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キレた縄(リライト済)

 ハウゼンとの戦闘が始まった。

 両手を縛られている優也は何も出来ず身構えている。

 彼の口は何かを詠唱しているようであったが、その内容までは優也には聞こえなかった。そして口の動きが止まると、指を弾く乾いた音が響いた。


 無数の何かがが、縄を体ごと身体を切り刻み、優也の悲鳴が室内に響き渡る。


「ぐあぁぁぁぁぁあ!!」


 傷口はそれほど深くはなかった。だが切られた部位は動かすたび、僅かではあるが傷口が拡がるのだ。その都度傷口からはピリピリとした空気の流れを感じた。


「これで少しは動きやすくなったか人間よ! ハッハァ!!! 貴様らは奥の方へ下がっていろ!!」


 ガタガタと震える部下は慌ててその場を離れると、部屋の隅へと逃げていった。


 僅かに見えた。攻撃の瞬間にキラキラと何かが舞う、建物内は暗く影になっているから注意しなければ気付かないが、露出した腕から感じられる温度は確実に低く肌寒い。崩れ落ちた天井から差し込む光は、粒子を反射しキラキラと光る。それらは優也の体毛を愛でるように触れると、粒子は薄い刃を形成していく。


(これはカマイタチ……。いや……空気中の水分を凝結させ、刃としているのか。ヤツにはこんなことが出来るのか……)


 露出した腕から感じる体毛は、その変化する粒子を捉えると、神経回路に危険を伝えた。その僅な信号を元に、左右からの攻撃を避けていく。


「ほう……まぁ、軽い小手調べだ、ならばこれはどうかな……」


 大気中の水分が板になる……正面から見た優也は視認できない。それは薄くした氷膜であり、それが幾多もの層となり優也に襲いかかってくる。厚みがあれば屈折した像で、ある程度は視認できようものだが、極限まで薄い板が優也まで迫ってくるのと同時に、至る方向から鋭利な薄膜が襲いかかり優也を目掛けて飛んでいく。


「ほほう、ならば切り刻んで押しつぶしてくれるわ 氷の薄膜メンブレン・オブ・アイス


――調味盾グルタメート・シールド


 方向は分からなかったがとっさに張った大き目の板で攻撃を防いだ。パリパリと割れる音からその攻撃は確実に凍結系攻撃魔法であることを理解した。


「その程度の薄膜で、ハウゼン様の攻撃が防げると思うなよ!! 氷柱(アイシクル・ピラー)


 ハウゼンは両手を上げると、大気中を白い霧が覆った。そして玉座の後ろに流れる水を使い巨大な氷柱を作り出すと、シルクに向け投げつけた。


「汚いぞ貴様!! くそっ、間に合え!!」


 優也は持っていたシールドをとっさに投げ捨て、氷柱とシルクの間に入ると、その身を挺して庇った。


「持ってくれよ!! 調味料の滑走台スライダー・オブ・グルタメート


 氷柱はそのままでは受け止められないが、氷柱の投射角度に沿うように調味料を使って厚さ数センチの滑走台を生成、なんとか1投目を受け流すことに成功した。だが、その1投目とは別の角度から続けて3投、発射されていた。


「はっはっは、仲間がいると大変そうだな。ついつい手が滑ってしまうわ!」


(避けられない――、防戦一方で近づきもできない――、シルクを……シルクを守らねば――)


 優也は渾身の力でシルクを蹴り飛ばすと同時に、床にいくつものパイプを生成しその上を滑らせた。何とか滑走台を眼前に移動させたが、3投のうち1投を受け流すと、同時に左右から滑走台と共に優也を押しつぶす。


「――ぐあぁぁぁぁぁぁあ!!」


 氷柱は砕け散り氷霧が周囲を覆った。ハウゼンは優也の悲痛な叫び声を聞くと、その攻撃の手を辞めた。


「つまらぬ、実につまらぬ。この程度で悲鳴を上げるなどニンゲンとは何とも脆弱だな、所詮は頭脳だけの存在か――」


 氷霧が晴れる。彼は血塗られた床と横たわる『ニンゲン』を想定していたはずであった。

 だが、ハウゼンはその目にする光景に疑いの声をあげた。


「――ば、ばかな……、あの攻撃を避けるだと――!」


 その『ニンゲン』のシルエットは何とも微妙な姿勢で佇んでいた。

 脚はガニ股、片手でブリッジをしながら腕は逆方向に曲がらんと言わんばかりにギリギリと音を立てている。ボロボロの衣服は限界まで刻まれ、苦悶の表情を浮かべていた。


「ふ――、ふざけるな! ならば我が最大の魔法を食らうがいい――! ゆくぞ! 爆発する残酷なクルーエル・アイシクル・プリズン・オブ・氷結牢(エクスプロージョン)


