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家財道具と厄災(リライト済)

――――

――


 とれぐらい経ったのであろう。もう数十分……いや数時間はこうしている気がする。何も無い白い空間は下なのか上なのかすら既に分からない。ただ一つ言えることとすれば、現在落下中ということであった。一方、隣のふくよかな女神は、先ほどまでは喚き、泣き叫び、父に対して悪態をついていた。だが今となっては、いびきをかきながら寝ているのだ。こんな状況であるのにも関わらずに。


「いったい何時まで続くんだこれ……」


 落下することすら暇になり、その浮遊感にも慣れてきた頃であった。ふと下に視線を向けると、真っ白な空間に僅かな点が確認できた。目を凝らしてみていると次の瞬間、色つきの映像として眼下に広がってきた。


 高度数千いや数万メートルなのかは分からない。空を切る風の音。優也たちは突如空中に放り出されると幾多もの雲を突き抜け地上に落下しようとしている。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!!! ちょっとちょっと! 女神様!! せっかく来たのにいきなり死んじゃいますよ!!」


 思わず裏返った声で叫ぶ。意識が飛びそうな感覚をぐっと堪えながら、なんとか姿勢を変え女神グラセーヌに近づいた。

 死に物狂いで両肩を掴み何度も揺さぶったりしたみた。だがグラセーヌの反応はイマイチであった。


「……う……ん……もう寝……食べれな……」


 何とかして助かりたい優也は、頬を全力でぶっ叩く事にした。


「すまん! 女神様!!」


 ――パァン!!


「ブべらッ! ……むにゃむにゃ……」


 グラセーヌの反応は薄かった。


「くっ……、こんな目に見える死の宣告を味わうくらいなら、いっそマンホールに落ちたときに楽になりたかった……」


 意識がなければそれまでだが、意識があるせいで恐怖消えない。いっそ失神したい、このまま眠るように、死んでしまいたい。だが意識が飛ぶことは無かった。様々な思い、走馬灯さえ見えそうなほどの恐怖に耐えながらグラセーヌの肩に強くしがみつく。


「たすけて……死にた……、死にたくない……!」


 優也の心の声が現実となって現れる。だが次の瞬間、上空から音を立てて何かがグラセーヌの頭上を直撃する……! 優也からは突然の出来事で何が起こったのか分からなかったが、咄嗟に身体を仰け反らせると、砕け散った林檎の時計が視界に入った。


 頭上を直撃した時計は優也の一撃より重く、苦痛に悶えたグラセーヌは奇声を発すると、頭を抱えうずくまった。その影響で体は遥か下へと加速し、遠ざかっていったのである。


 一方、空中にひとり取り残された優也は絶望していた。

 目を閉じ、その最後の衝撃に堪えようと身を硬くしていると、閉じているはずの視界は何故か青く見えた。うっすら目を開けると、手や足、身体までもが青く光っていた。そして、地面へと加速する速度が緩やかになっていくのを感じた。


――――

――


 ここは辺境の村。懸命に働く痩せ細った村人たち数名が、汗水流しながら農作業に勤しんでいた。

 そんな折、休憩時間であろうか、耕す鍬を肩に担ぎ、空を見上げる村人たちがいた。


「あんれ? なんだべ……」


「こったらもん、ずいぶんさ前にも見た気がすっけど、今度のはデカくて赤く光ってるがね」


「ちょ……、なんかこう……、こっちさ向かってきでね?」

 村人の一人が震える声で、空を……いや、赤い物体を見ている。


「まずいべ、ここに落ちてくるべ!!!」

 農具を投げだし、一目散にその場から逃れようとする村人たち。気付くのがもう少し遅かったから大惨事であった。


 ――――――――ュウゥゥゥ……


〈ドオォォオォォォォォォン!!〉


 激しい轟音と衝撃波により吹き飛ばされる村人と木々。先ほどまで耕していた畑は見る姿もなく、巨大なクレーターがぽっかりと空き、辺りは飛び散った草と土煙で覆われていた。


 辺りに静けさが戻ると土煙は徐々に晴れ、クレーターの中心にある巨大な何かが視認できた。


「いったーい!! なんでこんな所にいるのわたし……」


 片手で頭を抑え、ゆっくりと起き上がる女神グラセーヌが居た。身体や衣服こそ土埃で汚れてはいるものの、傷は一切ついていないようであった。


 避難した数人の村人は巨大なクレーターの縁に集まると、恐るおそるグラセーヌを見た。


「あんたー。大丈夫だべか!!」

 一人の村人が声をかけた。


「大丈夫じゃないわよ!! 私の大事なマヨネーズがどっかにいっちゃったじゃない! ポテチも調味料も食べ物もみんな何処かにいっちゃったのよ!」


 身体や衣服を気遣うよりも、まず、食べ物と調味料を必死に探していた。


 そして、衣服に付いた土埃を払うと、時間差で落ちてきたTVらしきものがグラセーヌの頭に直撃(クリーン・ヒット)した。


――パァン!

