復興と危険な種(リライト済)
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入り口のほうは比較的暖かかったのだが、神殿があった付近は高さもあり妙に寒かった。村が一望できるこの場所は、この村だけではなく、目を凝らせばデルベ村をも見えそうなほど高かった。眼下には元々ここの住人の建物があったのであろうが、その建物はほとんどが吹き飛んだ石壁などで転倒・倒壊しており無残な姿となっている。だが、幸いにも死者は一人たりとも出なかったというのが驚きである。ひょっとしたら、グラセーヌのおかげなんだろうか……。
優也はハウゼンに語りかけた。
「しかしこう言っては失礼だが、麓の人達は皆『貪欲な奴ら』と言っていた……、だが、容姿は変われど羊の角と長い尾が生えているくらいで、それほど狡猾とも思えない。身体は体毛で覆われてはいるけど、顔立ちも人間とはあまり変わらぬようだ。そういえば、ハウゼンたちは自分の種族名とかはないの?」
「卑下の意味も込めてそういう名称だったのでしょう。まぁ、我々がそういうことをしてしまったのですから無理もないでしょう。ですので相手にからすればそう呼称するのは当然でしょう、ですが、反省の念も兼ねてこれからは供に歩んでゆくつもりです。もちろんグラセーヌ様にも言われましたが。それと、種族名ですが、先代も先々代もそういうのは特に気にしていないようでして、なんと言ってたかまでは……」
「そうだなぁ……ラテン語のシルヴァ(森)にちなんで、シルヴァル族とか……あとは……」
「おぉ……、さすがはボスの婿殿! 素晴らしい名前です、では早速そのような名前に……」
「いやいや、ちょっとまってほしい、婿じゃないし、というかだね……ただ案に流され従うだけでは、それ以上の発展は望めないと思うし、何よりそういう押しつけは軋轢を生みかねないと思うんだよ。だから種が共に考え、種全体でそれを決めるのが大事だと思うんだよ。それと婿ではなく、呼び方は優也でいいからね……」
「承知しました優也殿! 確かに、今ここでわたしが勝手に決めてしまっては、それは一方的な押しつけになってしまいますな……、それでは名を伏せ投票という形でボスと婿……いや優也殿、それとわたしとで提案したもので決を採りましょうぞ! それでは早速、簡単な投票箱を作ってまいります」
こうして、簡単な投票が始まった。3つの穴が開いている箱の前に文言と説明が開いてある。文字は分かるのであろうか……と、ハウゼンに聞いたところ、簡単な文字であれば、皆ある程度理解はできるとのことであった。箱を各人に回し、気に入ったものに一人ずつ木の実を入れるという至って簡単な投票である。それから暫く、この村の在り方をハウゼンと相談していると、木の実の入った箱が再び手元に戻ってきたのである。
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ハウゼンは立ち上がり皆に向かって叫んだ。
「という訳で、皆のもの聞いてほしい! 本日をもって我々は、『エルドレスト族』と名乗り、この村を『エルドレスト』と名付けることにした。これには、長老と、森の意味があり、長きにわたり森で暮らしてきた我々種族のさらなる長い繁栄を意味している。これは、種族始まって以来行われなかった、投票という方法によって決められた。それと、皆の言語能力と知識を高めて貰うため、復興に学校を含め建設する。わたしと彼ら人間達と手を取って、皆に様々な知識を与えるので、是非とも訪れてほしい。それとこの場を借りて謝罪する! わたしの傲慢な行いや虐待、決して許されるものでは無いが、復興と繁栄を約束するので、それを持って罰とし、そして私をこき使ってほしい」
名はハウゼンが考えたらしい、キチンと意味もありちゃんと考えられていると思う、良くも悪くも知の書のおかげか、それともハウゼンの持つ内面の表れなのかは分からないが、これからはしっかりとした指導者になっていけることを確信した時であった。
《ウオォォォォォォォオオオ!!!!》
湧きあがる群衆をよそに、グラセーヌが憤慨していた。
「ちょっとちょっと、なんで、わたしの『イカマヨネ族』が2票なのよ!!! これからこの村はイカの養殖と『スルメ』の生産、それとマヨネーズの3大生産を担って行くのよ! なのにマヨネーズのマの字もないじゃ……」
――ブウゥゥン……
グラセーヌの周囲には例の如く結界が発生し、再び電撃が襲うのであった。
「あぁぁぁぁ! うそうそうそうそ!! 冗談です冗だ……あばばばばばばばば!!!」
