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<Prologue>異世界転移で高嶺の花を仕事にする

 青紫色に染まりだした夜空の下、宮殿のホールでは舞踏会が催されていた。シャンデリアの輝きの下、楽団の奏でる美しい音楽と贅を尽くした食事の数々――。

 招待された貴族たちは、豪華に着飾って舞踏会を楽しんでいた。グラスを片手に歓談をする人々が今宵の主賓を待ちわびる。

「今宵の舞踏会はひときわ豪華ですな」

「それはそうですよ。今日の主賓は聖女様ですから」

「とても美しい方だそうで」

「パーティーの始まりから登場するかと思いましたが、いつまで待たせるのでしょうね」

「なんでも他の世界からの召喚だそうですよ」

「どのような聖女か見物ですな」

 歓談している紳士たちは、舞踏会が始まっているのに登場しない聖女にしびれを切らしていた。

 今宵の主催は王家。招待状には聖女のお披露目の舞踏会と記されていた。

 聖女とは、世界の均衡と平和の象徴であり、聖なる力を宿した女性のことを指している。その力は稀であり、国ごとに聖女の在り方はさまざまだが、その聖なる力とその存在がどれ程かでも政治的な意味合いも変わっていく。つまり王族よりも貴重で重要なのである。

 聖女の在り方はいくつかパターンがあるとされる。生まれながらその能力を宿していることもあれば、何かをきっかけに発現することもある。そして、場合によっては王家と教会が儀式を執り行って他の世界から召喚することもあるのだ。

 今日この場に来ている貴族たちの関心は、その聖女がどのような人物で、どういった経緯を持っているのかである。自分の派閥、あわよくば、一族に聖女を取り込めないかなど、政治的思惑も絡んでくるため、今夜のお披露目は権力バランスが揺らぐかもしれない大ごとなのだ。

