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イカの下処理は大変(リライト済)

――――

――


「――と、言うわけで、我々は無事に網をゲットし、イカも無事に手に入りこうして帰路に就いたのである……」

 優也は淡々と現在の状況を説明した。


「まだイカも網も手に入ってないでしょうが!!! まだ始まってもないのに突然省略しようとしないでよ!!」


 優也は逃げたかった。幼少のころ、他の子より背の大きかった彼は、藪や林に遊びに行くと、必ずと言って良いほど、蜘蛛の巣に引っかかる。それだけならまだ良いのであったが、顔に張り付く獲物を捕らえた繭、それと蠢く蜘蛛。カラーリングは黄色と黒のストライプで、その危険を促す配色にも嫌悪していた。

 あるとき顔に違和感を感じ払いのけたつもりが潰してしまい、臙脂(えんじ)色の体液がべっとりと顔に付いたときは気が気で無かった。そういった過去のトラウマもあり、優也の蜘蛛に対する苦手意識は次第に増大していくこととなった。だがそれだけでは無い、彼の経験した数々のトラウマは幾つも続いたのだ。


「だって……、蜘蛛だよ……。蜘蛛の巣だよ……、コロニーだよ。これもまた昔、俺が小さいとき、友達と雑木林によく遊びに行っていたんだ……、木のさ……枝の付け根っていうのかな……ちょっと大きめな白い繭があってさ……友達が興味半分でそれを押したら……、手にびっしり……」


 突然グラセーヌのビンタが優也に向かって炸裂した。

――〈パーン!〉


「ぶべらっ」


――ズシャァ……


「いきなり気持ち悪い話してこないでよ!! わたしまでサブイボ立ったじゃない!!!」


 優也に腕を見せつけるグラセーヌと、その後ろで青い顔で震えているシルクとハウゼンがいた。ハウゼンもこの手の話はダメだったようである。


 優也はその身体を起し立ち上がると、唾を飛ばしながら反論した。


「……嫌なんだよ……。嫌なんだよ蜘蛛の巣!!! 蜘蛛本体も嫌だけど蜘蛛の巣も同じくらい嫌なんだよ!! それでも最近……つぶらな地蜘蛛だけはようやく許せるようになってきたけど、あいつらジャイアント・スパイダーは無駄にでかい! 軍曹(アシダカグモ)より顔もボディバランスもまぁマシだけど、そのデカさに嫌悪するんだよ……」


「まぁ、言わんとしていること分かるけど、よく見ればただのデカい地蜘蛛よ。つぶらな瞳がサイズ的ににつぶらでは無くなったくらいよ」


「それにあいつら、丁度人の顔の高さに巣を張るのがいけないんだよ!! 目立つところにコロニー作るのが悪いんだよ! もっと人目の無いところでひっそり生活してくれよ……」


「ほらほら、愚痴ってる間に着いちゃったぞ、蜘蛛の巣に」


 グラセーヌはどうせ自分では取らないと踏んで、優也を煽っていた。ここは先ほどの斜面から少し横道にれた場所である。そこにはまるで蜂の巣のコロニーのようであった。人の顔ほどの穴が無数に空いており、中を覗くとその幾つかは白い膜で蓋がしてあった。ここから糸を拝借するのである。

 グラセーヌ曰く端に穴の空いているものは既にその役目を終えた巣だとしきりに説明する。そして端に穴の空いている巣へと手を伸ばした。


「優也くん、怖いのかなぁ……、こうやってペロっとめくって、糸を回収するのが怖いのかなぁ……まだまだお子さ……ん……?」


 居ないと思われた穴の蜘蛛糸の膜をめくると、無数の小さいジャイアント・スパイダーがグラセーヌの手に上ってきた。予想もしていない事に絶叫したグラセーヌは急いで腕を引き抜こうとした。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!! 蜘蛛よ蜘蛛!!! って、ちょっと手があああ!!!」


 優也はその一連の光景に青ざめ、調味料を使い光の速さで腕ごと穴を封印した。


「ふぅ、危なかったな……。よし……、帰るか……!」


「『帰るか』じゃないわよ!! なんとかしなさいよこれ!! って、あははははははははは!!! くすぐったい、くすぐったいってー! あはははは! って、いたっ、いたたたたたたたた!! 痛いっつてんのよ!!!」


