるべく純度の高い塩を用意するように言った。あとは島にある木の枝を少し拝借しても良いかと長老に聞いた。

 

 長老は了承してくれたが、すぐに取り掛かれる訳ではなかった。木のある島までは橋をかけないといけないが、それよりまず破壊された家屋を復旧させないといけないのだ。


 村の復旧には優也も手伝いを申し出たが、丁寧に断られてしまった……というより、村の女の者と一緒にもっと調味料と調理方法を教えてやって欲しいという申し出があった。とはいえ、優也自身力仕事はそれほど得意ではないので内心ほっとしていた。

 一方、シルクとハウゼンは例によって資材の調達と加工。グラセーヌは湖の回りを回りながらいろいろと調べ物をしていたようであった。


 そうして各自やれることを行っていると、再び日も落ちようとしていた。


 優也は調味料の使い方から始まり、調理法などひとしきりレクチャーも終えると、休憩がてら小屋から出ることにした。

 大きく伸びをして辺りを見回してみると、優也は目を見張った。さすがはウェアウルフとも言うべきであろうか、僅か半日ほどで復興はおおよそ三分の一は終わっているという驚異の復旧速度であった。過去に壊されまくった教訓なのだろうか、建物自体の作りは簡素であるため、この調子であればあと数日もあれば復旧できるという事であった。


 一方長老はというと、自身のどちら側に居るのか分からないのか、横に居るであろう妻と湖の木を見ようとしきりに首を振っていた。

 優也にはその妻は全く見えないため、首を振っているただの不審者にしか見えないが、グラセーヌにその様子を聞くと、妻はケラケラと笑っている様子であるという。


 このままでも良いんじゃないかとグラセーヌに聞いたが、霊体で存在し続けるという事はそれに伴い絶え間ない苦痛を生じ続けるのだそうだ。現在のところ彼女は理性では平静を保てているけど、一定のラインを超えると苦痛自体に耐えきれず怨霊となりうるのだそうだ。それまでにはなんとかして成仏のきっかけを与えなければならない。


――時間はそれほど残されていないのかも知れない


――――

――


 そして、二日、三日と過ぎ、復旧もほとんど終わり橋も出来た頃であった。


「ひゃあぁああああぁあ!」

 長老は絶叫しながら首を振り錯乱していた。

 無理もない、居るはずの妻はグラセーヌ以外は全く見えないのである。


「ま、まずいよグラセーヌ。あのままじゃ長老が狂ってしまう……!」


「た、確かに危なそうね……。やっぱり伝えないほうがよかったのかしら……本人の拠り所が分岐しまくってるにも関わらず、それらを全てを回収しようとしているのよ……。それに……」


「それに……?」


「妻がその異常行動に怯えているのと、時折苦悶の表情を浮かべているわ……」


「ここまで来たらしょうがない。とっとと木を再生させて長老とその妻を救おう」


「じゃあ、準備しないとね。まず塩ね。これは純度がそこそこ高ければ良いんだけど、もう出来てるでしょ優也?」


「ろ過を繰り返してそれなりの塩の結晶は作ってきたつもりだ。たぶんこれで足りるはずだ」


「よしよし、塩はとりあえず大丈夫そうね。あとは、水なんだけど……」


「みみみみみみ、みずみずみずみずならならなら持ってきましたたたぞぞぞぞ!!」

 長老は首を振りながら水の入った水桶を持ってきた。


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ。それと、持ってくる時くらい首を振るのを辞めなさいって、水がめっちゃ(こぼ)れてるじゃないの!」


「あ、危ないから俺が持ちますよ!」


「たたたたた、たのんだだだぞ!」

 優也は長老から水桶を預かると、長老を連れ橋を渡った。


 たどり着いた小さな島にはひと際大きな木と、その横には小さな墓がぽつんと建っていた。地面には無数の落ち葉があり、その枯れ葉に隠れて無数の木の実があった。周囲に木は生えていないため、木の実はこの木のもので間違いないのであろう。だが、(いず)れの木の実も手に取ってみると穴が開いており、どれも虫が食っているようであった。よほど美味なのだろうか。優也は調味料に使えないかと、虫の喰っていなさそうないくつかの木の実をポケットに忍ばせた。


