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[短編]異世界転生系

転生した令嬢はあるがままを受け入れる

作者: 月森香苗

※一部下品すぎる表現があります。

※一人称視点になり、情景描写・台詞が極端に少ないです

※「あるがまま」という事をひたすら繰り返してしつこいと思いますが、この作品のテーマですのでご理解いただけると幸いです。

※世界観・設定等はふんわりしたものです。

 私に前世の記憶があると気付いたのは13歳くらいの事だった。特に何か大きなきっかけがあったわけではなく、少しずつ思考に滲み出てきたように思う。

 前世の私は特に何か大きなことをしたわけでもなければ、何か特出したような才能を持っているわけでもない普通の人間だった。暇があれば小説や漫画を読んで、友達と偶に遊んだりして、それでも積極的に人と関わろうとはしない埋没した人間。良くも悪くも、人から浮き出ることのない目立たない人間だった。

 劇的な何かで死んだわけでもなさそうで、死んだときの記憶が出てくることはなかった。かといってはっきりと前世の記憶が全部よみがえったわけでもない。ぼんやりと、そんな事もあったな、というだけのもの。

 だからだろう、今を生きる私という自我を覆い隠されることはなかった。あくまでも前世の記憶は記憶。私は今の人生でもどこにでもいるような普通の人間でありたいと思っている。

 高位貴族の中では一番多くいる伯爵家の中でも平均的な、豊かでもなければ貧しくもない、与えられている領地を無難に治めているマレッティ伯爵家の二番目に生まれた娘、それが私、カロリーナ=マレッティ。

 真っ直ぐではあるが柔らかな質の栗色の髪の毛に少し暗い緑色の目。平均的な身長。胸元だけは少々豊かではあるがドレスのデザインで誤魔化しているのでさほど目立つことはない。三人くらい似たような令嬢がいれば印象に残ることはなさそうな、ありふれた顔立ち。よく言えば化粧映えがするので、本気を出した侍女が化粧をしてくれたら別人になれる様な、悪く言えばそうでもしなければ可愛いと言ってもらえないような普通の顔。

 家自体はどこの派閥にも属していない中立を保っている。ほんの少しだけ特徴があるとすれば、建国時からずっとあり続けているという実に古い血筋くらいだろうか。それ以外に何の特色もない。

 領地はガラス工芸が盛んで、美しい工芸品はほんの少し自慢だ。ガラス製品は高級志向と平民向けに分かれていて、平民向けはほんの少し贅沢をすれば買えるくらいの価格にしている分、貴族相手には少数でありながら質の高いものを提供している。

 そのついでにガラス製品を色々と作っているけれども、私は何の意見も出していない。

 前世の記憶で読んだ小説の中に、転生したら内政チート、みたいなものが偶にみられていたけれども、あんなもの正直無理だ。だって、普通に生きてきた前世の私はそれらの過程を全部把握しているわけではない。ほんの少し、一部を何かで見知ったかもしれないけれども、ああいうものは全て分業で成り立っている。

 制度一つをとっても、誰から始まり誰を経由して最終的にどこに治まるのかを考えるのも大変だし、その資金はどこから。誰が協力してくれるのか。そもそもその制度を誰が求めるのかなど考える事は私には出来ない。

 技術を求める物ならばより一層無理だ。

 だから、私は何もしないし何も出来ないし、しようとも思わない。


 そういえば、転生したら悪役令嬢だった。とか、そういう作品もよく読んでいたような気がする。実際にあんなことがあったとして、過剰な断罪を求めているような人が多くて驚いていた前世の私。

 そもそも、今を生きているとよくわかるのだが、いじめの内容があまりにも低俗すぎる。バケツに水。前世の記憶があるから理解出来るけれども、少なくとも私の視界にバケツというものは存在しない。だから、私のような者でも見た事のないそれらをもっと高位の令嬢が知るはずもない。

 平民だと貶す。根本として、高位すぎる方たちは平民だろうが下級貴族だろうが、自分に関わりのない人たちは認識すらしていないと思う。部屋に使用人がいてもいない存在だというのだから、学園にいても存在していないも同じではないのか。だからわざわざご自分の手を汚す事はしない。

 何よりも、高位貴族の考えは個人ではなく家に向く。婚約者に近付く平民出身の庶子が邪魔だから本人を排除する、なんてことはしない。家に圧力をかけ、学園から追い出すほうが楽だからだ。わざわざ本人に手を下す必要すらない。

 一言、家令にでも伝えれば当主に伝わり、そこから対処されるだけの話だ。婚約は契約で、家に不利益があるならば当主が判断して速やかに処理される。

 ああいう作品で若いうちの火遊び、というのはあり得ない。なぜなら、契約は信頼だ。その信頼を裏切る行為は他の場面でも出る事があり得る。大きな金額が動くような契約をしている時ほど、小さな綻びを見逃すわけがない。