 グラセーヌは、右手が埋まったまま、逃れようと悶絶している。塞がっている穴の中は無数の子蜘蛛が這っており、グラセーヌの手を這い回ったり噛みついたりしていた。


「……ああ! もう、こうなったら!!」

 グラセーヌの身体が光りはじめる……。


 完全(エグゾスティヴ・)支配(ドミネーション)――神のみが持つこのスキルは代価に使用者の魔力の殆どを一時的に捧げると同時に、5キロメートル圏内の現在触れている種族を完全支配下におくことができる貴重なスキルである。なお、再使用するには年単位の歳月を要することになるので乱用はできない。ちなみに、これはハウゼンにかけたスキルではない。


 視界の色素が反転する――時が静止、いや限界まで遅くしたかのように感じたその時間は、体感で5秒程度。グラセーヌを中心に紫色の光りが放射状に広がっていくと同時に、足元からは巨大な魔方陣が発生する。それは大きく広がっていくと、周囲の地形をも貫通していった。そして、光が消えると蜘蛛たちはその場で動きを止め完全に停止した。


 視界を巣穴に向けると小さくなったグラセーヌが居た。優也からは、どのようなスキルが発動したかまでは理解していない。ただ分かることは膨大な魔力を消費したのだろう、という事のみであった。


「……バカ優也、アホ優也、糞優也! 数年に一度しか使えないスキル使っちゃったじゃない!」


 縮んだグラセーヌは蜘蛛の穴から這い出ると、落ちそうな服を抑えながら優也に対して罵声を浴びせ続けた。

「ばーかばーか、もう優也なんて知らないんだから!!! ふんっ!」


「わ、わるかったよ……グラセーヌ……、そんなに怒らなくても良いだろ……、でも、ちゃんと手は抜けるようにしたんだぞ……」


「……えっ!? そ、そうなの……?」


「瓶詰めのお菓子を取るときに、瓶に手を入れても握ったままだと出せないだろ……、まさかずっとコブシを握ったままだったのか……」


「――! わ、わたしがまるでバカみたいじゃない!! 出せなかったものは出せなかったのー!!」

 グラセーヌは顔を真っ赤にしてうつむいた。


「「グラセーヌ様、グラセーヌ様……、わたくし共にご命令を……」」


「ん? シルクなんか言った?」


「い、いや……何も言ってないですよ……」


「ハウゼン……? の声じゃなさそうね……」


「「グラセーヌ様、グラセーヌ様……」」

 小さい声で語りかける主はグラセーヌの肩に鎮座していた。


「きゃあああぁぁぁ!! って、何勝手に肩に乗ってるのよ!!」

 無数の大小異なる蜘蛛たちがグラセーヌの足元、天井や壁など至るところに集結していた。

 優也はおろか、シルクもハウゼンもあまりの量の蜘蛛たちに身動きが取れず、既に失神寸前であった。


「「グラセーヌ様……、我々はあなたの支配下なりました、何なりとご命令を……」」


「そ、そうだった……、無我夢中で蜘蛛の群れを乗り切ろうとした事を忘れてたわ……。の、乗り気じゃないけど、とりあえず命令するわ……」


 グラセーヌは深く呼吸をすると、蜘蛛たちの方を向いて発声した。幼さの中に威厳のある声が響き渡たる。


「聞け、蜘蛛たち、ジャイアント・スパイダーたちよ! 我は無益な争いは好まぬ、このものたちと同じ種族に手を出すことは、このわたしが許さん、争いを避け共に手を取り慎ましく生きよ。それとこれから言うことは個人的な願いであるが、(ぬし)らの強靱な糸を幾つか提供して欲しい、無理にとは言わぬ。使用しなくなった糸があれば、それを献上して欲しい、その見返りとして……」


――――

――


 蜘蛛の一件から、なんとか糸を手に入れることができた一行は、元のイカが居た湖へと向かう途中である。そしてまた、蜘蛛もその役目を全うするため、動き始めたのである。


「いいんですか、あんなこと言っちゃって。村の人……食われたりしないですよね……」

 優也は後ろを歩くグラセーヌに不安そうに訊いた。


「大丈夫よ、完全(エグゾスティヴ・)支配(ドミネーション)は絶対だし、神に上書きされない限りは解除不可よ。それに争わず、争わせずに種の存続と繁栄が出来るのよ、いいと思わない? それと村人と協力すれば生糸の生産もできるし一石二鳥よ。ただ問題があるとすれば、次に同じようなことがあっても使用不可ってところね……」


