悪食の代価(リライト済)
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そこには、お腹を押さえてうずくまっているグラセーヌが居た。
「ゆうやしゃん……ゆうやしゃん……」
「おやおやどうしたんだい、グラセーヌ……」
「ぽんぽんがペインなんですけど……」
「おやおやそれは大変だねぇ……」
――ギュオオオォォォォォォォォォォォ!
「ふぐぅ!! ちょ、ちょっと裏に行ってくりゅ!!」
モービル天ぷらの影響である。
人体に吸収されない鉱石油はその腸壁をも吸収を拒み、そのまま小腸および大腸を通過すると、本人の意思とは関係無しに油分が排泄されるのである。
これはバラムツという魚も似たようなもので、成分こそ異なるがその魚の持つワックス由来の油分は、人間では分解吸収することができない。そのため、食すと本人の意思とは関係無くその油が排出されるという。
なお、バラムツはその濃厚な脂の旨みから愛好家は多い。この場合、食事をする際紙オムツを履くなどして対処するそうである。
そのため、双方とも大量に摂取した場合、腹痛および腹部不快感とそれに伴う下痢などが発生する。
「ぜぃ……ぜぃ……」
やつれた様相でとぼとぼと帰ってきたグラセーヌの顔からは、次第に生気が失われて行くのが分かった。
――ギュオオオォォォォォォォォォォォ!
「ふぎゅぅ!!」
ドタドタと音を立てながら忙しなく外と中とを行き来しているグラセーヌは、相も変わらず下痢と格闘しているようであった。一方シルクはというと、お腹が一杯になったのか幸せそうな表情で、洞窟の壁面にもたれ掛かりながらすーすーと寝息を立てている。やはりアレを食べさせなくて良かったと、優也は心底安心していた。
忙しなく洞窟と外とを往来していたグラセーヌを横目に、後片付けを済ませ、いよいよ出立かと思ったその時。
待っていても外に行ったグラセーヌが帰ってこない……。
「あれ? おかしいな……。さっきまでならそろそろ帰ってくると頃なのに……」
優也が様子を見に行こうと洞窟から身体を出したその時であった。洞窟の上から降りてきたその何者かは、背後から優也を羽交い締めにすると抵抗させる隙も与えず、優也の手を後ろに回しひねりあげると、そのまま器用に身体を縛り上げたのである。
貪欲な奴ら――!
「コイツラダ、捕マエタゾ」
「な、何をする、辞めろ!! その子に……シルクに手を出すな!」
必死にもがき逃れようとするが、その体格差ゆえ抵抗できなかった。
「ボス献上スルマデハ、マダ生カシテオク……大人シクシテイレバ、マダ殺サナイ……、抵抗シテミロ、コノ場デ殺ス」
優也は頭を地面に押し付けられ屈せられた。なんとか顔を起こした視界の先には、涎を垂らしグッタリと横たわっているグラセーヌが居た。
「貴様らァ、グラセーヌに何をした!!!」
「ナ、何モシテイナイ……コイツ、最初カラココニ居タ、オ前ラノ仲間ミンナ連レテ行ク」
貪欲な奴らは横たわるグラセーヌを縛ると運ぼうとしているが、彼らの力をもってしても持ち上げることは容易ではなかった。
「コノデブ、重スギ2人ジャ無理」
「持チ上ガラナイナラ、引キズッテデモ連レテ行ケ」
「分カッタ!」
カタコトの言葉ではあるが人語を話し、道具も使用していた。逃げるにも逃げられない状況に、優也は思考を巡らせた。
(ここで魔法を使って縄を解いたとしても、グラセーヌもシルクもこの状態では……)
縛られたシルクは寝たままの状態で彼らに両手両足を縛られ抱えられている。小さく寝息を立てており、この状況でも起きるよう様子はない。意外と図太い神経の持ち主であるように思えた。
