プロローグ3
酒神バッカスが、得意げにいい話とやらの説明を始める。
その話を要約すると、こうなる。
ここではない世界、すなわち異世界には魔王がいる。
そして、魔王軍の侵攻の影響でその世界がピンチらしい。
その世界では魔法があり、モンスターがいて。
異世界独自の食べ物や飲み物、特にお酒!があるらしい。
「その世界で死んだ人間は魔王軍に殺された人間が多いです。
だから、生まれ変わってもあんな死に方をするのは嫌だと怖がり、ほとんどの死んだ人間はその世界での生まれ変わりを拒否してしまうのです。
そうなると出生率が下がり世界が滅んでしまいます。
そこで私たち神は考えました。そして一つ結論にたどり着きました!
……それなら他の世界で亡くなった人間をこっちの世界に転生させてしまおう!!」
さすが神様。なんともスケールの大きな話。
「それでどうせ送るなら、若くして死んだ未練のある人なんかを記憶をそのままで送ってあげようという話になりました。
それも、送ってすぐ死んでしまうのでは意味がないから言語理解と身体能力向上。そして何か一つだけ。向こうの世界に好きなものを持っていける権利をあげています。
神器だったり、特殊能力や才能だったりと色々なものです。
……どうですか?あなたは異世界とはいえ人生をもう一度やり直せる。
異世界のお酒を味わえる。悪くない話でしょう?」
なるほど、確かに悪くない話に思える。
というよりも、むしろ面白そう!
テンションが上がってくる。
だが、その前に大事なことがある。
「えっと、聞きたいことがあるんですけど、異世界のお酒を飲めるということですが、現代のお酒は飲めないのですか?」
「その辺は問題ありません。あなたには特別に酒神バッカスの加護を与えます。この加護によってあなたは任意のお酒を造り出すことができます」
「……どんなお酒でも?」
「ビールでもワインでもウイスキーでも何でもです!」
なにそれ最高!
「そして精製したお酒を飲むとあなたのステータスが一時的に上昇します。いわゆる酒バフですね」
酒バフ!
酔っぱらった人間のみが得られるという特殊能力。そんなものまで得られるなんてさすが酒神バッカスの加護!
「酒バフを有効に活用するためにあなたは身体能力向上にプラスして肉体を向こうの成人年齢十六歳に固定します」
「つまり、向こうの世界では年齢を気にすることなくお酒が飲めるということですね!」
正直、お酒以外はどうでもいいが肉体年齢の固定はそこそこうれしい。
「ですが、この加護を与えると他の特殊能力や武器を与えることが出来ません」
「全く問題ございません!ぜひそれでお願いします!!」
「あなたならそう言うと思いました。私の眼に狂いはありませんでしたね。それでは契約成立です」
バッカス様は柔らかい笑みを浮かべた。
「それでは、この魔方陣の中央から出ないようにお願いします」
私の足元に青く光る魔法陣が現れた。
「大江山伊吹さん。あなたをこれから異世界へと送ります。魔王討伐のための勇者候補の一人として。
魔王を倒した暁には神々から贈り物を授けましょう」
「……贈り物?」
オウム返しに尋ねる私に。
バッカス様は穏やかに微笑んだ。
「そうです。世界を救った偉業に見合った英雄への贈り物。……どんな願いでも一つだけ叶えて差し上げましょう!」
それはつまり、現代日本に帰りたいという願いもありなのだろうか?
だがしかし、私の願いはすでに決まっている。
それは―――
「酒神バッカス様の造ったお酒が飲みたいです」
バッカスは横に立っている大きな瓢箪を撫でながら優しく微笑む。
「ええ、いいでしょう。魔王討伐の暁にはいくらでもごちそうさせてください。今から神酒を造りためておきますね」
酒神バッカスの神酒!
それはきっとこの世界のどのお酒でも敵わない極上の美酒であるはず。
そのお酒のためなら私はいくらでも頑張れる。
「さあ、勇者よ!願わくば、数多の勇者候補たちの中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈っています。……さあ、旅立ちなさい!」
厳かに酒神バッカス様が告げる中。
私は明るい光に包まれた……!