無実の罪
バルゼの港町。
その波止場に僕はいた。
小さなボートに乗せられた僕は波に揺られながら、見下す視線を痛く感じている。
数人の目つきの悪い男たちが僕を見下している。
ロープにつながれたボートはそれがはずされれば間違いなく海流にのり、外海にでてしまう。
この時刻、夕暮れのことのき、海流は東へと流れている。
「貴様もいらぬことをしなければこのような目にはあわなかったのだ。分不相応のその身を恨むがいい」
男たちの中でももっとも身なりのいい男がいう。
この男はベルゼング・ライゼン子爵。
帝国屈指の名門ライゼン家につながる人物である。
そして僕に無実の罪をかぶせて、流島の刑に処した人物。
王都警護騎士団のひとりである僕は彼の不正を知り、告発したがあろうことか騎士団長はその報告をにぎりつぶし、逆にその不正をおかした罪を僕にかぶせた。
裁判もろくすっぽせずに僕は流刑の罪をおうことになった。
僕は絶対に忘れない。
この秀麗だが、目つきの悪い暗いベルゼングの顔を。
やがてベルゼングは振り上げた長剣をロープにむかって一気に振り下ろす。
ぶつりと鈍い音をたてて、ロープが切れる。
まるで待っていたかのようにボートは東へと流れ出す。
「さらばだ、アルリスとやら」
ベルゼングは僕の名前を高笑いとともに言う。
そのあいだにもボートは流れにのり、あっというまにバルゼの港町から離れていく。
ボートは海流にのり、東へと流れていく。
僕は胸元に隠したちいさな女神像を握りしめる。
この女神像は運命の女神レスフィーナの姿が掘られたものだ。
僕の家系は代々この運命の女神を信仰していた。
今では信じるものがほとんどいなくなった女神。
それが運命の女神レスフィーナだ。
運がよければ海流にのり、東のリズモニア王国へとボートはたどり着くはずだ。
僕は生き延びることをレスフィーナに祈る。
今は祈ることしかできない。
しかし、僕の祈りを嘲笑うかのようにボートの船底からボコボコと音をたて、海水が侵入してきた。
くそ、あいつらめ。
最初っから僕を殺すつもりだったのだ。
あらかじめボートに穴をあけておいて、時間がたてば外れるようにしておいたのだ。
まったくまわりくどいことを。
やつらは僕を生かすつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。
生き残る可能性など微塵もあたえるつもりはなかったのだ。
貧乏貴族であったがまがりなりにも帝国貴族である僕をあの短時間で死刑にはさすがにできなかった。
なので彼らはこのような手段をとり不正を知る僕を闇に葬ろうとしたのだ。
僕は悔しくて涙がでてきた。
正しいことをしたはずなのに。
やつらはのうのうと帝都で出世コースを歩むのだろう。何せ、名門の門閥貴族の出身なのだから。
それに反して僕はこんな誰もいない大海原で一人寂しく溺れ死のうとしている。
必死にあふれだす海水を手ですくい、外に投げるがまったくもってまにあわない。
あっというまに海水はボートにあふれ、沈んでいく。
僕はどうにか生きのびようと泳いだが、やがて力つきて海の底に沈んでいく。
アルリス。
アルリス、聞こえますか。
あなたはわたくしを信じるただ一人の信徒なのです。
ここで死なせるわけにはいきません。
あなたに加護をあたえましょう。
生き延びてわたくしをふたたび神として力をとりもどすてだすけをしてほしいのです。
耳に心地よい、女性の声がする。
その声を聞いた直後、僕は意識を失った。