森の食事_後編(リライト済)
グラセーヌの前には謎の油で揚げた、ドクダミが並んでいる。「なんでわたしが最初に毒味をしなければならないの?」という表情でチラチラと優也の目を見ている。
「ほら、安全だからって啖呵切ったんだから、まず最初にグラセーヌが食べるんだよ」
「えっ、だって謎の野草でしょ。優也が採ってきた野草なんだから、責任持って優也が毒味しなさいよ」
「そもそもドクダミもコゴミも食えるし、この黒い油はグラセーヌが出したものじゃないか、臭いだって変だし、どこぞの工場で香るような臭いじゃないか! それとこうなったのは、食料を勝手に平らげたグラセーヌのせいじゃないか」
「……」
「……すみませんでした……」
グラセーヌは丁寧に土下座した。
「まぁ、まぁ俺も一緒に食うから顔を上げなって……、というか、こんな得体の知れない油、口に入れても大丈夫なんだろうか……」
優也の不安は拭いきれなかった。
そして意を決して、優也とグラセーヌはその得体の知れない黒ずんだ天ぷらを口へと運ぶ。
「よし、いくぞ! せーのっ!!」
――シャク……!
(こ、これは……! カラッと揚げた衣が、まるで軽いスナック菓子のように口の中で崩れ、新鮮な卵の持つ旨み甘み、それと噛みしめる度に口の中に広がる――)
――
――――
前に森でケインからいろいろ聞いたときに、この世界には『目で見る鑑定スキル』という便利な固有スキルがあると聞いた。それらは極々限られた人々しか持っておらず、持たざるものはこうして五感と経験を元に鑑定するのだという。その固有スキルを持っていると、見ただけであるゆる植物、動物、モンスター、アイテムの性能や効果、効能や持続時間などが瞬時に分かるという非常に優秀なスキルだという。そのスキルを得し者は、例えどのような人物であっても、出生や所在地、表の顔、裏の顔、人間性、思考……、そういったことを全て瞬時に理解できるのだという。
そして今、ここに来るまでの間、謎の声がうっすら聞こえるということを、グラセーヌに相談したとき分かったが、どうやら俺にもそのスキルの片鱗があると言うことらしい。
ただそれは、物体を見たときではなく、どうやら実食しないないと鑑定されないという、なんとも中途半端なスキルであることが判明した。
食べれそうなものを片っ端から食して鑑定していく……、そんな身を挺した判定方法もあるのだが、そんな事をしていると命が幾つあっても足りなさそうなので、今のところは死にスキルという訳であった……だが今は、ハッキリと聞こえる!
〈カスト○ール マグナテック 粘度 0W-20 鉱物油、通称エンジンオイルデス、成分値ハ……〉
脳裏に鑑定結果が響いた。
「うぅおえぇぇぇえ……モービル天ぷらじゃねーか!!」
優也はその場で嘔吐した。
「えっ!? ちょっと臭いけど割と美味しいよ!!!」
〈……卵ノ産地ハ『デルベ村産』、今カラ76時間24分31秒前排卵、31,415,926,535代目ノ『ニワトリ』デ初卵ヨリ48個目64.2グラム、49個目72.3グラム、52個目68.7グラム、ヲ使用シテイマス。『デルベ村』ハ、人口124人男72人女52人、主トナル生産者ハ『シルヴィオ・ロングロッサ』、今ヨリ207,360時間51分13秒前誕生、最初ノ排尿ハ誕生ヨリ21時間14分59秒後……次ノ……〉
「あああああっ、脳内がうっさい声で埋め尽くされるわぁぁぁぁ、鑑定スキルの余計な情報が止まってくれない、どうやって止めるんだあぁぁぁ!」
優也は両耳を手で塞ぎながら頭を壁面に打ち付け悶えているなか、後ろでは凄い勢いで揚げては食べ、食べては揚げてを繰り返しているグラセーヌがいた。
「食感も軽くてサクサクしててけっこう美味しいー! ほらほらシルクちゃんも食べなさい!」
「駄目だァァアァァ、んなもの食わせられるかァ! ちょっと待ってろ!!」
突然我に返った優也は急いで新しい鍋を出すと、大量のマヨネーズを鍋に流し込んだ。暫くすると鍋には大量のマヨネーズがグラグラと音を立て、怪しく煮えてきている。
「やるじゃないの優也、新しいタイプの天ぷらって訳ね!!」
優也が道具を探そうと少し目を離したとき、グラセーヌがドクダミに天ぷら粉を付けると、そのまま鍋へとぶち込んだ。
「あっ、ちょっとまてぇい!!」
マヨネーズは熱により油分と卵黄は分離。優也の制止も間に合わず、油面に浮き凝固した卵黄は、揚がったばかりのドクダミの表面を覆った。グラセーヌはそんなの気にすることもなく、卵黄と油分がボタボタと滴るドクダミの葉を口に含むと、あまりの食感の悪さに嘔吐した。
「うおぉぉぉぉえええぇ!」
