雷玉(リライト済)
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辺りは静けさを取り戻した。普段の空気、普段の森、普段通りでは無い畑。
重い腰を上げ、村人の一人がたちが立ち上がった。
「さぁさ、グラセーヌ様! 我々も手伝いますので、頑張って畑を戻しましょうや!」
「そうですよ、グラセーヌ様このままじゃ、村人たちも困ったままですよ。自分も手伝います、頑張りましょう!!」
優也も続けてグラセーヌを囃し立てた。
「はぁ、面倒くさ……勝手にやってなさいよ全く……、お父様ったらこんな面倒ごとをわたしに押し付けて、何考えてるのかしら……」
グラセーヌの心の声が漏れた。そしてその大きな身体を横たえると続けて言い放った。
「ん? 何見てんのよ、神の御前よ、とっとと農地を直しなさい」
空のマヨネーズ容器をひらひらと振り、頬杖を付きながら村人達に悪態をついている。
村人の一人が言った。
「グラセーヌ様も手伝ってくれるんじゃないのけ?」
「何言ってんのよ、私は神よ。人々は皆神に仕える身よ。私はサボらないように皆を監視するから。頑張って働いてね。それにほら……、か弱い女の子に肉体労働をさせるなんて……ねぇ?」
グラセーヌからは動く気が全く感じられなかった。そのグラセーヌの態度を見た村人達は、この状況に困惑している。
現状を打破しようと優也は思考を巡らせる。俺だけが動いたところで、果たしてそれはこの女神の為なのだろうかと、自問自答していた。
ふと、父から貰った腕輪があることを思いだした。どうすれば良いのか分からなかったが、とりあえず手を合わせ念じることにした。彼女にやる気を起こさせようと――。
跪き天に祈る優也――そしてその祈りが通じたのか淡く光る腕輪。それに呼応するようグラセーヌの肌も光った。光りは明滅し間隔が早くなると肌はパリパリという乾いた音と共に全体が青白く発光し始め、低い音を立てながらグラセーヌの身体を包み込むよう結界を形成していった。
球形の結界には複雑な文様が幾つも刻まれており、それはゆっくりと結界の表面を回っている。
――ブウゥゥン……
周囲に突如発生した結界に戸惑い、声を上げると両手を結界に壁についた。
「えっ! ちょっと何!?」
うろたえる逃げようとするグラセーヌ。だが押しつけても叩いても結界からは出られなかった。突破できない結界と発光する肌との間に、幾本もの青白い帯が伝うのが見えた。そして――
――バリバリバリバリバリバリバリ!
結界壁から肌に目掛け、電撃が発生した。光り輝く結界は内側にのみその雷撃を走らせるが、それが外に漏れ出ることはなかった。
眩しくも、神々しいほどに発光し、中心に居るグラセーヌは眩しくて視認できないほどであった。
「んぎゃぁあああああああぁぁ! あ゛ばばばばばば!!」
30秒ほどその状態は続き、最後にひときわ強く発光すると、まるで電球の玉が切れたみたいに消え、あたりに静けさが戻った。
〈シュウゥゥゥ……〉
覆っていた結界はまるで氷の薄膜が溶けるように消え、中からは大量の煙、そして黒焦げになったグラセーヌがいた。
「ゴホッ……ゴホッ……」
四つん這いで這い出ててきたグラセーヌには生気が感じられなかった。身体はブスブスと鈍い音を立て、その表皮や身体の至る所からは煙が絶え間なく出ていた。
「何が――!! 何が起こったのよ!! 死なないけど死ぬかとおもったじゃない!!」
突然起き上がり優也を睨み付けると、怒号を放った。
「絶対に父様のせいよ!! あのクソ親父いつか見てなさいよ……」
「あっ。ちょ……」
優也を睨み付けたまま横たわろうとするグラセーヌ。それを止めようと近づいて話しかけようとしたが、グラセーヌは優也の口を人差し指で遮ると、目を見つめて首を横に振ると、再び横たわってしまった。
その時、左手の腕輪は勝手に発光、再びグラセーヌの周囲に結界が発生した。
〈ブウゥゥン……〉
――!?
「ちょ、ちょっと! ちょっとおォォォォォォォ!」
慌てふためくグラセーヌ。優也の腕輪が発光しているのに気付き、ようやくその状況を悟った。
「ちょ、ちょっと出しなさいよ!! あんたねぇ! 神に向かってこんなことしてタダで済むと思ってるんじゃないでしょうね! 出たらけちょんけちょんにしてあげるから覚悟なさい!!」
結界の中で喚いているグラセーヌは優也に怒号を浴びせた。そして次の瞬間――
〈バリバリバリバリバリバリバリ!〉
再び青白い閃光がグラセーヌを包んだ。
「ぽげええぇぇぇぇぇぇぇ!!」
結界から僅かに聞こえるグラセーヌの悲鳴。その様子をただただ見ている優也と村人達は、何も出来ず立ちすくんでいた。
その状況、先ほどより長く激しく明滅を繰り返しているようであった。
〈シュウゥゥゥ……〉
結界から解放され、黒煙を出しながら這い出てくるグラセーヌ。先ほどまで持っていたマヨネーズの容器は既に形を無くし、ドロドロに融解していた。
「うっ、うう……。くっ……。な、なぜ、このわたしが……」
うっすら涙を浮かべ優也を睨み付けると、凄まじい勢いで優也の腕輪を無理矢理奪いに来たのである。
「その腕輪かぁあアァァァ!!!」
「ひいぃぃぃぃ!」
思わず声を上げ仰け反る優也。地面を激しく揺らしながらすごい形相で迫って来るグラセーヌ、その様子は重戦車のようであった。
咄嗟の出来事に足がもつれ、優也はその場で転倒してしまった。
「ちょっ、ちょっとまってくださいグラセーヌ様! お父上から頂いたこの腕輪のせいなんです! 俺は何もしてないんです!!」
グラセーヌを見上げ必死に許しを請う優也。
「ほう……。その腕輪が悪いのね……」
グラセーヌは指を鳴らしながらゆっくりと近づき、腕を掴む、そして腕輪に手をかけた。
「それ、寄越しなさいよ……!」
無理やり腕輪を引きはがそうとした、その時であった。
〈ブウゥゥン……〉
「!?」
目を丸くし振り返ったグラセーヌは、出現した結界に両手を付いた。
「ちょ、ちょっと、優也! あんた何をしたの!?」
「自分、何もしてないですよ!! グラセーヌ様が無理やり奪おうとしたから発動したんじゃないですか!!」
必死に釈明している優也であったが、彼もまた結界の中にいた。そしてその状況を理解するのに時間はそれほどかからなかった。
「って、ちょ、ちょっと! 助けてください!! 自分、こんなところにいたら死んじゃいますって!!」
何度も結界を叩いている優也。殴ろうが蹴ろうが破れない。優也自身で腕輪を外そうといろいろ試みるが、その願いが叶うことはなかった。
「はっはっは……、いい気味ね、わたしの苦しみ……、とくと味わうがいいわ!」
そう言って、親指を立てふんぞり返るグラセーヌだが、彼女もまた無数の青白い帯が発生し――そして……
〈バリバリバリバリバリバリバリ!〉
「パぎゃあぁあァァァァァ!!」
絶叫するグラセーヌと、電撃のせいで筋肉が硬直し声すら出せない優也。
激痛を感じる間もなく、眼前に暗幕が降りると、その意識は次第に薄れていった……。
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