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リスペクタール

作者: 柴野弘志

閏年(うるうどし)となる今年も、またあの商品が帰ってくるようです。販売日を一週間後に控えた本日二月二十二日十時から、予約の受付が始まる模様です。こちらには三人の方にお越しいただいて、スマホを片手に予約開始を今か今かと待っています」

 女性レポーターがやや興奮するような調子で告げると、モニターの画面は商品説明へと切り替わった。


「その商品とは——『リスペクタール』。X製薬独自の技術で開発された人間関係補正薬です。二つの錠剤をお互い飲み合うことで、二人の関係が改善されるという特効薬。販売は閏年(うるうどし)の二月二十九日のみに限定され、多くの人が購入を求めています。果たしてその効果とは——」

 画面は再び女性レポーターの元へと戻った。購入した三人の顔にはモザイクがかけられ、声を変えられている。


 女性レポーターは中年と見られる女性にインタビューを始めた。

「こんにちは。『リスペクタール』をご購入されたことはありますか?」

「はい。八年前から購入して、今回買えれば三回目です」

「そうですか。どなたと服用されましたか?」

「私は、主人です」

「なるほど。効果の方はいかがだったでしょう?」

「うそみたいに良くなりました。もうこれがないと不安で」

「そうでしたか。今回も購入できるといいですね。さてこちらの男性に伺ってみましょう」

 女性レポーターは青年と思われる男性へと向かった。

「こんにちは。『リスペクタール』をご購入されたことは?」

「僕は前回、初めて購入しました」

「そうですか。どなたと服用されましたか?」

「直属の上司です。折り合いが良くなかったので、なんとかお願いして飲んでもらいました」

「そうでしたか。効果の方はいかがでしたか?」

「いや、買ってよかったですよ。それまでは本当にストレスで会社を辞めようか悩んでたんですけど、この薬のおかげで辞めなくてもよくなりました」

「それは良かったですね。ちなみに『リスペクタール』は一錠で三ヶ月ほどの効果らしいですが、効き目が切れるのは分かりますか?」

「ええ、なんとなく態度や言葉に表れるのが分かります。切れたらすぐ飲むのを勧めます」

「服用するのを嫌がったりはしませんか?」

「はじめはすごく抵抗されました。でも、徐々に効果を実感できるようになってからは定期的に飲むようになりましたね。仕事のためならと、どっかで割り切ったようです」

「そうでしたか。また購入できるといいですね。さて今度はこちらの男性に訊いてみましょう」

 今度はまだ年若そうな男性へと移った。

「こんにちは。『リスペクタール』をご購入されたことはありますか?」

「僕はまだないです」

「そうですか。どなたと服用されるおつもりですか?」

「彼女と」

「なるほど、恋人ですか。ご結婚のご予定とか?」

「まぁ、そうですね。できればいいなと思ってます」

「そうですか。購入できることを全力でお祈りします」

 インタビューを終えると、女性レポーターは再びカメラに向いた。

「このように幅広い年代から、様々な人間関係にまで『リスペクタール』は必要とされているようです」

 その後、ネット予約に悪戦苦闘する様子を編集した画面が流され、三人は無事に購入の予約権を手に入れたようであった。


 画面はスタジオに切り替わり、MCがゲストを紹介した。

「はい。スタジオにはX製薬創業者のA氏にお越しいただいております。Aさんどうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 A氏は椅子の背もたれに体を預けるように深く腰掛け、軽く体を倒すようにしてお辞儀をした。

「この『リスペクタール』は、とてつもない人気を誇っていますが、なぜ二月二十九日の限定販売なのでしょう」

「この商品は暦のズレを補正する閏年(うるうどし)に着想を得たものでして。人間関係のズレも薬で補正することはできないものかと。開発にはかなりの時間を要しました。たくさんの需要があるのはありがたいことなのですが、なにせ製品化に限界がありまして。閏年(うるうどし)(なら)って四年に一度とさせていただいてるわけです」

「この薬で人間関係が改善される原理はどのようなものなんでしょうか」

「錠剤に特定のホルモンを促す成分が入ってて、それが身体から表出することによって共感性を高めるわけですね。それを軸にお互いの違いも認め合い、尊重し合うということです」

「なるほど。製品化するのは、大変困難だったのではないでしょうか」

「それはもう……血のにじむような毎日でした。ですが、こうして人様のお役に立ったのであればその苦労も報われたというものです」

 MCはA氏と席を並べる国際政治学者のゲストにコメントを求めた。

「これは画期的な発明品ですよ。これが個々人だけでなく、国内や世界に拡がれば世界平和も夢ではないですよね。国同士でお互い尊重し合えれば無用な戦争もなくなりますし、もっともっと拡大してほしい。政府はこの製造を奨励すべきですよ」

 国際政治学者は熱っぽくコメントを発した。

 A氏は背もたれから体を起こして、それに応えた。

「ありがとうございます。現在もなお、効能期間を伸ばしたり、量産できる生産システムを改良し続けております。世界平和のためとあらば、私どもの技術を世界的に共有することも(いと)いません。その時は私が自ら『リスペクタール』を服用して、各社と交渉することになるでしょう」

「本当にそんな日が来ることを願ってやまないです。本日はありがとうございました」

 MCが番組を〆(しめ)ると、ディレクターの「はいっ」と言う声がスタジオに響き渡った。


 A氏は席を立ってキャストやスタッフに挨拶をしながら立ち去ると、中年男の秘書がぴったりと脇に付いた。

「お疲れ様です。会長、あんなことを言って。本当に知的財産を共有するおつもりですか?」

「そんなことするわけないじゃないか。これはウチの独占市場だ。『リスペクタール』なんぞ飲むわけがなかろう」

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