一方グラセーヌはというと、両手両足を縛られては居るのだが、2匹で抱えることが出来ないので縛った脚に4本のロープを繋ぎ、4人がかりで引きづられていた。そんな状況でも気絶しているようでピクリとも動かない。やはり度重なる腹痛と下痢のせいだろうか。
「オモイ……コ、コノ『ニンゲン』スゴク重イ……」
貪欲な奴らの一人が文句を言いながら引きずっていると、その上官らしき一人に叱られているのを見た。優也はそんな様子を目の当たりにすると、生きる世界が違えど大変そうだなと少し同情した。
まぁ敵に同情しても仕方のないことなのだが、何故か俺だけ歩かされているのが納得いかない。グラセーヌの運ばれ方を見ていると、それよりは圧倒的にマシなのは解る。だが、こうして捕虜にされるくらいならいっそのこと担いで運んでくれても良いのに。と、思ってしまう楽観的な考え。これから何をされるか分からないというのに、恐怖も無く妙に落ち着いていた。これが正常性バイアスなんだろうか。
彼らの住まう根城も、生活スタイルも、取りまとめているボスの存在も、これらが優也にとっては新鮮であり知の探究へと誘うのだ。知りたい……もっと知りたいそんな思考に至るようになってきた。
「トットト歩ケ、『ニンゲン』!」
定期的に悪態をつき、武器で脅してくる彼らと共に暫く進むとようやく彼らの根城が見えてきた。
入り口は丸太を立てて作ったバリケードが建っており、左右に門番らしき者がいた。その脇は、鋭利な刃物で斜めに切断されたバリケードがあり、多数の者が上官に怒鳴られながら懸命に修理していた。
入り口を潜ると、結構な数の貪欲な奴らが居た。だが、不思議とどの者も生気は無く、下を俯き何かに怯えているようであった。付近の建物は人家を真似て作ったのか、雑な茅葺き屋根の建物が幾つも建ってはいたが、そのせっかくの構造体は幾つも失敗しているようで、その技術の低さが覗えた。
(この程度のものなのか……)
そう思ったのもつかの間、暫く進むとその思考は早々に打ち砕かれた。建物は奥に進む度に完成度が増してゆき、一際高い位置にある建物は、まるで神殿の様であった。様々な動物の頭骨や血、皮などで赤黒く装飾が施されており、不気味なまでの技術の高さが覗えた。内部に入ると、壁と基礎は石造りになっており、幾本もの石柱は茅葺きの屋根と梁を支えている。
屈強そうな数十体の者達が視界に入った。中央の通路の脇に立ち並び、その奥には一際体格の良い、派手な装いを纏った者が、その獣の骨で作った悪趣味な玉座に頬杖を立て座っていた。ここを通り過ぎる者達もやはり何かに怯えているようで、小刻みに震えているのが分かった。
「ツレテキタ、ボス……」
「連れてきましただろうが!!!」
その瞬間であった、優也の横に居た者とその取り巻きの何体かは何が起こったかも分からず、突然姿を消したかと思うと、既に入り口の方に吹き飛ばされ、その身体を石壁に叩き付けられていた。
その攻撃は一瞬の出来事であったようで何が起こったのかさえ理解できなかった。
並んで居る屈強な者達は、吹き飛ばされた彼らを見ようともせず、奥歯をガチガチと鳴らしただただ怯えていた。
「はぁ――、このクソどもは、頭が悪すぎて困る……おい、そこのクズ! とっとと片付けろ!!」
流暢な人語で汚い言葉を吐き捨てる。そしてその振る舞い。優也は彼がここのボスであることを認識した。
「ヒ、ヒィィィ!」
石畳とその壁には鮮血が滲んでおり、その攻撃の威力の高さが知れた。部下は入り口に横たわる同僚を外に連れ出すと、血で汚れた壁と床をしきりに拭っていた。
「……良く来たな『ニンゲン』よ……。我はハウゼン、このクソどもに作らせ完成したばかりのハウゼン様の神殿を台無しにし、さらに先制攻撃を仕掛けてくるとは、良くもやってくれたものだ……」