 楽しげに歓談し、ダンスを踊っている最中でも、いつ聖女が登場するのかを探っている。だが、その聖女は未だ姿を見せる気配がなかった。

 そして今宵の主役である聖女は、2階の王族専用の観覧席の奥、控室のバルコニーから階下の様子をうかがっていた。美しい銀白色の髪を揺らして笑みを浮かべる。

「ほら、見てごらん。有象無象があれこれと腹の探り合いをしているよ」

「そんなことを言ったらダメよ、雪花。みんな雪花のことが見たくて来てるんだから」

 聖女の隣には黒髪の幼女が一緒に階下をのぞきながらたしなめた。雪花と呼ばれた聖女は、にやりと笑って幼女を見る。

「花天月地だってそう思ってるくせに。我は知っているよ。君は我よりも辛らつだ」

「腹の探り合いは仕方ないことよ。だってあんなのでも一応貴族なのだから。それよりも有象無象の中に雪花を送り込むのは気が引けるわ」

 花天月地と呼ばれた幼女は、不満げに雪花の方を見て言った。雪花は花天月地のふっくらとした頬を指でつついて微笑む。

「我は人間のそういう浅はかなところは嫌いじゃないよ。それに花天月地を守れるなら、聖女なんて奇天烈な役割だってこなしてみせるさ」

「雪花、私も雪花を守るわ」

「ふふ、可愛い花天月地。この世界で我の唯一の同族であり、友であり、妹」

「恋人は入れてくれないのね」

 花天月地が不服そうに言うと、雪花は笑みを零した。すると、2人の背後から男の声が割って入る。

「その恋人枠に私も入れてもらえないのかな」

 青みのある輝きを持つ黒髪の男だった。その男を見た花天月地がスンと冷めた目を向ける。

「エリアースに雪花はもったいないの」

「ひどいなあ。これでも一応聖女様の婚約者候補なんだけどなあ」

 そう言って雪花の手を取り、手の甲に唇を落とす。

「聖女様、そろそろ階下へ下りようかと思いますが、お付き合いを願えますか」

「うむ。もう少し人間の腹芸を見て楽しもうと思ったが仕方ない。仕事をしよう」

 エリアースと雪花が控室を出てしばらくして、花天月地の耳に盛大なファンファーレの音が聞こえてきた。



 聖女が登場してから、ホールの中はみな聖女の話題で持ちきりとなった。ファンファーレが鳴り、王族とともに現れたのは白銀色の髪をした美しい女性だった。

 白い肌に白銀色の髪、そしてこの国では珍しい今夜の満月を思わせる金色の瞳と淡い色素を集めたようなその容姿は、それだけでも人目を惹く。そして、どこかあどけなく儚げな少女の面影を残しながら聡明な美しさを持つ顔立ちと相まって妖精のような浮き世離れした雰囲気をまとっていた。

「おお、なんと美しい」

「なんと儚げな美しさ……」

 ホールのあちこちでささやくように漏れ聞こえる聖女の容姿を称賛する声。男女を問わず見とれる美しさに貴族たちは目が離せなくなる。

 聖女の紹介が終わり、聖女雪花はエリアース王太子のエスコートでホールの中へ進み出ると、楽団の演奏が始まった。再び華やかな演奏とともにダンスや雑談が興じられるが、みんなの視線は聖女に釘付けであった。 聖女は女性にしてはいささか長身であったが、細い体の線がそれをマイナスに感じさせなかった。

 金糸銀糸の刺繍が施されたパール色の絹のドレスとローブが、聖女にふさわしい気品を漂わせる。浮き世離れした雪花の美しさと相まって気軽には近寄り難い雰囲気をかもしていた。

 遠巻きから見ていた紳士たちがため息混じりにその様子を眺めながら呟いている。

「なんとも気品に満ちあふれているのか」

「気高く美しい一輪の――ああ、なんてことだ。あの方を形容できる花が見つからない」

「触れてはいけない神秘の花――現存する花で形容などできようものか」

「強いて言うなら、神の庭に咲く花。我らが手折ることなど許されない神秘の花」

「やはり聖女様の隣にはエリアース王太子が一番お似合いということですな」

「なんとも羨ましいと、俗物は思ってしまいますがね、ハハハハハ」

 最後は冗談めかして笑う紳士たちだったが、それでも横目でもの欲しそうに聖女の姿を眺めた。

 エスコートするエリアースもまた聖女に劣らず長身のため、人々の中に立っても2人の存在は際立った。

 王太子エリアース・レクセル・リンダールは、青みの帯びた黒髪に夜空か深い海を思わせる青色の瞳を持つ美しい青年であった。長い睫が優しげな瞳に影を作り、切れ長な目に色香を漂わせる。

 長身の聖女よりやや高い背丈の王太子は、隣に立っても見劣りしない。端正で優しげな顔立ちと気品溢れる立ち居振る舞いは男女を問わず惹きつける。

 そんな王太子と聖女が並び立てば、一対の芸術品のような神々しさを醸し出していた。

 エリアースがまとっている正装は、ロイヤル・ブルーを基調としていた。それは深みのある青で王族のみが使用することを許された色である。そしてその上に羽織るマントには、王家の家紋であるフェニックスをかたどった刺繍が施されていた。その姿はまさに王族の威厳と優美さを備えた圧倒的な存在感である。

 次期国王となる男がエスコートしている女性にちょっかいを出せる者などこの場にはいなかった。しかし、それでも聖女と関わりを持ちたいと願う者はいる。

 手順を踏んでエリアースに聖女とのダンスの許可をとろうとした若者たちは、優美な笑顔の下で凍てつく視線を向けたエリアースにことごとく玉砕していった。

 聖女もエリアースの隣から片時も離れず、形式的な挨拶以外はほとんど会話をしている様子がない。だが、そうであればあるほど聖女のことが気になり、想像し魅了され、目が離せなくなる。

