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慈悲のその先(リライト済)

――――

――

「も、持ってまいりました!!」


 グラセーヌによって脅されたハウゼンは言われるがまま、辛うじて崩落を免れた祭壇から書を持ってきた。厚さ10センチを超える上製本。表装は異様に黒い布地で覆われており、青い金属装飾が施されている――が、それ以外の装飾は一切く、文字などは書かれていなかった。


「よかろう……。どれ……」


 グラセーヌはその本を開くとペラペラとページをめくる。ハウゼンから見るその本には何も書かれておらず、真っ白であった。だが、その手を突然止めると突然閉じ、おもむろにその手で二つにねじ切った。


 本は二つになると断面から黒い靄を出し、甲高い金切り声を上げた。そして、それは突然発火し、灰へと変わる。そしてそれと同時に、ハウゼンの身体からも同様の靄が立ち上る。ハウゼンの表情からは邪悪さが次第に消えていく。


「……ワ……わたしは……」


「ようやく元に戻ったか、先ほどのは知の書だ。その名の通りこの書は所持するものに知をもたらす、だがそれに伴い、心にある狡猾性を増大させ、代償として本人および他者の生命力を食らい、近しいものを破滅へと導く危険な書だ。書を、何処で手に入れた……。まだ知が残っている以上、知っておろう。どこで手に入れたかを……」


「書……ですか。あの日はいつもより森が冷たく、異様な雰囲気でした。まるで何かに導かれるように様子を見に行ったんです……」


 ハウゼンは淡々と説明していった。

 森に入り暫く進んだところで、周囲から微かな笑い声が響くと『汝は力が欲しいか』という声が聞こえたという。気が付くと目の前に人を形取った木が出現しており、不気味な本がめり込んでいた。

 そして、その本を手に触れた瞬間に木は崩れ去り、その時に様々な知識、言語、魔法、魔力があふれてきたというが、そのあとは一切覚えていないという。


 彼は自分の意思とは関係なく、“ただ長い夢をただ見ているようであった”と云う。そのため今のこの状況と自身に何が起こったのかすら理解できず、認知している時間だけが彼から消し飛んだ。


「いまの状況から見るに、知識は定着したか……。お主、ハウゼンと言ったな。先ほどまでの振る舞いは自身のものでは無いとはいえ、知識はひけらかすものでも道具でもない。他者に命令しそれを安直に求めるのでは無く、共に悩み共に考え、そして民と共に民と他族のために生きよ。それがハウゼン、お前の進むべき道だ。まずは民達に言語を訓練させよ、そして会話でのコミュニーケーションを確立させ知識の共有を図るのだ」


「わ……わかりました、グラセーヌ様!!!」


 優也の身体はグラセーヌの自己再生能力により、徐々に再生してゆく。そして、次第にその意識を元に戻していった。


「あ……、あれ……? グラセーヌ……なんでここに……」


 先ほどまで地を這うような声で語っていたグラセーヌであったが、優也が目覚めたと知り突然声色が変わった。


「ゆ……、優也ァ!! 良かった無事だったのね!!」


「貴様ァ、グラセーヌに何をしたァ!!」

 優也は辺りの崩壊っぷりを目の当たりにすると、激高し怒鳴りつけた。武器を構えハウゼンに襲いかかろうとしたその瞬間、グラセーヌは間に入るとハウゼンをかばった。


「だだだだ、大丈夫よ優也、わたしが。わたしがなんとか説得したから大丈夫!! そ、そうよねハウゼン?」

 表の顔では平静を装うとしていた、だが裏の顔は違った。後ろを向きハウゼンを睨み付けると、その思考を直接脳に伝えた。

(良いこと? わたしのさっきの振る舞いを、そこの優也にバラしたら地獄の果てまで追いかけて、無限とも言える時間、苦痛を与え続けるわよ……)


「えっ? ええぇ……」

 状況が飲み込めないハウゼンは怯えていた。


「和解した……いや、和解出来たのか……。まぁグラセーヌがそう言うのなら、もはやこれまでか……」


 優也の中では、一体どういう説得の仕方をしたのか理解できなかった。曖昧な記憶であったが先ほどまでのハウゼンとは表情も異なり、殺気もまるで感じられない。その彼は完全に別人であると感じた。

 だが、その思考と共にもう一つ気になることがあった。


 ――そう、シルクであった。


 彼女は優也が攻撃から守ろうと戦闘エリア(フィールド)から弾き出した。だが、辺りには見当たらないのだ。


「そうだ、グラセーヌ! シルク……シルクは大丈夫なのか!?」


「シルクならあそこに……」


 神殿の入り口にあった柱の先、斜面の岩肌に黒いローブが僅かに見えた。優也とグラセーヌが近寄ると、それがシルクであることは間違いないようであったが、その様相は少し異なっていた。

 黒いローブはフードがめくれ、その頭部が露わになっていた。


「シルク! 本当にシルクなの!?」


「う……うう……。どうしたの、みんな……、それにここは……どこ?」


「シルク……あ、あたまが……」

 グラセーヌに続き、優也もそのシルクの頭の状態に驚いている。


「や、やだ……フードが……って、あっ、あれ? か、髪が……」


 シルクは自身の頭に違和感を感じた。恐る恐る頭に手を伸ばすと、その柔らかな繊維が指の間をくぐっていくのが解った。そして理解したのだ。


「やだー、シルクったら綺麗なブロンドヘアーになっちゃって、お姉ちゃん心配したんだからァ!! よしよしよしよし……ッ……って、はッ!?」


 シルクを抱き寄せ頭を撫でているグラセーヌは、呆然とその行為を見ていたハウゼンの視線を嗅ぎつけると、睨み付けた。

 (さっきの振る舞い、シルクにバラしたら殺す! ぶっ殺す!! 良いわね!!!)