 婚約者が他の女性に気を掛ける程度ならば女性達も見逃すが、それ以上は契約に関わるのだから黙って手をこまねく事はない。

 私もそうだ。私だって、婚約者が他の女性に親切なのはさほど気にしない。そこに恋愛感情というものが垣間見えた瞬間、冷静に対処する。まさに今のように。


「お父様。サルディジア侯爵子息が男爵令嬢と懇意にしております。速やかに対処をお願いいたします」

「わかった」


 結婚して愛人を持つならば我慢するが、結婚前から愛人を持つような行為をするのは許されるはずがない。婚姻によって子供を為し、その子を後継にするのも契約に含まれているわけで、後継者争いを起こさない為にも私が産む子供が一番最初でなければならないのだから、子種の拡散は望むべきものではない。

 紳士である事と愚かである事は同じではない。困っている女性を助けるのは紳士として当然の行動であるが、欲を充たすための行為は契約違反だ。

 ありふれた平凡な我が家だけれども、その血筋は王家からこれからも保持するように命じられている。そしてこの血筋を王家の承認の下、どこに繋げるか決められている。王家が絡んでいる契約をうっかりなのかすっかりなのか分からないが忘れている婚約者に改善を求めるよりも、挿げ替え、もしくは婚約の提携先を変える事が早いと判断した私は父にその旨を伝え、父もまたそれに適した行動をする。

 サルディジア侯爵家は爵位では上だけれども、家としての歴史はまだ浅い。我が家のように敢えて爵位を上げずに埋没してるような旧家から嫁入りをさせてその血筋に古さを持たせるというのはありふれたやり方だ。

 王家が管理している数家の伯爵家の存在は公にされている。しかし、最近ではそれを忘れられている節もあるので、割と見下されている所はある。それに文句を言うつもりはない。少なくとも王家に保護されている以上、過剰な攻撃は何時か彼ら自身に返るのだと思えば我慢が出来る。

 父の執務室から出て扉を閉めると思い切り溜息を吐き出す。その後すぐに背筋を伸ばすと自室に戻ろうと歩き出し、あと少しというところで可愛らしい声に呼び止められた。


「お姉様、少しお時間を頂けませんか?」

「あら、マルガレーテ。どうしたの?」

「相談したいことがありますの」


 私よりも母に似た可愛らしい二つ年下の妹は手に何かを持った状態で困惑していた。15歳の彼女にも王家からの命令で婚約が決められていて、辺境伯家に数年後輿入れすることが決まっている。性格的には私の方が向いていそうなのだが、嫡男が私よりも二つ下で、マルガレーテと同じ年齢だった為に選ばれた縁。婚約が決まってから手紙のやり取りを定期的にしていたはずだ。

 私の部屋に戻り侍女にお茶を用意してもらうと部屋から出て行ってもらい、室内にはマルガレーテと私だけになる。姉妹であれば部屋に侍女を残す必要がないので内緒話をするには丁度いい。

 お茶を淹れるのが上手な侍女の準備した紅茶は香りが深く味も最大限に引き出されていて、彼女がこの家にいて本当によかったと思っている。

 さて、困惑した表情のマルガレーテは何度か口を開き閉ざしを繰り返した後、ずっと手に持っていたそれを差し出してきた。

 封筒である。封蝋がされていたそれはきちんと剥がされているので中身は確認済みという事。読んでいいのだろうかと封筒を受け取りながら視線を向けば、一度縦に頷いたマルガレーテは視線を太腿に置いた手に向けた。

 中から紙を取り出し読み始めてすぐに、私は紙を掴んでいた手に力を込めてしまう。くしゃりと皺の寄ったそれに慌てて力を抜くが、一度出来てしまった皺がなくなるはずもない。


「マルガレーテ、お父様には言っていないの?」

「……はい。まずお姉様に相談しようと思いまして」

「はぁ……お父様が倒れてしまいそうね……」

「え?」

「つい先ほど、私からお父様に婚約の見直しを申し出たばかりなの」


 妹あてに届いた手紙は彼女の婚約者からで、彼の縁戚の男爵家の令嬢と関係を持ってしまい、子が出来てしまったので婚約を解消したいという申し出だった。

 解消では済まされない案件である。妹が嫁ぐ事は決まっていた中で、子が出来るという事は相手の明らかな不貞。有責は相手にある。妹は私によく相談をして、季節ごとに贈り物をし、誕生日には相手を想った贈り物をしていた。

 辺境伯領は軍を有しているのでその為の勉強を怠らず、誰が聞いても努力しているという声以外聞こえるはずもないだろう。妹に過失がない、この手紙に相手の不貞がきちんと明言されている。それだけで婚約を『破棄』することは可能だ。

 しかしながら簡単な事ではない。何せ、『婚約破棄』は男性有責であっても女性に瑕疵があると言われてしまうのだ。女性には処女性が求められるのに男性は童貞である必要がない。女性の処女は確認できても男性の童貞は確認できない。男性が浮気をしても、女性に浮気をさせない魅力がない等、理不尽しかない判断をされるのだ。

