イカ探し 後編(リライト済)
――――
――
上層に上がり暫く進むと、突然奥から風が流れてきた。ハウゼン曰くこの先には森へと進む出口があり、その手前に例の湖が広がっていると言っている。暫くその風の流れに逆らうように進むと、視線の遥か先、壁面の一部が青く光っている場所を見つけた。
その場所は洞窟内であるにも関わらず、近づくにつれ天井も辺りもは広く高く開けていく。眼下には妖しくも青白く輝く湖底、周囲には真っ白の鍾乳石が幾つも立ち並び、湖の光を反射し青く瞬いていた。
ハウゼンが突然足を止めると、ゆっくりと口を開いた。
「着いた……、この場所です……。ここの湖底で青く発光しているのが例のイカです」
「き、きれい……、まるで夜の空の中にいるよう……」
シルクは今まで見た事も無いその情景に感動しているようで、澄んだ湖面と発光するイカたちが織りなす鮮やかな洞窟内を、ぼーっと眺めていた。
そして、グラセーヌがぽつりと呟いた。
「あれが……イカ…………優也、獲って……」
「ん?」
「獲って獲って獲って獲って、イカイカイカイカイカァ!!!」
「ちょっとまて、ちょっとまってくれ。ちょっと落ち着け!」
「イカァ!!」
グラセーヌは両手を広げ威嚇した。
「とりあえず、そういう冗談は良いから、まず調査してからな」
「イカぁ……」
グラセーヌはしょげた。優也はグラセーヌをなだめると、まず湖に手を入れ水を掬い口に含んだ。
「しょっぱ、塩っぱいなこれ!!!」
塩分濃度が高いのか、口に含むと吐き出した。優也は鑑定しなくてもそれが明らかに塩水であることが分かった。湖のほとり……いや、湖全体というべきなんだろうか、よくよく見ると足元すら白く、青く照らされる洞窟の壁面もよく見れば白いクリスタル状の結晶の塊で織りなしていた。優也はナイフを取り出し岩肌を薄く削ると、口に入れてみることにした。
――岩塩であった。
もとよりこの場所は海底であった、塩分が集まり結晶化そしてそれは堆積し、周囲の地層によって押し上げられ形成されていった。ここに来るとき、動物たちが岩肌を舐めているのを見ていた。彼らは皆知っていたのだろう、ここに塩があるということを。だが塩味自体は湖のそれとは異なり、塩気だけが強いわけではなく、その塩味の奥に僅かな甘さを感じた。
今までは街まで行かなければ手に入らないとされていた塩だが、これほど近いこの地域で採れるというのは非常に大きい。これほどあるのであれば、長期的な保存食を作るのにも、場合によっては交易に出すのも良いと考えた。
とりあえず、塩が採れることに安堵した優也は、次にイカをどうにかしなければならないことに頭を悩ませた。
まず普通に生活していれば、漁師でもない限り、まずその機会に出くわすことが無い。友達に誘われ何度か船釣りを経験したこともあった、だが指に針が刺さるわ、魚が暴れまくるわで挫折。よって、現世でイカを釣り上げることや、直接採ったことなどは一切無い。
スーパーでイカを購入して捌いた事はあるが、今この場でそれそのものを釣り上げるなど到底考えつかなかったのである。優也は湖底で優雅に泳いでいるイカを見つめながらため息が出た。
「さて、次にイカをどうするかだが……」
優也の様子を伺っていたハウゼンが何か閃いたようであった。
「優也殿、湖全体を私の魔法で凍らせて、シルク様の魔法で切り出すというのはどうでしょうか」
「いやぁ……、それやっちゃうと、洞窟と生態系が崩壊して養殖どころの騒ぎじゃなくなっちゃうからそれは辞めた方が無難だろうな。それにシルクで切るって言っても、たぶん一瞬で煮えると思うよ……湖が……」
「そ、そうでした……、外であればまだしも、洞窟内であれば危険な行為でもありましたね……。ではどうやって釣り上げるか、ですが……」
(まてよ……、鑑定スキルを使えば……)
「ちょっと試してみるか」
優也は思い立ったかのように、湖面を手で掬い飲んでみることにした。鑑定するには、胃に落とさなければならなく、少々塩辛いのを我慢しながら試飲することにした。
〈水 95.8%、塩4.2%、塩分ほか主な構成要素の割合は…………、生息している生物の種類はルミネスク・スクイッド、雄は求愛行動の一環として強く発光し、雌を引き寄せます。それが強く発光するものであればあるほど……〉
「よしきた……! 引き寄せる方法は分かったぞ……あとは、網が必要だが……網かぁ……銛くらいなら作れそうものだが……」
「網が必要なら作れば良いじゃ無い」
グラセーヌは軽々しく提案してきた。
「そうは言っても麻も無いし、網を作るって言ったって道具は何も持ってきてないぞ……糸だって現地調達でき……」
優也の顔はみるみる青くなっていった。
「よ、よぉし、今から調味料で銛を作るから頑張って数匹獲って帰るか!!」
「くも……くもの糸……くもの糸……」
グラセーヌは優也の肩に手をかけ呪文のように呟いている。
「ダメだって、絶対ダメだって!! 蜘蛛は苦手なんだよ! どうせジャイアント・スパイダーの尻に手ぇ突っ込んで糸を引きずり出して、伸ばして縄を作るんだろ……、そんな恐ろしい……そんな恐ろしいこと、出来るわけねぇだろ!!」
「ユウヤデキル ワタシ シンジテル……」
「お前、それでも女神かよ!! どっちかって言うと悪魔だよ! モンスターは倒されるだけでなく、死してその身体まで弄ばれるのかよ!!」
「たくさん食べたいのよ! ヘルシーな食材でダイエットしたいのよ!! イカはカロリーが低いの!!」
「たくさん食べたらダイエットの意味ないでしょうが……」
「逆よ、カロリーが低いからこそ、たくさん食べれるのよ!」
「それもう、パラドックスだよ……」
「……」
「……まぁ、冗談はその辺にして、蜘蛛は殺さないわ、拝借するのよ……」
「冗談かよ…………って拝借ゥ?」
「わたしだって、女神よ、神よ。無益な殺生はしないわ、だから居なくなった巣から糸をちょいと拝借するのよ」
「な、なるほど……それならまだ何とか……って、えっ? 誰がやるのそれ?」
「えっ、優也よ。繊細な作業は優也しか出来ないじゃない……」
「……俺かよ……」
「ほらほらっ、ちょっと戻るだけで大丈夫なんだから、それほど時間はかからないわよっ! ほらほらっ!」
「ちょっ、そんなに押すなよ……、すまんがシルクとハウゼンー。お休みのところ悪いが、またちょっと手を貸してくれー」
「承知しました、優也様」
「わ、わたしが居ないと優也こまっちゃうもんね」
「すまねぇなぁ、うちの女神様がワガママばっかりで……」
「はーい。いざ網を求めて出発しまーすっ!」
グラセーヌの声はひと際明るかった。
(食べ物のことだけは無駄に行動力あるんだから全く……)
「ん? なんか言った優也?」
「なんでもねぇですよ……女神様」
「グラセーヌって呼びなさいって言ったでしょー」
「はいはい……グラセーヌ様……」
――――
――




