森の食事_前編(リライト済)
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森に着く頃には日の光が見えるようになってきた。差し込む日の光は、先日起こったボア襲撃の爪痕を照らしている。幾多もの木々はその幹をボアの突進によって削られ、地面の草花や薬草といったものも踏み荒らされ、辺りは見るも無惨な様相であった。
ただ、ハーゲンたちが言うように、森に召喚した大量の調味料はおろかマヨネーズの油分など、それら一切の痕跡は無かった。優也は不思議に思っていた。あれほどの質量のものが一夜にして消失、話に聞くとそれが自分の体内へと消えていったのだから。
そうこうしているうちに、馬車は森の中腹まできたようであった。耳を澄ますと小鳥のさえずる声が聞こえ、同時に獣のかすかな寝息も聞こえた。感覚が研ぎ済まされているのであろうか、優也には人間の通常感覚では感じ得ないほどの気配を悟ることが出来るように感じていた。だがそれも森を奥へと進むにつれ次第に聞こえなくなり、そして辺りはしんと静まりかえっていった。「ここまでだな……」そう言って、ハーゲンは馬車を止めた。
「ここから先、馬車は通れねぇ……。俺は案内役のケインを待ってから出立する、それまではこの辺りで採取でもしながら帰りを待ってるよ」
「すまんなハーゲン。おそらく昼くらいまでには戻ってこれる筈だ。ボアの連中は今は就寝中だろうけど、くれぞれも油断はするなよ、いざとなったら先に戻っていてくれ」
「わかった、ケイン。お前も……お前らも無理はするなよ。最悪は……いや、考えないでおこう。それと、シルクや……無事に帰ってくる事を祈ってるぞ、危なくなったらちゃんと転位石使うんだぞ。あと、お前の魔法は危険すぎるから人様に向けちゃだめだぞ。無事に事が終わったらみんなで美味しいものでも食べような! よし、それじゃ頑張ってこい!」
ハーゲンはぎゅっと抱きしめると、背中をぽんぽんと叩きシルクを励まし別れを告げた。ハーゲンを一人残し、ケインとシルク、グラセーヌと優也は荷車から降り、ケインと共に湖の畔を進む。
暫く進むと僅かに草の根が分けられた獣道が見えてきた。それは小高い斜面を沿うように奥へと続いており、木々の隙間から入る日の光はその道を照らしている。そしてこの時点ではまだ脅威となるような生物などが見当たることはなどはなかった。
再び獣道を進み目を先に向けると、それはより深い森へと続いていた。薄暗い森の中、慎重に獣道を歩き続けること数十分、神妙な顔をしたケインがズボンに手をかけ突然その足を止めた。
「みんな、ちょっとこっちに来てくれ……」
そう言って、ケインは大きめの木の陰へと案内した。
「トイr……ブッ! ゴファ!!!」
ケインの言葉は最後まで発すること無く、目にもとまらぬ早さでグラセーヌのビンタが炸裂した。ケイン回転しながら数メートルほど吹き飛ばされると、木にぶち当たり身体を横たえグッタリとした。優也はあわててケインに近寄ると革袋からポーションを取り出し、ケインの頬にかけることでなんとか事なきを得た。
「ちょ、最後まで話を聞けえぇぇ!!」
木のうろにはハエが飛び交っており、強烈な臭いとともに黄色い液体が僅かに満たされており、それは何者かの厠だということが見て分かった。
「神妙な顔でいきなり変なこと言わないでよ!!」
ケインによるとこれは縄張りの一部であり、彼らはこうして木にうろを作りそこに用を足しマーキングするのだという。一般的な動物であれば尿をかけるだけのマーキングだが、こうすることでその臭いは長期的に保持されるため、日常的に訪れなくても効果が続き、縄張りの範囲を広げ易くなるのだという。この場合、木を見ると分かるのだが、遠目に見ると葉の茂っている先端部分は茶色く変色、または枯れており、次にうろに群がる虫らで判断できるのだという。それと、うろに残る尿の残量またはその臭いで、何時訪れたのかも解るのだそうだ。
ここの場合、まだ出来たてではあるが、作られてから1~2日経過したものであるという。そして近々広げられた最新の縄張りであることも解るのと同時に、この状態から2~3日中は同じ縄張りに来ないことも教えて貰った。