「ぺゲえぇぇ!!」


 奇声を発しながらうずくまり、両手で頭を抱えると、涙目で苦痛に耐えていた。


 下での惨劇を上空から見ていた優也は青い光りに包まれ、クレーターの縁に降り立った。


「あ、あんた……! 神の使いだべか!」

 突然の登場に、村人たちが集まり、その中の一人が声をあげた。


「は、ハハッ……、自分そう言うのじゃないんです……。なんていうか営業見習いっていうんですかね……」


 優也の膝は高所恐怖症のせいで笑っていた。


「えい……ぎょうみならい……? おめぇ“えいぎょうみならい”って言うのけ?」


「あ、いや自分名前は優也(ゆうや)って言います。なんかこう成り行きで、そこの女神様の教育……じゃなかった。困り事を聞きに来たと言うべきでしょうか……。なんかもう自分でも、何が何だか分からないんです……」


 そう言いながら顔を俯く優也であった。度重なる恐怖のため、声は震え、思考は朧気、表情は自然と半笑いになっていた。


「ええっ! こんなデ……ふくよかな女神様見たことがないべ!! 最近畑を荒らすモンスターの仲間じゃないのけ!」


「ハァハァ……、ち、ちょっと、あんた! 私のことを今『デブ』呼ばわりしようとしたでしょ! こう見えてもれっきとした女神なんですからね!! それに落ちてくるところ見たでしょ、私は死なないのっ!! この地で、女神グラセーヌって言ったら豊穣の神よ! グラセーヌ様って呼びなさい!」


 グラセーヌは唾を飛ばしながら早口で説明している。地に足を着きようやく落ち着きを取り戻した優也は、足元に転がっているマヨネーズの容器を、無言でグラセーヌの前に差し出した。


 これだと言わんばかりにその容器を受け取ったグラセーヌは、少し首をかしげると地面に叩き付けた。


「……既に空じゃないコレ!!」


 憤慨しているグラセーヌに、村人が恐る恐る言った。


「あんたさ豊穣の神様言うなら、この大穴さどうにかしてけれよ…」


 村人は大穴を指さし、グラセーヌの方を見た。その穴は直径数十メートルほどあり、深さも優也がすっぽり収まるくらいであった。


「はいはい、直せば良いんでしょ、直せば……。見てなさい神の力を、一瞬で直してあげるわ!」


 そう言うと、両手を大穴へとかざす。そして何やら呪文のような言葉を発している。


「大地よ、精霊よ、今一度我に力を貸したまえ。いくわよ! 大地修復(リペア・グラウンド)!!」


 だが、大地も精霊も答える様子は無かった。やれ身体が光るとか、やれ空気が舞うだのそういった自然現象すら皆無であった。


大地修復(リペア・グラウンド)!! 大地修復(リペア・グラウンド)!!」


 何度となく叫び続けているが、魔法が発動する様子は無かった。背後には村人達がおり、皆冷ややかな目でグラセーヌを見ていた。


「ちょっとお! なんで発動しないのよー!」


 憤慨するグラセーヌであったが、それとは別に空は暗くなっていた。先ほどまで晴天であったが、周囲に空に白い雲が集まりつつあった。そして、それは程なくして巨大な人を形取っていく。


「おお! 今度こそ本物の神だべか!!」


「今度こそって何よ、失礼な!」

 グラセーヌがすかさず反論した。


 周囲には低く威厳のある声が響いた。グラセーヌの父である。

「我が娘グラセーヌよ。勝手ではあるがお前のスキルや魔法は一部を除き制限させてもらった。天界と同じように魔法を使おうとしても、ここではお前の思うような発動できぬ。体を動かし、民と共に同じ汗を流すがよい。さすれば体格に応じ使用できるスキルも元に戻ろう。だが、怠惰なままで在れば、スキルや魔法は疎か、元の生活にすら戻れぬであろう」


「えっ。ちょっとまって、お父様!!」


「さて村人らよ、こんな厄介ごとに巻き込んでしまってすまんな、畑を直したあかつきには、必ずや豊穣を約束しよう。すまぬが、いま暫くこの者たちに手を貸してやってほしい……」


 人を形取っていた消えゆく白い雲は、二本の白い糸になると、それらは折り重なるように二人の前へと集まっていった。

 糸はある程度の形を織りなすと一瞬強い光を放ち、2つのスコップとなって、地面に刺さった。


 どこからか父の声が響き渡る。


「その道具は壊れることはない、主らの力や願い、想像力に応じ、丁度よい重さや望む形にへと変化していくであろう。それらを使ってずは、農地を元通りにするがよい。そうして主らの手で困っている人々を助けるのだ……」


 再び優也に小声で囁きかける声があった。


 ――そうだ、優也よ。一つ渡すのを忘れておったわ。グラセーヌが余りにも怠惰な態度を取ったら、その左手の腕輪に念じよ。さすればグラセーヌも少しは懲りるであろう。ワシはこれより暫くは、主らに干渉することが出来ぬ、すまんが娘を、グラセーヌを頼んだぞ。


「では、さらばだ!」


 そう言い残すと、強く白い光りが辺りを包み、目を開けると何事も無かったように、元の風景へと戻った。優也の腕には腕輪が。足元にはスコップが残されていた。


「ちょっとお父様あぁぁぁぁ!!!」

 父の声を追うように、悲痛な叫び声は辺りにこだました。


――――

――

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