 辺りは一層冷え始め、大気と床、そして壁を僅かに白く染めていく。ハウゼンを中心に大量の霜が発生し、床を巻き込みながら凍結していく。両手を高く掲げると、空間から現れた無数の氷柱は優也にめがけて、突き刺さっていく――が、優也はその不自然な姿勢のまま高くジャンプすると、身体をひねるようにして全ての氷柱をの攻撃を避けていった。


「クソぉぉぉ!! 馬鹿にしおって『ニンゲン』風情がアァァァ!!」


 ハウゼンの攻撃は激しさを増した。無数の氷柱は石の床に突き刺さると表面が爆散しそれは氷の針(アイス・ニードル)となって、周囲に飛び散る。同時に柱の中心部は霧散し、対象者の視界を奪っていく。この攻撃により部屋はおろか、建物は全壊、屋根などは既に吹き飛んでおり空が露わになっていた。

 

「この一撃で終わりだ!!」


 ハウゼンは思わず叫んだ。上空に創り出した幾つもの氷柱は、下に居る優也を目掛け飛んでいった。そして氷柱の一部が身体に触れようとする――その時であった。


――油鎧(オイル・アーマー)


 どこからともなく声が聞こえた。


 瞬間、油膜で身体がコーティングされる。同時に体表から数センチ離れた空間には、あらゆる角度の油膜がバリアのように無数に張り巡らされ、飛来する氷柱を無効化していった。


「……ば、ばかな……、ニンゲンがなぜ避けられる……何故この温度で動ける――!」


 グラセーヌの仕業であった。気絶している振りをし、半目で様子を覗っていたのだ。が――優也の操作方法が表裏逆だった事に気付くまで結構時間がかかったのである。


「いたたたたたた! そっちのほうに腕曲らないから! 曲がらない方に曲がっちゃうから!!」


 絶妙なバランスで宙を舞い、氷柱を避ける優也はグラセーヌが操縦していた。今では為すがまま為されるがままに身体が操縦されている。その全身の動きは優也の意思とは全く異なる。それ感覚はまるで麻酔を施術され痺れた感じに似ている。まるで自身の身体ではない……触れても感覚が全く感じられない。体温、気温、空気の流れなども感じられない。だが今や視認できる敵の攻撃は、自分の意思とは関係無く過ぎ去ってゆく。


(これが……これがグラセーヌの力……)


 ハウゼンは激高し、攻撃は苛烈になる、だが当たらない――。当てることができない――!

 だが優也はその攻撃を翻弄するように避け、宙に舞う。当たらないことが彼のプライドを傷つけ、その攻撃をより苛烈にさせるのだ。


「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!!! クソがアァァ!!!」


 精密に優也を狙っていた攻撃は、少し雑になってきた。それはまるで全力疾走した後に針に糸を通すようなもの。ハウゼンは徐々に肩で息をするようになってきた。


「――ハァハァ……」


 だが攻撃の手は緩めない。隙を見せた時、それは自身の負けを意味する。何故だかそう思えたのだ。それは高すぎるプライドがそうさせているのだろうか。だがそのような攻撃は何時までも攻撃は続かない。徐々に息を切らし攻撃の手を緩めていく。そして、その時が来た――。


(――このタイミング、横に避け壁を崩させ人型にかたどらせる……。――いけるわ!) 


 器用に優也を操作し、側面に攻撃を集中させる――そして壁を崩させ土埃で視界を遮る。人型にかたどった壁の一部を直線的にハウゼンへぶつけると同時に、優也を上へとジャンプさせ背後に回らせる。


(――今よ! 着地と同時にハウゼンの下に潜り込み下から攻撃する――!!!)

 

 そして、舞った土埃はグラセーヌの鼻腔を擽る――。


――ィッ……クシュン!


 くしゃみ――鼻腔に侵入した異物や刺激物を排除するための防御反応である。三叉神経が刺激を感知すると、延髄のくしゃみ中枢が作動し、瞬時に一連の反射動作が始まる。声帯が閉じ、横隔膜と肋間筋が強く収縮し、次いで声帯が解放されると同時に、空気が秒速数十メートルの速度で一気に鼻や口から噴出される。この爆発的な気流により、異物は体外へ排出される。我慢しようとすればするほど、反射は強まる傾向にある。そして一連のこの動作は――力の加減を狂わせる――!!



 ――潤滑油と対象物体との境界摩擦の摩擦係数は0.1~0.01である(※油種による)。


――バァァァァン!!