「だ、大丈夫です……。もう敵意は全くないんで……。でも皆には本当に迷惑かけた……、村の人にも、部下にも……、本当に申し訳ないことをした……食料と思われるものも返す……みんな返す……」


「大丈夫よ。あなた、今、心の底から反省しているでしょ。別に “全部は” 返さなくても良いのよ、それに、あなたたちだって困っているんでしょ? 食料とか」


「そ、それはそうだが……我々は前にいた森に帰ることにする……」


「分かってないわねぇ……、さっき説明したじゃない。“民と他族のために生きよ”って」


「だが、私は罪を犯してしまった……」

 ハウゼンは小さく俯き呟いた。


「良いこと? これからは手を取り合って協力して共に繁栄なさい」


「いいのか、それで……」


「いいのよ、わたしは豊穣の神よ任せなさいって」


「と言うわけで、シルク。その首から下げている転位石をなんだけど、ちょっと貸してくれない?」


「えっ、い……良いですけど、つ……使ったら、一回で壊れちゃいますし、ここにはもどれませんよ……」


「大丈夫よ、こうして、こうやって……」


――――

――


 一方デルベ村ではハーゲンとカーミラがうな垂れていた。

 シルクの事、つまり我が子の事を思うハーゲンは、凄まじい勢いで柱に頭を打ち付け、必死に正気を保とうとしていた。


「うあぁぁぁ。もし、もしだよ!? 可愛いシルクに何かあったらと思うと!!! うあぁあああああ!!!」


「ち、ちょっとやめてよ、ハーゲン! そんなに頭打ち付けたらせっかく生えた毛も抜け落ちるわよ!!」


「だって、だってよう……神とはいえ、モモモモンスターの所に行ってるんだぞ! それにあの子の魔法で、優也と女神様()っちまったら、どんな顔をすればいいか……!」


「だ、大丈夫よ、あの人達を、神様を信じて待ちましょ!! ね?」


 ハーゲンは心を落ち着かせようと、頭頂部を柱に押し付け床をじっと見つめる、そしてため息をついたときであった。


「う、ううあ……はっ……、床にこんなにも毛が……って、うああああぁ、毛がアァァァァァァァ!!!」


 ハーゲンは急いで屈み、床にある大量の毛を掴んだその時であった。どこからともなく女神グラセーヌの声が聞こえてきたのである。


「あいたたたたた! ちょ、ちょっと毛をッ! 髪の毛を掴むのを辞めろオォォ!!」


 突然部屋に怒号が響いた。ハーゲンの足元には、よく見るとグラセーヌの頭部だけが存在した。


「うわあぁぁぁぁ! かかかか、神が生えてるうううう!!」


「何言ってるのよハーゲン……、髪なら生えてるで……って生えてるぅぅぅ!!」


「ちょ、まったく、どういう空間の繋がり方してんのよもう……! 今のでわたしの貴重な髪が何本かお亡くなりになったわよ……」


 グラセーヌは頻りに空間の位置を調整していくと、柱の中心やや上方に位置を構えた。


「か、神様……!? なんで生首だけが……」


「ちょっと訳あって、あなたたちの転位石を使わせて貰ったわ、この使い方なら消失しないから安心してほしいの。それで今ね、その例のモンスターの村に居るんだけど、わたしの説得で和解したからひとまずは安心してほしいの。それと貴方のところのシルクだけど、2ヶ月ほどこっちでお手伝いとして生活するから、暫くは戻らないわよ。あっ、でも奴隷とかそういう意味じゃなくて。困っているからモンスターさん助けたいって言って聞かないのよ。あと、それと……って、ちょっと!!! 頭が嵌まって抜けないんだけど!!! ちょっと誰か引っ張って!!!」


 ハーゲンとカーミラは必死にグラセーヌの頭を引っ張った。


「あいたたたた!! 違う、違う、あんたたちじゃ無いの!! 優也とシルク、それとハウゼンはわたしの身体引っ張ってってば!!!」


――


「――ハァハァ」


 ようやくの思いで空間から抜け出たグラセーヌの転位穴の先には、フードを外したシルクが万遍の笑みで覗いてきた。


「あっ、パパ!! ママ!! 生えたの! まだ少しだけど生えたの!!! 優也と女神様のおかげ! だから、ちょっとお手伝いしたらまた帰るね!」


「うおぉぉぉぉ! シルク! シルクゥ!!!」


「良かったわね、ハーゲン……。長かったけどようやく……ようやく救われたわね……」


 号泣しているハーゲンとカーミラには安堵の表情が戻っていた。


「それじゃあ、またね! パパ! ママ!!」


「頑張って来いよシルク!!」


 ハーゲンとカーミラは励ましの言葉をかけると、シルクは転位穴から顔を外し、代わりに優也が顔を覗かせ説明していった。


「と、言うわけで、とりあえず今日の所は、この塩と……小麦と……あと、大豆……とトウモロコシかなこれは……っと……」


 宙に浮かぶ中途半端な空間から、小さな麻袋が幾つも幾つも出てきた。それは村にもとからあった調味料や食料の他に、村では生産していない食料をも含まれていた。


「とりあえず、空間が不安定だから今回は一端ここまでかな。あと、これ調味料の塊を幾つか置いていくから、削って使ってみて、限界まで圧縮して結晶化してあるから早々に消えないと思うけど、1つはケインにあげてね。ケインなら涙を流して喜ぶかも知れな。それじゃ、たのみます………………」


 優也の小さくなる声と共に、その空間は急に窄まると点になり、そして消滅した。


――――

――

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