食の恨み(リライト済)
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――ううん……。
身体が重い、頭が割れるように痛い……。寝て起きたらもといた世界に……と思っていたが、そういう様子はなかった。うっすら目を開けた先は、木のぬくもりのある小さな部屋であった。腰ほどのテーブルには油の入った皿に火が灯っており、それはあたりを優しく照らしている……。そのほか小部屋にはテーブルの方に窓が1つと一部分が妙に広がった破壊されたドア、作業道具、ほかには特にこれといって目新しいものはなかった。
起き上がろうと手をつくと、小さなベッドに寝かされているのに気づいた。重い身体をやっとの思いで体を起こし始めると、ケインが入ってきた。
「おお……! やっと眼を覚ましたか!」
心配そうに声をかけるケインの後ろを追うように、酷く床を軋ませ窮屈そうに身体を縮めながらグラセーヌが入ってきた。こともあろうにその身を狭めながら入ってきたグラセーヌの体型と破壊された入口とほぼぼ一致していた。
(こいつの仕業か……と、いうか体型が元に戻ってるじゃないか……)
「優也!! 全然目を覚まさないから心配したんだから……村に着いてから丸2日も寝てたのよ!」
「ちょっとまってくれ、そんなにも意識を失ってたのか……」
あの時、そう……グレート・ボアに向けて魔法を使って逃げきれたまでは覚えていたが、そのあと、気が抜けた拍子に眠るようにして意識を失ったんだっけか……。いろいろあったけど、こんな俺でも一応は魔法は使えていたんだな……。そういうば、あの後村の皆やハーゲンさんやあの森はどうなったのだろう…、そう思い訊いてみることにした。
「そういえば、俺が意識を失った後はみんなは一体どうやって……」
「それはもう大変だったんだから、なんとかみんなで村までたどり着いたは良いけど、優也は揺さぶっても叩いても起きないし、ついでに堆肥臭いわで、なんとかお風呂まで運んだところで、ケインが腹痛で暴れるようにのたうち回ったのよ」
「腹痛……?」
「そう、腹痛よ。ケインが最初に腹を押さえてうずくまった後だったかしら……。意識がなかった優也が突然光ったあとに起こったの。脂汗をかきながら必死に痛みを耐えていたのよ。そして、それからしばくして……、そうね一時間くらいした後にわたしにも激痛が走ったわ、それも今まで味わったことがないくらいの……。やたらと転げ回ったせいで、ちょっと建物が半壊しかけちゃってね……」
「それは、大変だったんだな……、もしかしてそこのドア……だったものもグラセーヌが?」
「あぁ……、それはお腹が邪魔で足下が見えなくって……、脚がもつれた際につい……」
うつむくグラセーヌにケインは慰めるように声をかけた。
「まぁまぁ、ともかくこうしてみんな無事で済んだんだし、壊れた物はまた直せばいいじゃねぇか。腹痛の原因は分からなかったけどな。はっはっは……」
ケインの乾いた笑いが響いた後、優也はベッドから立ち上がろうとすると同時にめまいを起こした。無理もない2日もの間寝たきりで食事など一切摂ってなかったのだから……。
「ほらほら、無理するなよ。まずは軽い食事を持ってきてやったんだ。とりあえずそれを食って、少し休め。それにほら、グラセーヌ様の分もあるからみんなで食べるぞ!」
そう言うなり、ケインと優也はテーブルに備えられた椅子に移り、グラセーヌは丸太に座った。さっきまでは破損した扉の陰で見えなかったが、場所を変えたことにより潰れた椅子が扉の陰から顔を覗かせている。優也は気づかないふりをしてグラセーヌに目をやると、またか……と言わんばかりに意気消沈した表情で配膳されるスープを眺めていた。
ケインは持ってきた大きめの鍋をテーブルの中央に置き、香草を僅かに振りかけかき混ぜる。そしてお玉でスープを掬うと、木のボウルに暖かいスープを入れ、テーブルに並べていった。香草と少し土臭い感じの乳白色で素っ気ないスープであった。
――いただきます……。