「そもそも、まだ実際にイカを発見したわけじゃないし、これ種族全体で決めたことだから、それに水差しちゃ駄目だって……、さてさて、あらかた後片付けは済んでるわけだし、あとは建物を作っていくところからか……建築技術とかは素人だから、これはハウゼンがお願いね」
「はっ、承知しました優也様!」
「次にシルクはハウゼンと一緒に石と木を切断する仕事を頼もうか……彼女が居れば、木や石の切断は……経験したとおり、かなり楽になると思うよ、あっ。でも、シルクの前に立つと100%死ぬから注意してくれよ、それとくれぐれも立木を切るときは、下手すると手前に倒れてきて大惨事になるからって、その辺はハウゼンたちが知っているか……」
「はいはいー。ハウゼンのおじさんを手伝えば良いのね!」
あれから僅かな間でシルクの髪は肩まで生えそろっていた。自信の表れであろうか、シルクの顔には笑顔とやる気に満ちていた。
「で、グラセーヌは俺と一緒に来て、廃油を使った実験をしてみようか。これがうまくいけば、処理に困った油のほかに、少し食料が増やせるかも……ってね」
「ご……、ごほっ……わかったわ……」
優也とグラセーヌはその場を後にすると、入り口付近の畑のようなものがあった所へ移動した。辺りには、真似て作って失敗した畑のなれ果てのようなものが幾つもあったようで、雑草が繁り放置されているようであった。
いくつかの大きめの木箱と布を用意し、持ってきた廃油で準備する。
――ちゃぷ…… ちゃぷ……
「どうだい? グラセーヌ大体混ざった?」
「ちょっと、優也も手伝ってよ……! わたし一人で混ぜるのちょっと大変なんだから」
「最初のそれが混ぜ終わったら、交代するよ」
優也たちは、天ぷらで使用した油を回収しおり、それを肥料に転用しようとしていた。どういうわけかグラセーヌには対象物を発酵させるスキルがあるようで、油とおがくず、落ち葉や枯れ草、ときおり炭などを加えながら微調整していく……。少し間をおいて、土を加え再び混ぜ合わせ、最後にグラセーヌに足を突っ込んで貰って外気に触れないよう布で覆い再び発酵させる。
「どうだろう……。これで」
小さな畑を作り、作った肥料を少々ふりかけ、水を与えて様子を見る。
そうして試行錯誤し、繰り返すこと数十回ようやくその働きを示す。
「よしよし、この成長スピードなら剪定もできそうだな! これで廃油の問題は解決したというわけだ」
優也の実験と研究の成果もあって、わずかな時間で穀物を生産することに成功したのである。問題があるとすれば、グラセーヌの汁が必ず必要であるということであった……。
「汁じゃないわよ! 汗よ!!!!」
「ナレーションに向かって怒るなよ……まったく、汁も汗も大して変わらんだろが……、あとは廃油を利用して石鹸も作れるな、木灰と水を1:3で混ぜておいてと……」
「マメねぇ……どっから、その知識が出てくるのよ……もう……」
「ほら……、よく分からないけど食べると鑑定スキル発動するじゃん……、アレよあれ……。すっごい五月蠅いから音量1にしてるんだけど、ノイローゼになるんじゃないかと思うくらい延々しゃべり続けるのよ……」
「そんなのオフにすればいいじゃん」
「できるのであれば俺もそうしてるけど、音量0にしようとすると警告して脅してくるのよ……」
「オンリョウ……、呪われてるんじゃないの、その鑑定スキル?」
「キミの父さんもグラセーヌも適当にやるからだよまったく……、はぁ……、もう少しまともなスキルが欲しかったなぁ……」
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そして数日後、優也の働きもあって村に畑が、そして全部とまでは行かないが、建物の復興も進んでいた。神殿があった場所は相変わらずそのままであったが、新しい施設として学校が村の中心に建設された。
学校では、誰もが出入りできるようになっており、子供から年寄りまで足繁く通っており、賑わっている。
ハウゼンは教壇に立ち、言語や道徳を教え、優也が料理を教えることとなっていた。グラセーヌは発酵係として倉庫にかり出され、肥料を担当。シルクは建設現場で切断作業に従事していた。
――ちゃぷ…… ちゃぷ……
そんな中グラセーヌは、ぐったりとした様子で横たわり、虚空を見つめながら肥料に手を入れていた。こうしてグラセーヌをもってすれば発酵スピードは桁違いに早く、良質な肥料が短期間で大量生産できるのだ。
「……ごほっごほっ……いい加減慣れないわ……この臭い……」
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「優也!! 飽きた!!!!!」
――バァン!