姿形はほぼ同じであるが、明らかに様相が他の者とは異なる。知能が高さが人のそれとほぼ同等に近い。
「この種族は知能も大して持たない、食料も自身らで生み出しもせず、生えているものを採ってくるか、奪ってくるばかりだ。少し前に、獣を使い『にんげん達』と同じ畑を作れと命じた。だが部下がやったことと言えば、獣を使い嗾けるだけ。建物もそうだ、同じものを作れと命じたが、適当なものしか作れぬ。挙げ句、闇夜に紛れ食料を貴様らのところから奪ってくる始末。先代や始祖は『森とともに生きよ、知者となり自然に耳を傾けよ』としか言わず、何代も何代もずっと森とともに住んでいた。だが、俺は違う。俺は全てを統べる。あの方に貰ったこの力を使い、ゆくゆくは『ニンゲン』どもを始め、ドワーフやエルフ、魔獣族、魔族を含め全ての頂点に君臨するのだ。まずは俺様自ら、貴様を血祭りにし、『ニンゲン』どもに力と恐怖で支配が出来るか実験しよう」
「ちょ、ちょっと待ってほしい、それだけ話せるなら話し合いだって手を取り合って協力する事だって出来るじゃないか。それに、先制攻撃と言っていたが、我々はまだ――まだ、何もしていないじゃないか!」
「だまれ、ニンゲン風情が! 眼下を見下ろし『やれやれ、今日は良い天気だなぁ……』と、眺めておれば、森の洞穴の方から我が神殿を切り刻むなど、狡い攻撃をしおって……」
「えっ、今なんて……」
「そこの壁が崩れておろうが! 貴様の目は節穴か!!」
視線を左に向けると、神殿の石壁とその床は斜めに切断されており、空が露わになっている。まるで地滑りでもしたかのように、そこだけがぽっかりと消えて亡くなっていたのだ。
(しまった……。シルクのファイヤーボールの餌食になったのか。とはいえこの状況、非常にまずい。なんとか手を考えないと、何もせずにただ殺されてしまう。グラセーヌは神だからまだしも、シルクは生身の人間……やはりうちらだけで来るべきだったか。かと言ってここでシルクが起きてたとしてもパニックになるだけだし、グラセーヌは……半目開いてて見えてるのかよく分からないけど、ピクリとも動いていないから駄目だしな……、あれだけ助けると大口叩いてたのに……)
(仕方が無い……覚悟を決めるか……)
優也は腹を括った。人質を取られている以上、俺がなんとかしなければならない。相手は人語が理解でき、その知識をただひけらかしたいだけなのかもしれない。知能と自信があるが故、交渉して一騎打ちに持ち込むことも出来そうだ。だが、俺はあいつに勝てるのだろうか。少し魔法は訓練したがどこまであいつに通用するかは正直分からない。でも、いまはやるしかない。
「……壁と神殿の件はすまなかった……」
「ほう、ニンゲンでも謝罪は出来るのだな、だがその償いは貴様らの命で償ってもらうぞ」
「まて……ちょっと待って欲しい。その力……弱者ばかりで退屈しているのだろう? 俺なら多少は楽しめるぞ。ど、どうだろう、その強大な力を使って一騎打ちで勝負してみないか?」
「ほう……一騎打ちか……。して貴様が負けたら何を差し出す」
「首でも何でも好きなようにすればいい。だが、その代わりあの二人には手を出さないでほしい。たのむ……」
「負けることが前提か……まぁよい。貴様の勇気に免じて二人にはメッセンジャーとして手を出さないでおいてやろう。次に、その首を二人に持ち帰らせ、恐怖に戦く『ニンゲン』どもに対する布石としようぞ。技術を奪い一生奴隷として働かせ、このハウゼン様に楯突いた事を知らしめてくれるわ。まぁ、たいした能力もない『ニンゲン』ごときがワシに勝てるハズが無いがな。少しは楽しませてくれよ『ニンゲン』!!」
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