「すまない、俺が案内できるのはここまでだ。ここより少し北……、あれだ、あそこの木だ……。その木の下まで行き丘の方に見上げると、ちょうど葉が抜けている場所がある。そこから中腹が見えるはずだ。まずはそこを目指してくれ」
シルクを、村の未来を頼む……と、そう言い残しケインは足早に切り上げていった。
これより先は、我々で進まなければならない……そう思った矢先であった。しばし歩くと妙に腹が空いてきた。グラセーヌは最後尾にいたので気づかなかったが、先ほどから何かをずっと食べているようであった。
――もっちゃもっちゃ……
優也は歩みを止め慌てて革袋を漁ると、干し肉の入っていた袋が既に空になっていた。
「まさか――! うあぁぁぁ、グラセーヌ! その口に入れてるのはもしかして鞄にあった食料か!!!」
「ん? ふぁにもふぁへへふぁいよ!」
「うおおおぉぉぉぉ!! この口か! この口が悪いのか!!」
「いふぁい! いふぁいっへ!」
――ごくん……
「いいじゃないの少しくらい! 優也は調味料食えるんだし! わたしにはこれしか残されてないのよ!!」
「それゃあ調味料食えるけど、3日分ものメインディッシュが今さっき消滅したんだぞ!! それに……それにだ」
「なによ……!」
「シルクの分まで食ったら駄目だろ……」
「はっ……、しまったあぁぁぁぁぁ!! ご、ごめんねシルクちゃん、お姉ちゃん今から吐き出すから!!! うっ、うおぇぇぇぇぇ!!」
「まてまてまてまて! シルクがそんなもん食えるかよ!! アウトだよ!!」
「だ……だって……」
「ちっ……しゃあないなぁ……、とりあえずシルクが食べれそうなものを探すか……。とはいえ、鞄に残っているのは、卵、小麦粉……それと塩が一握りか……。いや、なんで卵と小麦粉があんのよ!?」
「い、一応うちの村の特産品なんです……でも、小麦粉は高価で売れるので、その殆どは街に売られそれほど無いんです。残ったものは汚れを取るのに使ったり、あとは農作物の害虫避けに使ったりするんです……、卵は……あれ? なんであるんだろう……、臭い玉と間違えて入れたのかな……」
「ちょっとまってくれ、一応確認したいからちょっと平らなところに移動しようか……」
辺りを見回すと丘の斜面に洞穴があった。一向は慎重に移動すると、念のため奥まで確認することにした。洞穴はそれほど深くなく、先住者の気配などは無かった。一番奥まで行くと外から我々の姿がちょうど見えなくなるくらいの小さな洞穴であった。
――硬質調味料創造
何を思ったのか優也は洞穴に入ると詠唱を始めると、真っ白の高質化された小さいテーブルを作り出した。
「よ……よし……、なんとか成功した……」
「優也ってば器用ね……、ふつうそんなのでテーブル作らないわよ」
「ま、まっしろでキラキラしてて綺麗……」
「さて、卵を置いてだな……、こうしてその場で回そうとして、良く回らないのが生卵な。一方、中が茹で卵みたいに内部が硬質化している卵は、その場でくるくる回る……という訳だ。つまり、臭い玉が混入していても、生卵とは見分けがつくということだな」
「ふーん。なるほどねぇ……でも茹で卵と臭い玉の区別はどうするのよ」
「…………えっ……!?」
「えっ!?」
革袋を漁ると臭い玉と思われる袋は逆さまになっていたようで、鞄の中で幾つもの卵が散乱していた。持ってみるといずれの卵も同じ重量、中身硬質化、回しても挙動は全く同じであった。
「これ全部臭い玉なんじゃないのか……?」
しかし、明らかに袋の大きさより、中に流出している卵の方が多い、それも比べると茹でたと思われる卵がいくつか混入しているのだ。
「う~ん……。ま……、まぁ今はそれほど重要じゃないし、とりあえずシルクの分ご飯を用意しなきゃな」
「えっ。わたしの分のご飯は? わたしまだ食べ足りないんだけど!」
「えぇ……、3日分の食料に加えてまだ食うのかよ……。ちょっと辺り探って食料となる野草を採ってくるから、洞穴出たところにある湧き水で水を汲んでおいてくれよ」
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