優也の部屋に突然グラセーヌが入ってきた。
「うわぁ、ビックリした!!!」
優也は部屋を借り、種を選別していた。どのような種がどの作物なのかが分からなければ植えることもままならないので、仕方なく1粒ずつ食べていき判別しているのであった。
「優也だけ食事ずるい……」
「ずるいっていうか、乱雑に置いてあった種を片っ端から集めて、こうして空いてる時間に食べて調べてるんだよ……、食べればダイコンだとか、ジャガイモだとかわかるからね……」
「なんかいろいろなな種があるのね……、黒いのやら白いのやら、シマシマの種とか……。ふぅん……。ねぇねぇ、この細長い黒い種はなぁに?」
グラセーヌはテーブルの隅っこにある黒い物体を指さしていた。
「……、なんだか変わった形してるな……どれどれ……」
〈アカネズミノ糞 0.9グラム 排泄後98時間24分11秒ガ経過 ネズミ族ネズミ科アカネズミ 体重38.1グラム、体長10.5センチメートル、成分値ハ……〉
脳裏に鑑定結果が響いた。
「うおおぉええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
優也は盛大に吐いた。
「うわァ! 突然吐かないでよ!!」
「ネズミの糞じゃねーか!!! くっそ……玉石混交じゃなく玉糞混交だなこりゃ……、種を一回水洗いしてからやるべきだったわ……」
「そうやって、なんでもかんでも口に入れるからよ……もう……」
「食わせたのはグラセーヌじゃねーか……まったく……、で、どうするよ、村の方は概ね軌道に乗ったみたいだし、ハウゼンのせいなのか、住民の知識欲が尋常じゃないのか、既に人間と同等までの言語能力とコミュニケーションも獲得しているみたいだし、食物の植え方や育成方法はメモに残したし、後やれるのはデルベ村に帰ってシルクを返すくらいしかないぞ……」
「イカは……」
「ん?」
「烏賊よ烏賊! まだイカ食べてないし見てない!! イカ食べないと死ぬ!! マヨネーズ食べないと死ぬ! イカイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカ!!!!」
グラセーヌは地団駄を踏むと、床を転げ回るようにして暴れ出し、ガタガタとテーブルが揺れ始めたた。
「あー……。そういうやそんなのもあったなぁ……、もしイカが生息していて、これが塩水だったら周辺に岩塩もありそうな気がするんだよな……そうすれば……」
「……イカイカイカイカイカイカイカイカイカイカ!!!!」
「種が落ちるだろオオォォォォ!!!」
優也は二本の指からマヨネーズをグラセーヌの目に向けて軽めに発射した。
「イカァァァァァァァァァ!」
――ドサァ……
グラセーヌは動きを停止した。
「とりあえず落ち着けって……、そもそも行かないって言ってないし、イカの探索は塩の探索にも繋がると思ってね。そうすれば、いちいち街に行かなくても塩は手に入る。それと料理のバリエーションも増えるし、俺の調味料を使わなくてもグラセーヌは食べれるようになるし、イカからうみま成分を抽出できればより良い調味料も手に入るしと一石三鳥というわけよ」
「やったー! これで愛しのイカちゃん食べられるのね!!」
「とりあえず、ハウゼンとシルクに言って、明日一日空けて貰うか……」
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