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目的地は異世界でした。

 名古屋の歓楽街。

 タクシー運転手の渡邊文崇はいつも通りに流していた。

 街角で手を上げる女性。

 見た限り、かなり泥酔している感じだ。

 吐いたり、眠ったりされると面倒なので、あまり乗せたくない客だ。

 だが、乗車拒否をするわけにもいかず、彼女の目の前で車を停める。

 ジャパンタクシーのスライドドアを開くと、車内に酒臭さが漂う。

 かなり吞んでいるなと守は思ったが、仕方がないと思い、「どうぞ」と声を掛ける。

 フラフラな感じの女性は、座席に倒れ込むように乗り込む。

 「どちらまでですか?」

 文崇の問い掛けに女は陽気に答える。

 「あぁ、真っすぐ!」

 「はい。真っすぐですね」

 泥酔した客の真っすぐは正直、嫌いであった。どこまでまっすぐなのか解らないからだ。

 交差点の度に客に確認しつつ、車は右、左と走り、やがて、郊外の住宅街にやって来た。

 無事に目的地に着きそうだと守は安堵する。

 「そのまま、真っすぐ」

 女に言われるまま、車を進めると、いつの間にやら山の中の小道に入っていた。

 名古屋の郊外と言っても、左程、中心街から離れた場所じゃないのにこんな道があるなんてと文崇は思ったが、それでも道は続いているので鬱蒼とした森の中の小道を慎重に進んだ。

 やがて、森の中に一軒の家があった。古びた洋館と言った感じの屋敷である。

 「お客さん、こちらですか?」

 そう尋ねると、後部座席で客はぐっすりと眠っていた。

 女性客の身体に触れる事は内規で禁止されているので、文崇は何度か声を掛けた後、諦めて、エアコンの冷房を最大にしたり、スマホの着信音を聞かせたりした。それでも泥酔した客はぐっすりと眠っている。