それもそのはずである。衣が葉に定着し余計な水分を飛ばしカラッと揚がるハズが、引き上げる際に油分を含む卵黄の塊が衣に吸い寄せられ、それが全ての食感を台無しにしていた。
「まったくもう……、なんで食に対してそんなに貪欲なんだよ……」
優也は魔法で細かい網目状のお玉を作り、その凝固した卵黄を器用に掬うと植物性油脂みに分けたのである。
何回か油面に浮いている卵黄を掬っていくと、次第に油はそれなりの色に見えてきた。少々癖はあるがグラセーヌの出す機械油特有の臭いではなく、まぁ食えなくも無いだろうという妥協した臭いに落ち着いた。
「さて、これからが本番だ……」
――シュワァ……
ドクダミを箸で摘まみ、高温の油でさっと潜らせる。そのきつね色に装飾したドクダミを網にあげ、手で掴むと口へと運んだ。
――シャクッ……
口いっぱいに広がる衣とドクダミの僅かな苦みのハーモニー、そのサクサクとした食感は優也の食欲を増進させるまでに至った。コゴミもいけそうだと踏んだ優也は、続けて揚げ始めると再び実食した。サクサクとした食感と、コゴミの芽のふわっとした食感と旨みが口いっぱいに広がる。
苦みなどは殆ど無く、それは噛めば噛むほどに素材の旨みを引き出させていた。
「う……、うまい……! これならシルクにもいけそうだ」
優也は先ほど同様にドクダミとコゴミの両方を揚げると、油を切りシルクの前に並べた。
「天ぷらは熱いうちがウマい。時間が経つと水分を吸って食感も風味もかわってしまうからね。あとこれはあっちと違って安全だから安心してお食べ」
「まるでわたしの油が危険みたいな言い方じゃない!」
「そっちの油は危険しかねぇんだよ! 鉱物油は植物油と違って人体にも吸収されないし、体調不良になるから危ないんだって! まったくもう……どうなっても知らんよ……」
「は、はじめてみる食べ物……。い、いただきます…………、は……はふっ……」
その小さな口で天ぷらを小さく囓る――
――シャク……!
「んんんんん! ふぁにほれ! ほんなほほふぁへたほとない!!」
目を丸く、頬を赤くし、驚きの表情でドクダミの天ぷらを見ているシルク。お菓子といえば小麦を固めただけの硬いクッキー。食事は大体がペースト状に煮たものが主で、肉と言えば素焼きが定番である。そんな彼女が初めて口にした未知の食感。こんな食べ物がこの世に存在したのかと思うほど驚愕していたようであった。
「はっはっは、うまかろう、うまかろう!」
「もっと……、もっとほしい!! 優也、もっと作って!!」
「はいはい、お嬢様いま作りますよ~」
「わたしの黒いのも美味しいわよ!! まったくもう!」
グラセーヌは憤慨していた。
優也はテーブルで例の巨大な物体を切り分けると、果肉を1mm程度の薄切りにし、さっと素揚げにしてみた。上からパラパラと調味料を振りかけると、口に入れ確認した。
「これは……凄くポテチっぽい……これもいけそうだ!」
鑑定スキルによると毒性はないという、食後15分で完全に消化されるとのこと、油分に関してもキャノーラ油とのことなので安全性に関しては問題ないと言っている、相変わらず鑑定の説明が長すぎるのが欠点だがな。
「わたしもやるう!」
そう言ってグラセーヌは切り分けたいくつかの果肉をバサバサと自分の鍋にぶち込み、マヨネーズから取り分け、油分を失った卵黄に付けてむしゃむしゃと食べている。
「悪食かこいつは……」
シルクの方も食が進んでいるみたいであった。そのいずれも好きだったみたいで出されるものは全て平らげた。ただ、その中でもこのポテチに似た食感のものが特に気に入ったらしい。
「ふー。食べた食べた……」
お腹をさすり、横たわっているグラセーヌ。その隣には寄り添うようにシルクも横たわりお腹をさすっている。
「こ、こんなにお腹いっぱい食べられたの……は、はじめて」
優也は二人が食事が終えたところで、いそいそと片付け始めた。調味料で生成した油切りとお玉をナイフの束で粉々に砕くと、天ぷら粉にの中にそれを入れ、少々の水を入れると混ぜ合わせた。その、ほぼ天ぷら粉をさっと油に落とし揚げていく。そして皿に取り上げると、バリバリと音を立てて食べ始めた。
「そ、そんなんでいいの? 優也……」
「ん? めっちゃウマいよ!!」
「わ……、わたしもたべたい……優也と同じものたべたい……」
「駄目よ、あんな悪食真似したら、お腹がきゅーってなって、痛い痛いが一時間以上も続くのよ。あれは優也だから出来るのよ」
「じ、じゃあがまんする……」
「もぐ……、グラセーヌに言われとうないわ……」
こうしてなんとか調理法を確立した初の食事会は終了した。
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