「神がそういうなら、それでいいですけどね、俺は正直恐怖でしかないですよ……。と、というか、その肩のはなんなんです?」


「蜘蛛の『モッチー』よ」


「は?」


「『モッチー』よ。わたしが名前をつけたの。そのまま種族名を言っても良いけど、それだと何かと不便でしょ?」


「モッチーて……」


「蜘蛛ってよく見たら、くりくりお目々が可愛いと思わない? 毛艶も良いし可愛いし、何より食材を媒介にして糸をほぼ無限に生成できるのよ!」


「「モッチーです。よろしくお願いします優也様」」

 小さく会釈している様はとても可愛らしい……とさえ思ってしまうほどであった。サイズはコブシ大ほど。地蜘蛛よりはかなり大きいが、身の丈ほど在るものではないため、辛うじて平静を保っている。


「う……、うーん……じ、人語が分かれば、まだかわいいな……、さてモッチーよ……、頑張って網を作ってみようか……」


「「わかりました優也様」」


 湖に着くと、優也はモッチーに説明し、大まかな網の張り方を教えた。回収した糸は捻って縄にする。そして、優也は大きなラケットの外枠ようなものを作り出すと、モッチーは肩から飛び降り、その外枠に着地すると糸を尻から吐き出した。

 垂れ下がった縄を頼りに、モッチーはみるみるうちにタモ枠(柄の付いた網)※を作っていく。

 ※魚を掬うときに使用する網のこと 通称:タモ だそうです。


「で、できたぞ……。これでイカが掬えるな……! さて、次にシルクよ、あの光魔法を目を閉じてあそこを目掛けて撃って欲しい」


「わ、わかったいくよー!」


「ハウゼン、グラセーヌ、下を向き網をかまえてそのまま待つんだ」


「わかったわ!」

「承知した、優也殿!」


 皆がタモを構えうつむくと、シルクは詠唱を始めた。


 ――発光灯(フラッシュ・ライト)!!


 真っ白になるほどの凄まじい光量が辺りを包み込み、真夏の日光が照りつけるくらいに洞窟内は白く輝いていた。そして、シルクの出す光に釣られ、湖底のイカが次第に浮上し始める。


 イカたちは水面に集まっていくとバシャバシャと音を立て興奮していた。

 待ってましたと言わんばかりに、優也たちがタモを使い掬っていく。そうして水揚げしたイカはハウゼンが片っ端から冷凍、そしてシルクが鞄へと詰めていくと、鞄はあっという間に一杯になった。

 優也は余ったイカのはわたを抜き、器用に皮剥くと捌いていった。湖水で軽く洗い器に移していく。


 そうして優也は、ある程度の下ごしらえを終えると、鞄から透き通った透明の五徳(ごとく)※を取り出しシルクを呼んだ。


五徳(ごとく):ガスコンロにある鍋とかフライパンを置く台座のことです。


「シルクー! ちょっと頼むー!」


「はいはーい!」


――

――――


 何日か前、優也はシルクの魔法を生かせないかと考えた。火は起こせるが、鉄鍋すら軽く貫通する光線は、熱量こそあるもの切断するくらいにしか用途は無く、その在り方に困っていた。人に向ければ死、モンスターに向けても死。いや、モンスター退治の用途としてはありなのかも知れない。だが、発動させる場所があまりにも限定的で、屋内で発動すれば建物をも切断してしまう。


 そこで優也は屈折させることが出来れば、被害は最小限で済むのでは無いかと考えた。


 まず調味料で三角柱のプリズムを作り、シルクに撃って貰った結果、耐えきれず爆散した。何度か試していくうちに、純度が影響するのではと考えた。そこで限界まで純度を高めたプリズムを作って撃って貰ったところ、見事屈折させることに成功したのだ。


 屈折させることが出来れば、それもまた屈折できるのではと考えた。


 そうして出来上がったのが、この五徳である。この五徳は、シルクの熱線を屈折させ続けることで30分近くその場に留まらせておくことができる代物である。注意するべきは初動であり、まっすぐ撃ったものは繰り返し左に屈折しててき、最終的に正面から見て右側に出力させるのである。その右側に出る部分、つまり入力部分と出力部分の交点にあるスリットに、この板を入れることで屈折を続け、光線を閉じ込めることが出来るのである。


 こうして、ガスコンロならぬシルクコンロ(五徳)が出来上がったのである。


――――

――


――火球(ファイヤー・ボール)


――シュバァ……!