 「これは・・・ダメか」

 文崇は諦めて朝まで待つしかないかと冷えた車内から出て、外で待った。

 待っている間、鬱蒼とした森を眺める。

 「名古屋にこんな森があったんだなぁ」

 今まで見たことのない景色。夜なので全景が見えないが、かなり深い森だと感じた。

 「うぅううん」

 呻き声が聞こえて、客が起きたと感じた文崇はスライドドアを開く。

 「お客さん。着きましたよ。運賃は6040円です」

 「ありがとうぉ」

 客は気前よく1万円を守に渡した。

 「あっ・・・お釣りですね」

 文崇はお釣りを取りに運転席に戻ろうとしたが、女はフラフラと家へと入って行った。

 チップかなと守は思い、財布に1万円を入れた。

 そして、運転席に乗り込み、帰ろうと思った。

 だが、ナビには何も表示がされていない。

 「ここはどこだ?」

 仕方が無しに来た道を戻ってみるが、いつまでも森が続く。

 これほど、森を走ったわけがないと不安になった文崇は再び、元の場所へと戻った。

 スマホも繋がらない。一体、ここはどこなのか?名古屋市の郊外だと思っていたが、どうにも違っていた。訳が分からないと文崇は不安だけを感じていた。

 降ろした客の家の前で朝が来るのを待った。

 朝日が昇り、鬱蒼とした森の中にも光が入り込む。

 不安ながら、眠るしかなかった文崇も目を覚ます。

 「やっぱり・・・スマホも繋がらないか」

 スマホの電波は圏外であった。カーナビもどこだか不明。

 仕方が無しに文崇は意を決して、降ろした客の家の扉を叩いた。

 何度か叩く内に中から女の声が聞こえた。

 「五月蠅いな。朝っぱらから」

 昨日、降ろした女が玄関の扉を開く。

 「あの・・・すいません」

 文崇の姿を見た女は一瞬、何事かと考えたような間抜けな表情をする。そして驚く。

 「あんた・・・昨日のタクシー運転手じゃない!なんでここに居るの?」

 「いや、お客様がここまで案内したんじゃないですか」

 「ここまで・・・・あぁ・・・しまった。門の前で降りるつもりが、忘れてたわ」

 「門ですか?」

 文崇は何のことかよくわからなかった。

 「そうよ。異世界に繋がる門。一日しか開けられないのよ」

 「異世界・・・はぁ・・・」

 文崇は女の焦りに驚きながら事態の把握に頭が回らなかった。

 「まずい・・・もう、門が閉じちゃってるわ」

 女は諦めた感じに文崇に告げる。

 「それは・・・どういう事ですか?」

 「その・・・あなたを元の世界に戻せないって事」

 「元の世界って・・・名古屋に帰れないって事ですか?」

 「そうなるわね」

 「えっ・・・えっ・・・・えぇええええええ!」

 文崇は頬を両手で押さえて、絶望的な悲鳴を上げる。

 「すまなかったわ。なるべく早く門を開くようにはするから」

 「そ、それはどれぐらいですか?」

 「まぁ、普通は10年程、掛かるけど・・・色々と我慢して・・・9年ぐらい?」

 「9年!?いや・・・それはほとんど帰れないのと同義じゃ」

 「10年なんて、あっと言う間よ」

 「いやいや長いって」

 「何を言ってるの。私なんて、600年ぐらい生きているから」

 「はっ?」

 文崇は目の前の妙齢な美女を改めて眺める。

 どう見ても年の頃なら20歳前後ぐらいだ。

 「600年とは?」

 「まぁ、私は魔女だからね。魔力で老化を抑えているのよ」

 美女はお茶目な感じに笑う。

 「ここは一体・・・」

 文崇は驚きながら尋ねる。

 「ここは魔法のある世界。サリヴァーン王国よ」

 「サリヴァーン・・・魔法・・・えっ?」

 「まぁ・・・突然の事だから理解が難しいわよね」

 魔女は文崇を屋敷に招き入れる。

 四人掛けの食卓があり、文崇はそこの座席に腰掛けた。

 魔女はハーブティーを淹れて、食卓に持って来た。

 「いやぁ・・・悪かったわね。私の名前は南の山の魔女ドロレス」

 「ドロレスさん・・・どうして、こんな事に・・・」

 「私、あんたの世界の酒や食べ物が好きでね。魔力を貯めて、異世界の門を開いては遊びに行ってるのよ。この魔法は私が開発して、私しか使えないんだけどね」

 「はぁ・・・・」

 「それで、久しぶりに遊びに行ったら、ちょっと・・・・飲み過ぎちゃってね。本当ならタクシーで門の前で来て、降りるところを間違えて、家まで来て貰っちゃったわけ」

 「迷惑な話ですね」

 「ごめんねぇ・・・まぁ、そんなわけだから、10年ぐらい待って頂戴。また、門を開くから」

 「いや・・・とは言われても・・・こっちの世界でどうやって生活をしろと?」

 文崇はまったく未知の世界で放り出される事に恐怖を感じた。

 「そうね。まずは言葉と文字の問題ね。この薬を飲めば、解決するわ」

 ドロレスは怪しげな小瓶を文崇に差し出す。

 「なんか・・・緑色ですけど」

 「どんな言葉も文字も理解が出来る薬よ。飲めば、亜人の言葉だろうと竜とだって会話が出来るわ」

 「はぁ・・・言葉が解るのは助かりますが・・・それで生活が可能になるわけじゃ」

 「解ってるわよ。あんた、タクシー運転手でしょ?タクシーが使えたら大丈夫じゃない?」

 「タクシーが使えるって・・・この世界にガススタはあるんですか?」

 「ないわ。だけど、あんたのタクシーに魔法を掛けてあげるわ。そうすれば、あのタクシーは自由自在に使えるようになるわ」

 「自由自在・・・ガスが減らないって事ですか?」

 「そうね。精霊を宿らせるから、ガスの代わりに魔力を食わせてやるのよ。魔力があれば、多少、壊れても自然治癒する事も出来るから、永遠に走り続けられるわよ」

 「それは便利な・・・でも、タクシーってこの世界で需要があるんですか?」

 「それは頑張ってよ。この世界には無い仕事だから」

 ドロレスはそう言うと、外へと向かう。文崇も後をついていくと、彼女は文崇のタクシーの周囲に枝で魔法陣を描き出す。

 「これから精霊を呼び出すわ。そして、このタクシーに宿す。我が力を見なさい」

 魔法陣を描き終えたドロレスは呪文を詠唱する。それに合わせて、魔法陣が明滅を始める。

 そして、眩い光がタクシーを包み込んだ。

 文崇が眩しさのあまり、目を閉じているとドロレスの呼び掛ける声が聞こえる。

 「ほらほら、あんたのタクシーに妖精が宿ったわよ」

 文崇はタクシーを眺めた。特に変わった様子は無い。

 しかし、突如として、行灯が輝く。

 「言葉を喋る器官が無いから行灯で意思表示をしているみたいね」

 ドロレスが言うように行灯は明滅を始めた。

 文崇は少し、不気味だなと思いながら、ドロレスに言われるがままに運転席に乗り込む。

 するとカーナビにメッセージが表示される。

 「はじめまして。精霊のルルブです」

 どうやら、このタクシーに宿った精霊の挨拶のようだ。

 「あっ・・・はじめまして・・・渡邊文崇です」

 「文崇さんですね。これからよろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 タクシーと挨拶を交わすとは思って無かった文崇は少し呆然とする。

 「これでタクシーは使いたい放題だから。私も用事があったら、使わせて貰うから」

 そう言って、ドロレスは家に戻って行った。

 「これから・・・どうなるんだ。俺」

 文崇は不安しか無い状態で考え込んだ。

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