 優也は着地するときに盛大に転倒し、頭部を壁に打ち付け失神した。耳と口からは絶え間なく血が流れ出ていた。



「あああああああああァァァ、フンガー!!!」


 凄まじい勢いでグラセーヌは縄を引き千切ると走り出した。あれほど頑丈に縛ってあった縄は跡形も無く木っ端微塵となり、ドスドスと音を立て優也に駆け寄り介抱した。


「ゴメンね優也! だいじょうぶ!? 優也!!」


「えっ……」


 ハウゼンの攻撃が止まった。


 しきりに優也の名を叫んでいるグラセーヌに、若干戸惑いながらも近寄っていった。


「ええと……は……はっはっは、ニンゲン風情め、わ……我に楯突くからこうなるのだ!」


「優也……優也……」


 グラセーヌは優也の名を呼ぶ声を辞めない。


 背後に忍び寄るハウゼンは、詠唱をはじめた。空中には禍々しい巨大な2本の氷の斧が出現、ハウゼンはそれを掴むとグラセーヌと優也目掛けて振り下ろした。


「……精々そこのデブと仲良く肉塊になるが良いわ!!! くらえ、氷結(アイシクル・)断頭術(ディキャパテーション)!」


 グラセーヌの目が鋭く光った。


「“わたしの優也”に、何してくれてんのよ!!!!!!!!!」


 全体重を乗せたグラセーヌの裏拳が炸裂した。巨大な氷の斧はその腕を、拳を切断することも適わずバリバリと音を立て崩壊、貫通すると、拳はそのまま振り抜きハウゼンのボディにめり込むと同時にメリメリと鈍い音を立て、彼方に吹き飛ばした。


――ッパーーーーン!!!


 その衝撃で周囲の石壁と石畳が全て捲れ吹き飛ぶと、辛うじて残されていた神殿は完全に崩壊し、露わになった岩肌にハウゼンがめり込んだ――


「がハァ……!」


 グラセーヌはゆっくりと立ち上がり、指を鳴らすと言い放った。


「おまえは長く生きすぎた……」


「ば……、ば……かな……。なんだこのデブは……、最悪の気分だ……視界が、視界が歪む……く、来るな……こっちに来るな!!」


 岩肌にめり込んだハウゼンが、怯えながら必死な思いで身体を起こす。そして近づいてくるグラセーヌに抗った。


「つ……対氷柱ツイン・アイシクル・ピラー


 両脇から2本の氷柱が発生しグラセーヌを押し潰そうとする――が、しくも崩れるのは氷柱のみであった。


「な……、ならば上空まで吹き飛ばすまで! 盛り上がる(エキスパンド・オブ)氷結大地(・アイスグラウンド)


 グラセーヌの足下から大量の霜柱が噴き出し、それが1つの巨大な氷を形成、氷の地面を作り上空へと吹き飛ばす――がグラセーヌはせり上がってくる地面に打ち上げられもせず、そのままゆっくりとハウゼンに近づいていく。下からせり上がる氷の塊はグラセーヌを避けるように割れ、氷片だけが上空へと舞い上がっていく。


 力の差は歴然であった。怒りに震えるグラセーヌの前には、全ての魔法も、全ての物理攻撃も無効化していく。


――こ、こいつには一切の攻撃が通用しない! 攻撃を交わすとかそういう次元ではない――


 グラセーヌは怯えるハウゼンの前に立ちはだかると見下し、言い放った。


「おい、おまえ……。このまま地獄に落ちるか、改心するか選べ……」


 ハウゼンは思考を巡らせた。


 ――今は改心するとだけ言って、なんとかこの場をやり過す。そして再びここから離れ、再び根城をかまえる。力を蓄え、反撃の期を探る。場合によっては、あの場所に行き書を探し、そして更なる力を――


「おい……貴様。今だけ良ければそれで良いとか考えてないよな……、ワシは神じゃぞ? 心を

見抜く事など雑作も無い……。堕ちてみるか……、本当の地獄とやらに?」


「か、改心します! 改心します! だから命だけは!!!」

――神がこんな所に居るわけ無い。どうせハッタリだ。


「ほぅ……、よほど死に急ぎたいのだな、このクズめが!」


――ッパーン!!

 グラセーヌのビンタが炸裂した。


「ブべらっ!」


「これは貴様が“今”嘘をついた分だ……」


――パン、パン、パン――ッパン!!

 再びグラセーヌのビンタが炸裂した。


「これは貴様が悲しませ、怯えさせた民の分だ……、そしてこれが!」


「優也を傷つけた分だぁああああ!!!」


――ッパーーーーーーン!!


「ブリュエ!!!!!」


 ハウゼンは最後の一撃を食らうと回転しながら水平に吹き飛んだ。そして壁面に打ち付けられ、大きく血を吐き、そのまま倒れた。声にならない声を出し、小さく怯えているハウゼンのその目には、既に抗う様子も無くただただ怯えていた。

 

「いいか貴様……それが今まで民にやって来たことだ……貴様は上に立つものであったが、民を恐怖で縛った。それは許されない行為。だが儂は非常に慈悲深い……、今回は敢えて殺さずにおいてやろう。良いか、力を持つ者が私利私欲に走り、民や、他族を苦しめるようなことをしてみろ、その時は地獄の釜からこのわたし『グラセーヌ』が迎えに行くと覚えておけ……。それと、お前が所持している書を持ってこい……今すぐにだ!!!」


「な、なぜ書のことを……!」


「おい、貴様は今誰と話しているんだ……?」


「し、承知しました!!」


――――

――

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