 そして、それは聖女だけでなく王太子にも向けられていた。2人を遠巻きに眺めている女性たちからは、溜息とともにうっとりとした声を聞こえてくる。

「今日のエリアース殿下は、とても凜々しくてステキですわね」

「ええ、王太子となられてからは輝きを増したようですわ」

「それに聖女様」

「ええ、ええ。なんて美しいのでしょう」

「何でも今世の聖女様は2人いらして、もう1人は年端もいかない少女だそうですわよ」

「あら、その聖女様はいらっしゃらないのかしら」

「極度の人見知りらしくて、大勢の人前には出たがらなかったそうです。まあ、そういう年頃なのでしょうね」

「それにしてもなぜ2人も召喚されたのかしら。聖女が2人必要なほど瘴気があふれているのかしら。怖いわあ」

「でも、あの聖女様の浮き世離れした儚げな雰囲気。まるで妖精のようじゃありません?」

「そうですわね。先代の聖女様も妖精のような方だと聞いていますわ。聖女様はみんなそういう方なのでしょうね」

「それにしても美男美女で、美しい絵画でも見ている心持ちですわ」

「本当にそうですわねえ」

「やはりあのお2人は結婚なさるのかしら」

「慣例ならそうなりますわねえ。うちの娘が嘆いていましたわ」

「やはりそうなのねえ」

 女性たちの会話を、別の女性たちのグループが耳にして、それを受け継ぐように2人の話で盛り上がっていく。

 そして、男性陣は男性陣で、聖女が王太子から離れないかと今かいまかと視線を送っている。話をしたい、ダンスを踊りたい、あわよくばお近づきになりたい。そうした欲望が2人に向けられていた。

 途切れないあいさつに聖女が小さく溜息をついた。それはほんの小さな吐息といってもいいくらいのものであったが、エリアースはすぐに気づいた。

「失礼」

 次の挨拶にと待ちかまえていた貴族に微笑んだエリアースが、流れるような動作で聖女を連れてその場から離れた。その隙の無い動作に、次に声をかけようとエリアースと聖女の周囲で身構えていた貴族たちが落胆する。

 高位の貴族からあいさつをするのが貴族のマナーであることから、この周囲に群がっている者たちは低位の貴族なのだろう。順番を待っていては時間が無くなって話す機会がなくなると踏んで取り巻いていたのだ。

 ――きっと親に必ず挨拶して顔を覚えてもらえとでも言われているのだろうな。

 そうと分かっていてエリアースは、聖女の機微に反応して移動したのだ。このまま挨拶を続けては、こういう場にまだ慣れていない聖女が疲れたと隙を突いてふらりとどこかに行ってしまい兼ねない。そうなったら聖女に近づこうとしている貴族たちの格好の餌食となってしまうだろう。

 今日のエリアースは、王太子として聖女を完璧にエスコートして、この舞踏会を乗り切ることが最大の使命であった。

 エリアースと聖女がその場を後にすると、すぐに残った男性陣が聖女の話を興奮気味に始める。

「なんて可憐なんだろうか」

「聖女様は、ほとんど話をされなかったな」

「ああ、とても大人しそうな方だった」

「まるで月の女神が舞い降りたような儚さだったなあ。はあ、僕は彼女に恋をしてしまったよ」

「おい、下手なことを言うんじゃない。王太子殿下が聞いたら大変なことになるぞ」

「まったくだ。王太子殿下のガードが堅さを見ただろう。話しかけるどころか挨拶すらできなかった」

「はあ、それならそれで話せなくてもいいからもっと見ていたかったよ」

「確かに彼女はいつまでも見ていたいほどの美しさだったよな」

「はあ、聖女様……」

 夢見がちな表情になってその場にいた貴族の若者たちは溜息をついた。それはもう聖女に恋をしているような顔で――。

 今宵、聖女のお披露目とともにこの国に『高嶺の花』が誕生した。



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