 改めて木を見上げるとその大きさには目を見張るものがあった。葉は殆ど落ちているものの、枝は島を覆い隠すほど密に伸びており、寂しそうに風に吹かれて揺れていた。

 優也とグラセーヌは木のそばにある小さな墓に一礼すると、その墓の正面から少し距離のある位置に木の椅子を置いた。そして、その前、墓と椅子の間に水の入った桶を置くと、桶の入った水に足を漬けるよう長老に伝え、その椅子に座らせた。長老には自身の正面に妻が向かい合って立っていることを告げた。


 長老の正面には妻の墓、そして枯れた木がある。


「いい……? 妻が見れるのは時間にして数十秒よ。あなたが出来る事は奥さんをしっかり看取ること。それと、目の前に現れる水に触れてはダメよ、あとは私が木をどうにかするわ。そうすれば奥さんは苦しまず無事に成仏できるはずよ」


 長老は小さく頷くと視線を正面の墓に定めた。グラセーヌは長老が落ち着き了承したことを確認すると、優也から貰った塩を人差し指と親指でつまみ水桶に入れ、木の枝を地面から拾い上げるとぶつぶつと呪文を詠唱し始めた。


――「汝、清き水をもって死者をその前に映せ……そして……」


 グラセーヌの周囲に青い光が集まると、水桶に入っている水をその枝で少しかき混ぜた。枝に付着した水を長老の頭に幾度となく振りかけては合間に塩をパラパラと振りかける。滴る水の粒子は長老の身体を伝い肩まで来ると体を離れ、長老の眼前に集まると薄い水の膜を形成していった。


 すると、どうであろう。長老から水の膜を通して見た先には、長老の妻と思われる者の姿が映ったのだ。


「お……おお!!!」

 長老は思わず声を上げると涙を流した。

 グラセーヌは妻が見えたことを確認すると、木の裏へと周り両手を木の幹に当てるとスキルを発動した。


――マイクロ発酵!


「……ックショイ!!!!!」


 些細な細胞の活性化を促す予定であったが、グラセーヌの小さなクシャミはそれを遥かに凌駕し限界に近い形で発動したのだ。例えるならば、トランプや積み木を積んでいる最中であったり、検尿カップに慎重に排尿している最中にその事象を抑制するようなものなのだ。結果、積まれた物体は崩壊し、尿は制御を失いそして検尿カップから零れることは至極当然なのだ。つまりクシャミは不随意運動である生理現象であり、制御することができない。

 そして、一瞬とは言えその暴発した(ちから)は全てを狂わせた。


 発動から0.5秒後、幹が真っ白に光ると同時に長老と妻は眩い光に包まれた。そして、そのまま光るかと思いきや木は漆黒の物体へとその姿を変えると、長老たちは不穏な表情を浮かべた。

 木は再び発光すると同時に、葉と花がほんの一瞬だけ茂り、長老の顔が一瞬笑顔になるも、葉と花は黒く変色するとそのまま消滅し、長老たちが硬直する。


 そして、枝と幹が細かい粒子となり周囲へ霧散し、優也とグラセーヌ含め絶望の表情になった。


 僅か3秒の出来事であった。霧散した木は白い灰となり周囲に散っていった。長老は絶望の表情のまま静止し、また妻の幽霊は苦しみに喘いでいた。


「グラセーヌ!! これを!!」

 優也はポケットにしまってあった、木の実を取り出しグラセーヌのほうに投げつけた。グラセーヌは地面に落ちる木の実に向かって、再びスキルを発動した。


――ミディアム発酵!


