酒場
火も起こせない為、食事をどうしようかと考えていた文崇。
「腹減ってきたな」
そう呟くとナビが反応する。
『近くに酒場兼宿泊所があります』
「酒場・・・飯を食わせて貰えるか・・・」
幸いにも魔女から料金と詫びとして貰った金があった。
この世界の貨幣価値は分からないが、金貨と銀貨と銅貨とあるみたいなので、飯ぐらいは食えるだろうと思えた。
「早速、そこに向かおう」
文崇は手書きの地図のようなナビに従って、酒場へと向かった。
酒場は夕刻に近付いているせいか、多くの人で賑わっていた。
だが、酒場と言っても酒をたらふく飲む者は少ない。
大抵は食事が主な目的だからだ。酒は衛生状態が悪い場所では安全な飲み物という感じで左程、酔わない程度に飲むのが普通であった。
単身者などは料理をする時間が無いので、こうした酒場で食事を済ませるのが普通なのだろう。
文崇は少し緊張しながら、酒場に入る。
見慣れない風体の男が入ってきて、酒場の雰囲気が淀む。
こうした村ではよそ者は注目される。
そんな視線を感じつつも文崇は空いている席に座る。
店の女主人がやって来た。
「お客さん、何にします?」
何にしますも何も、メニューが無ければ何も決められない文崇。
「メニューはあります?」
「ああぁ。今日はウサギのシチューがおススメだよ」
「じゃあ・・・それとパンで」
「はいよ。3ギルドだよ」
「3ギルド?」
「あぁ、お客さんは異世界から連れて来られた人だったね。銅貨3枚だよ」
「あぁ・・・これね。因みにお金の価値が分からないけど、金貨や銀貨はどんな感じなの?」
「そうだね。金貨はミルスって言って、銀貨100枚で1枚。銀貨はサトスで銅貨100枚で1枚って感じだね。飯はだいたい銅貨3枚から5枚くらいで食べられるよ」
出て来たのは旨そうなスープと少し堅そうなパンであった。
文崇はそれらをがっつくように食べた。
腹を満たした文崇は水を飲みながら、周囲の様子を伺う。
すると飲んでいた一人の若者が文崇に声を掛けた。
「あんた、こっちの世界の事はまったく知らないんだろ?」
「あぁ、教えて貰えると助かります」
「まずはこの国を教えてやるよ。ここはサフィード王国。5百年前に勇者サフィードが魔王から奪い取った土地なのさ」
「魔王?」
「魔王。まぁ、あくまでも人間側からの呼び名だけどな。悪魔を統べる王様らしい。古には人間は悪魔に魂を提供する存在だったとか」
「なに・・・その設定」
「設定・・・あんたの世界には悪魔は居ないのか?」
「居ない」
「良い世界だな。俺らが使う魔法も元は悪魔の力だったらしい。まぁ、悪魔に対抗するには悪魔の力ってわけだ。それが今は一般的に使えるようになったわけだが」
「なるほど・・・それで悪魔は人の魂を食らうの?」
「そうだ。悪魔に魂を食われると廃人になっちまう。大抵は力尽きて、そのまま、死んでしまう。悪魔が放った魔獣は人間を狩るため。人間を殺して恐怖させるのが目的だって言われているね」
「悪魔も魔獣も恐ろしいですね」
「この世界じゃ当たり前だけどね。だから、魔王討伐の為に勇者が幾度も送り込まれているんだ」
「へぇ・・・それで討伐は?」
「さすがに魔王討伐までは無理だけど、こうして、人間の生活版図を広げて来たわけ」
「常に悪魔や魔獣と戦っているわけですね」
「そうなるね。だから、人間同士の争いは殆ど、起きない。起きれば、その隙を突いて、魔王が領土を取り返しに動き出すかもしれないからね」
「なるほど・・・勉強になります」
「それで・・・あんた、この村で何をするつもりだ?」
「何とは?」
「仕事だよ。どうせ無一文に近いんだろ?」
「はぁ・・・タクシーぐらいしかありませんからね」
「タクシー?」
「はい。人を乗せて、運ぶ車です」
「馬車か・・・それは仕事になるな」
「そうですか?魔法で移動とか出来るんじゃ?」
「ははは。そんな空を飛んだり、遠くに移動する魔法は魔女や高位の魔導士ぐらいしか使えないよ」
「そうなんですね。だったら、仕事になりそうですね」
「そうだな。そのタクシーってのがあんたの仕事なんだな?」
「はい。これだけは長年、やってきましたから自信はあります」
「この村は小さいから離れた場所の町とかに行く用事は多いと思うから、それなりに仕事になるぜ」
「はい。ありがとうございます」
この時、文崇はタクシーで稼げると思って、安堵した。