優也はボウルの手前から奥へとスプーンを入れると、それをゆっくりと口へと運び啜った。どろっと見た目と、細やかなざらっとした舌触りが優也の口に広がる。『ジャガイモのスープ』のようではあるのが……味などは殆どなく、塩味とかうまみと言ったものは殆ど感じられない、むしろ素材のそのままに近かった。
「うう……。く、食えなくは無いが……」
ケインとグラセーヌがスープを口へと運ぼうとしたその時、優也はケインとグラセーヌからスープを隠すように後ろを振り向くと、その身体が光った。
――うまみ調味料創造……
「あっ、ちょっと!! それは反則よ!! わたしにもよこしなさい!!!」
「くっ、汚いぞ優也!! 俺にもそれを!!」
「ちっ、バレたか……」
そう言って、別のボウルに手をかざすと、サラサラと音を立てその調味料が召喚されたのである。グラセーヌは我先にとテーブルに置かれた調味料を自分の元に引き寄せるとスープに入れ、ぐるぐるとかき混ぜ皿を口に当て貪るように口に入れた――が……
「うまァ! ――……くは無いわね……前より若干マシになった程度って感じかしら……。まぁ塩っ気が殆ど無いよりはマシっていう程度ね……」
がっかりした表情でスープを啜っていた。
「もぐ……ジャリジャリ……まぁ、所詮……ジャリ……うまみ調味料をジャリ……入れただけだしな……ジャリ……ジャリ……」
優也のボウルからはあふれんばかりの調味料が山盛りになっており、スープすらその存在を失ってしまっている。久しぶりの食事。久しぶりのうまみ調味料。彼の目には既にうまみ調味料しか目に入らなかった。とてもスープを食している音とは全く異なる異質な音を立てていた。グラセーヌはそんな優也の食事風景を見て若干退いているようであった。
「うわぁ……流石のわたしでも、調味料直食いとかしないわよ……もうあんた、それだけ在れば生きていけるんじゃないの? それよりわたしはもう少しマシな物が食べたいわ。こちとら毎食毎食味のしないスープと生野菜くらいしか摂ってないのよ……。最低でも塩とか香辛料があれば調味の格も上がって少しはマシなんだけど、食料庫は魔物に襲われて壊滅してるし、だからと言って街まで行けば塩や調味料は手に入るらしいけど、売れる物すら無いみたいだし、ここはどちらかというと内陸だし、馬車で行っても2~3日、こんなことなら落下するときに海沿いへと軌道を向けるべきだったわ……」
グラセーヌはぶつぶつと愚痴を言いながらもスープを啜っている。
一方ケインはというと、意外にも……いや、かなり満足そうであった。それもそのはず、村の倉庫と畑は魔物に荒らされ食事と言えば芋類をすりつぶし香草を加え、湯で煮ただけのスープだけだったのだから。
「うぅ……、うまい……。こんなにおいしいスープ……何時ぶりのことか……」
ケインは調味料を加えたスープを涙を流しながら食べている。
ケインによるとここ暫く、例のボアと近しい体格のモンスターが度々村の畑を荒らして行くのでほとほと困り果てていたのだそうだが、幾月か前に食料倉庫にも目を付けたらしく、夜な夜な人の目を盗んで奪っていくのだそうだ。
そんな訳でここ暫く前では村より少し離れた別の場所にも囮の田畑を作っていたのだが、その努力もむなしく大型ボアまで出る始末。村に自警団はあるが、武装して追い払おうにも武具はほとんど無し。一番近い街の冒険者ギルドに討伐依頼をしようにも、ここから馬車で数日はかかる上、即座には対応して貰えず、さらに辺境の村であるがため依頼額は高額であるという。
農作物を作り街に卸し、金品に代え、道具や調味料にすることでそのサイクルが成り立っているというこの村は、村の維持存続という点で食料の安定維持と生産は絶対であり、それを食すのにも調味料も必要不可欠という訳なのだ。この辺りで調味料となるようなものといえば香草を天日干し乾燥させ、粉末状にしたものを料理に混ぜるといった方法や、潰すと少し塩気のある野草を混ぜるなどしてなんとかしのいでいるという。狩猟をするのに罠を張っても、掛かった獲物の脚のみが残された状態で発見されるなど、その結果は散々なものとなっている。
グラセーヌはスープを飲み干すと、テーブルを叩き立ち上がった。
「ぶっ殺しに行くわよ……」
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