 地面に散らばる幾つもの木の実は、凄まじい勢いで発芽し、周囲を巻き込みながら成長、そして妻の幽体をも巻き込むと、激しく発光し開花したところで止まったのだ。


 そして、長老の傍らには何故か枝や葉を生やした人型の何かが生成されていた。


「あれ……? これはドライアド……」

 グラセーヌがぽつりと呟いた。


「グラセーヌ……、あれはもしかして長老の妻なんじゃないか……?」


「そ、そうみたいね……。木々の成長過程で木に生を受けたみたい……ね……」


 長老の妻はドライアドとして生き返ったことに戸惑っていたが、長老に抱きつくと涙を流した。

「あなた……」


 抱きつかれたことで我に返った長老は、ドライアドの顔を見るなり悟ったのだ。妻が生き返ったと言うことを。

「『ティーア』……わたしはもう、どうして良いか分からなかったんじゃ……。ティーアが居なくなったあの日からずっと、考えていた。キミの居ない世界、なんとかして最後にもう一度花を咲かせ、そしてそれを見届けながら傍らで死のうと思った。だが咲かせることは出来なかった。そして、次の春が来たとき、傍らで死ぬしか無いかと思った。そこまで追い詰められていたんじゃ……」


「わたしもこうして実体としてあなた……いや、『ルウス』……あなたに逢えたのだもの……。ありがとうグラセーヌ様、こうして再び愛するルウスに逢うことが出来て」


 長老ルウスもグラセーヌに対して感謝の言葉を述べていた。

「すまなかった……、一時期はブ……いや、申し訳ないことを言ってしまって」


「い、いやあ。か、神の手に掛かればちょちょいのちょいよ!」


「す、すごいなグラセーヌ! 俺だけじゃなく民をも復活できるなんて!!」

 優也はあまりの出来事に驚いていたが、顔を近づけてくるグラセーヌの顔からは少々生気が失せていた。

(こ、こんなこと知れたら、再生の神ディオニュソスにどつき回されかねないわ……。私ったらなんという事を……)


(えっ!? こういうのってマズいの!?)


(マズいも何もディオニュソスの仕事なのよ! 本来天界に集められた魂は彼によって振り分けられるの! 下手に下界で転生させたと知ったら、ことあるごとに杖でどつき回されるの! 私も一応再生の神の一端だけど担当と場所が違うのよ……)


(マジかよ……以外と厳しいんだな……)


(でも、バレなければ……バレなければ……!!)


「ちょ、ちょっといい……? ティーア……だっけ……。あなたは最初からドライアド……、いいこと? あなたは最初からドライアドだった、という事を覚え……」


――ブウゥゥン……

 グラセーヌが安全策にとティーアに言いかせる前に、その輝く結界はグラセーヌの周囲に発生したのである。そして結界内部に、激しい雷撃がひとしきり走ると、それをもってグラセーヌへのお仕置きが完了したのである。


「だ、大丈夫かよグラセーヌ……」


「こ……、この程度で済むなら……た、たいした事はない……わ……、それに……」


「それに?」


「二人の笑顔が見れたからよしとするわ……」


 長老ルウスが申し訳なさそうに話しかけてきた。

「な、何が起こったのか分からないが、ワシらのために済まんことをしたのう……」


「い、いいのよ……、でもこれだけは覚えておいて。大切な人が、愛する人が居なくなったからって自暴自棄にならないで、居なくなってもその人の分まで生き続けることが、その人のためなのよ……今回は特別だけど、それだけは覚えておいて……」


「わ、わかったですじゃ……」

 ルウスは小さく頷いた。


「さて、用事もお仕置きも済んだし、さっさと村に帰って優也にマヨネーズでも作って貰いますか!!」


 大きく伸びをしたグラセーヌの後ろには、絶え間なく降り注ぐ木々の花びらと、幸せそうに歩くルウスとそれを介助するティーアが居た。


「じゃあグラセーヌお嬢様のために一肌脱ぎますか……と」

 優也はグラセーヌに声をかけると、立ち上がりグラセーヌの肩に手をかけて村の方へと歩き出した。


――――

――

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