 屈折し続けている五徳は煌々と赤い光を発している。


「ねぇねぇ優也何を作るの?」


「なんとなく小麦粉と片栗粉を持ってきた……」


「カタクリコ? 何それ……」


「これは元々カタクリという――〈中略〉――……と言うわけで現在はジャガイモから抽出し、作られている……というのを鑑定スキルが教えてくれた。そこで、今回は、簡単なすいとんを作ろうと思う。塩はここにあるものを使用すれば良い、そして今回は、面倒なので具材は最小限とし、片栗粉と小麦粉を水と塩で練り合わせたもの、ここで用意できるイカ、それと、ネギ、いちょう切りにした大根とゴボウを使用する。この中に事前に用意した干し肉を粉末状にし、乾燥させた香草をブレンドしたスパイスを溶かし入れ、湖の水を少々入れて煮る。そして最後に、うまみ調味料を5キログラムほど……」


「ちょっとまって! そんなに入れたら具材を、イカを食べる前に調味料だけで腹が膨れるでしょうが!! 常識を考えなさいよ!」


「……仕方がない……、と言うわけで全体量の約0.2%を目安に投入……と、でさらに10分程度煮る……と。本当は醤油、味噌、酢があれば良いのだが、この辺りだと入手できないからなぁ……ちと、味がどうなるか分からんよ?」


「大丈夫よ、優也がつくるものだもの」


――――

――


「というわけで、できました『すいとん』。醤油がないのでおそらく自信が無いです。個人的にはすいとんというより、お吸い物とか味噌のない豚汁に近い感じがすると思います……。それとこちらはイカ刺しでーす。こちらは自身を持って提供できるとます! そしてこちらは、ここにある塩! それと、うまみ調味料で食べていただきます! ――という訳でいただきましょう」


――いただきますっと


「「はじめて食べる味……」」

 モッチーは細かく切ったイカをその小さな口で食べている……。表情など一切分からないが、意外と満足そうであった。


「ふあぁぁ。意外といいかも、ダイコンは唇で噛み切れるし、イカも柔らかくて美味しい……けど、やっぱり汁の味がちょっとぼんやりしてるわね……」

 グラセーヌはぶつぶつ文句を言いながらもその味に少し納得していないようであった。


「ええっ、わたしは美味しいよ。こんなの食べたことないもん。この白いつるつるしたのも美味しいし、もっと食べたいくらい」

 一方シルクはと言うと、村でもここでも、今まで食べたことにない食材に舌鼓を打っている。


「さすがは優也様、これほどのものがお作りできるとか、ハウゼン感服いたしました……。あとこのイカ刺し……、この薄く透き通るほど細く切った身は、この塩とも、うみま調味料とも相性抜群ですな!!」


 ハウゼンもそうであった、村が復興してからは根菜類と僅かな肉を摂ってきたが、海の幸というか湖の幸というのかな……、そういったものはかつて食べたことなど無く、ただひたすらに感心していた。


「そ、そんな大げさだな……どれ……、このイカ刺しとか食ってみるか……、こっちの大きいのはグラセーヌが切ってくれんだっけ?」


「そうよ! わたしが責任を持って切ったのよ……、あまりの旨さに失禁しないでね!」


「どれどれ……」

(むぐむぐ……)

















〈……アニサキスは回虫目アニサキス科アニサキス属に属し……〉

 鑑定結果が脳内に響いた。


「うおえぇぇぇぇえぇぇ!!」

 優也は嘔吐した。


「きゃぁあぁぁぁぁぁ!! 優也突然吐かないでよ!!!」


「ちょ……、ちゃんと下処理してくれえぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」


 優也の悲痛な叫び声が洞窟に混じるなか、食に舌鼓を打つ一行は、こうして無事にイカにありつけたのであった。


――――

――

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