想像力の楽しさ
私が転生して五歳の冬の日、誕生日に当たる日であるが、当然のように知的生命体が来る気配はない。
ライトノベルのように追放先で誰かに出会うとか少し考えたが、中世といえば街一つ違うだけで国が違うくらいの認識の差があるであろう時代だ。流石にそう簡単に人間には会えないようだ。
秋に種まきした小麦の様子を見ていた。幸いな事に今年も新芽が出ている。
私が追い出された時に持たされたのは幾つかある。小麦の品種は冬小麦だった。
栽培方法も知らない子どもに種籾を渡しても普通は餓死するだけである。
一応の外聞を気にしたのだと思われる。ほぼ無意味だが幸いだった。
一月分の食料と作物である。なお、中世において資産ともいえる家畜はない。
地球ではおおよそ品種改良されたものが春小麦であり、これは春に撒き秋に収穫する。
冬小麦は秋に撒き春から夏にかけて収穫する。
私は前世で家庭菜園をなんとなくやっていた。苺やカブ等を作っていた。
だが、隣に新しくできた弁当屋に仮設トイレとして土地を無断で使用されてしまった。
トイレになったのにはもう抗議するのも虚しくなり、それ以降は家庭菜園はやっていなかった。
しかし、異世界物のライトノベルを読み知識だけは身についていた。
簡単にやっているけど家庭菜園レベルでも難しいのだぞと偶にツッコむこともあった。
しかし、いざ異世界転生して通じて良かった。まだ二年であるが、生き延びていた。
不作になったら餓死する可能性はまだまだある。一人で食べていく分には備蓄できるようになっていた。
耕作してくれる家畜がいないので規模を拡大できないが一人で自給自足ならばという感じである。
そこは魔法があって良かった。初級魔法が使えるだけで飲水は一応は事欠かない。
儀式魔法で雨を降らせることも可能である。魔法様々だとしか言えない。
魔法が無ければ死ぬ覚悟で新天地を目指していた。
備蓄食料のある最大一ヶ月で用意出来るものを整え、村落の奴隷でも何でもやっただろう。
しかし、小屋に騎士の隠していた魔導書には攻撃魔法や防御魔法ばかりが記載されていた。
助かりはしたが生活に関わる魔法は研究と改良で何とか整えていた。
なお、降雨魔法は初級魔法ウォーターと中級以降の広範囲攻撃魔法を参考に改良したものだ。
降雨魔法は私のオリジナルかどうかは不明だが、似たような魔法はあると認識している。
魔法とは雨乞いの派生ともいえる。異世界でも認識は合っているものと思いたい。
……この仮定が違う場合、神が関与した後付けの世界である可能性が高い。
人間の営みの摂理に反している。どういう形であれ雨乞い魔法はあるはずだ。
魔法のある世界でおかしいが、魔法も何もない世界が前世らしいので他は普通にあると思われる。
それ以外には、私は状態異常系の魔法で野生化している動物を家畜化しようとした。
前世において動物の家畜化は数千年の歴史の積み重ね、叡智の結晶だ。
だが、肉の保管という意味で越冬させられるだけでも全然違うので試していた。
まだ二年だが、上手くはいかない。子ならば可能なのだが調整を誤ると死んでしまう。
成功した個体、動物の子にクローバーらしき植物を冬に食べさせている。
マメ科は窒素栄養分の補給になるので耕作地を休ませる目的で増やしていた。というか勝手に幾らでも生えてくる。
群れを招き寄せればその物量で普通に死ぬ。その為、ややはぐれた動物を狩っている。
そこかしこに野生動物ならばいた。誰かの所有物ではない凶暴さである。
一時的に麻痺状態にする魔法はあるのだが、長期間施す方法はないので研究を重ねている。
麻痺ではなく催眠もあるのだが、これは本当に少ししか効かない。
催眠魔法に関しては5秒の魔法を十分間延ばすことに成功した。
対人戦闘ならともかく耕作可能な家畜が欲しいので意味がない。
私の魔法研究は飽くまでも自給自足の為にやっているのだが、対人で使ったら非常に不味いような気がしてならない。
魔導書は明らかに秘中の秘というような文章で書かれている。初級魔法は雑に書かれているが、中級以降は暗号化されていた。
暇と実益も兼ねて読み解いたが、上に行けば行くほど高度である。状態異常は中位と上位である。
催眠魔法は絶対使うなと言わんばかりに上級の最後の方に記載されていた。一番解読が難しかった。
国などでは研究されていると思われるが、何分どの程度の重要度のある書物なのか判別し辛い。
私は周囲の見回りとして畑と耕作地を含んだ自宅周辺の防壁を確認した。
元々、囲い自体はあった。しかし、子どもである私が登れるような高さであり所々だった。
余りにも不安なので追加していた。誰か来た際には不便になるが、安全が第一である。
魔法による耕作が可能と判断できたのも大きい。無ければ早めに出ていった。
木を起点に囲いを作り土を放り込んだ壁である。恐ろしい肉体労働だった。
強化魔法が無ければ何年もかかっていたと思われる。五歳児の肉体では無理だ。
魔法の鍛錬と研究は強化魔法と状態異常、万が一の際の攻撃と防御の優先順位で行っている。
特殊な状態では優先順位は変化する。今は冬だが、まだ雪は積もらない。
積雪によっては障壁が無意味になる。脅威となりうる動物はおおよそ冬眠するが、まだ二年しか過ごしていない。偶々上手くいっただけだという前提で行動している。
目標の20歳まで生き延びるにはどれだけ対策しても何もかもが足りない。
人と関わるのなら話は別だが、未だに誰も通らない。どうにもこうにも辺境らしい。
開拓地などもなさそうである。だが、私がここへ来る前に防備に使われたと思われる巨大な石等の痕跡が幾つか見られる。
異世界で考古学の知識が役に立つかは不明だが、間違いなく昔はここに人か何かは住んでいた。
今はいないようだが、まだ残っている知的生命体がいて関わるとしたら友好的な関係を気づきたいものである。
二年目でようやくこの周りも整ってきた。少し離れたところには森が生い茂っている。一応は私に相続された土地なのだが、子どもの足では遠かった。
馬でもいれば話は別だったのだが、この時代の資産である家畜も渡されなかった私にこの時代の高級車のような存在の馬などは論外であった。
森に行くにはまだやることが多い。最低でも餓死しない備蓄は欲しい。そうなるとそれを保管や守る環境が必要だった。
そうやって色々計画を立てながら毎日を過ごしているが、少しずつ前進している。
無謀なような計画を実行する為に環境を整えることは、生きる楽しみにはなっていた。
昔話の森への空想はこうやって生まれたのかと思う。恐怖もあるが未知への好奇心がより想像を掻き立てるのだった。
騎士が存命中に知った話だが、エルフかオークかわからないがそういった人種もいるのは確かである。
殺されないように装備も作らないとなと更にやることリストに追加した。
紙は本であり、ないが前世と違い幾らでも暗記できるし、粘土板で書き記すことも可能である。
前世の日本語と現在の世界の文字を加え混ぜた文体で魔導書の暗号を用いて解読を困難な物にした。
『装備の開発』と粘土板に書き記した。これだけであるが、計画と現状を横に自分だけがわかるように図にしている。
死んでしまったとしても自分の書いた内容を読み解けるか後世への謎掛けになることを期待していた。
恐らく読み解ける時代には不要な技術の羅列である。
秘密は秘密のうちが楽しいのだと後世の人間にこの時代の想像力の楽しさをお裾分けした。
余計なお世話であるだろうが、読み解け無いうちが一番楽しいだろう。