 女性は男性に愛を尽くさなければならないと言いながら、男性は女性を愛する努力をしない。常に女性にばかり努力を求めるそんな社会が常識なのだからやっていられない。

 手紙を読み進め、私はある事に気付く。マルガレーテの婚約者の相手だ。

 マルガレーテは学園には進学せずに自宅で家庭教師を呼び勉強をしているので婚約者の不貞を今の今まで知らなかったらしいのだけれども、私は学園に通っており、そこに書かれていた妹の婚約者の相手をよく知っている。何せ、私の婚約者の不貞相手でもあるのだから。尤も、学園内で私が男爵令嬢と妹の婚約者の不貞を見かけなかったのでこの手紙を見るまで知らなかったし、知っていたら速やかに行動していたから、もう少し関心を持つべきだったと反省している。

 姉妹揃って一人の男爵令嬢に婚約者を奪われたという事になるのだ。多くの令嬢たちの噂によると、件の男爵令嬢は誰かの婚約者の男を奪う事が好きで、特に高位貴族の男性を好んでいるようだ。

 私の婚約者は侯爵家の子息、妹の婚約者は辺境伯の子息。他にも伯爵家の子息にも近寄っているのを見かけたし、公爵家の子息に声掛けをしているという噂があった。そしてあろうことか、王族に近寄ろうとしているというのを友人たちの会話の中で聞いていた。

 そろそろ始末される頃ではないかと思っていたのだが、妹への手紙が起爆剤になると私は判断した。


「マルガレーテ。貴女はこの婚約を継続したい? それとも解消したい? どのみち王家には話を通さなければならないわ。私たちの婚約は王家が関与しているもの」

「……はっきりと申し上げれば、解消を望みます。わたくしがこれを読んだ時に思ったのは、気持ちが悪い、でしたの。わたくしと同じ年齢の男性が、わたくし以外の女性と子を為す行為をした。それにとても嫌悪を感じました。事情があってこの申し出を取り消すと言われても、わたくしには信頼する気持ちも信用する気持ちもありません」

「よかったわ。では、マルガレーテ。お父様の所に行きます」

「はい、お姉様」


 これまで送られてきた手紙と同じ筆跡である事から、間違いなくマルガレーテの婚約者が自筆で書いたと分かる。それだけで十分だ。

 先ほど出てきたばかりの父の執務室を再度訪問すれば、父は怪訝そうな表情を浮かべていたが、マルガレーテから預かった手紙を読んでもらうと父の表情は無くなり、次第に怒りに満ちてきた。ただでさえ私の件で虚仮にされたと感じていたところに妹もなのだから、普段は温厚な父とて感情が乱れることだろう。父に似た兄は現在この部屋にいないが、もしもいたならそっくりな顔でそっくりな怒り方をしたのだろうなとどうでもいい事を考えてしまっていた。


「私の婚約者とマルガレーテの婚約者の不貞の相手は同じです、お父様」

「わかった。ヨーゼフ。今から手紙を書く。早馬にて王宮に届けるよう手配を頼む」

「畏まりました」


 父の言葉に家令のヨーゼフが頷くとすぐに部屋から出ていく。王宮に手紙を届けるにも準備が必要だ。私とマルガレーテは父の素早い動きに安堵する。これが互いの家同士の話ならば問題はあるけれども大事にする前に話を終わらせることが出来た。しかし、王家が絡む以上問題は勝手に大きくなってしまう。

 この婚約に関して、相手の家は口酸っぱく言い聞かせているはず。それでも男爵令嬢に惑わされたという事は、その男爵令嬢が上手だったのか、それとも。

 一つの可能性に思い至るが、私はそれを口にしない。口にすれば私は精神を病んだ人間として速やかに静養と称して領地に送られ幽閉されるから。

 この世界が前世によく見た作品のように何かしらのゲームの世界で、男爵令嬢がヒロインの立場で、そのヒロインもまた転生している可能性がもしかしたらあるかも、なんて。思っていても口にはしない。前世の記憶があるなど気が狂ってるとしか言えないし、この世界が何かしらのシナリオで成り立っているなんて、あり得ない。私はここで生きているし、人生は一回きりだし、リセットなんて出来ない。エンディングを迎えてもその先に未来は続いている。切り取られた部分だけをどうにか取り繕ってそれなりに見せても破綻する行為をするのは愚か者だが、もしかしたらやりかねない人間だって存在してもおかしくない。

 ただ私は、伯爵家の娘として、貴族に生まれた人間として、当たり前の事を当たり前のように行動するだけ。


 結果として、件の男爵令嬢は処分された。表向きは急病により静養することになったが看病の甲斐なく死亡。本当は、毒による処刑。

 王家が取りまとめた私と妹の婚約に対しての横やり、王位継承権を持つ王族への不敬行為。高位貴族男性と女性への不作法な態度。反省するどころか、気が狂ったとしか思えない言動を繰り返しており、危険であると判断された。

 私と妹に父は詳細を語らなかったが、私が予測していた通り男爵令嬢もまた前世の記憶があったのだろう。そしてここをゲームか何かの世界だと思っていたのだろう。

 この世界は彼女の為に作られているわけではない。何故ヒロインと思われる立場に生まれたと判断した人は、この世界は自分の為のものだと思うのか、分からない。

 自分が男性に愛されて当然という思考が理解出来ない。愛されたいのであれば相手を愛する努力が必要だ。無償の愛なんて存在しないのに。それを怠る様な人間は、特定の人間に好かれても周囲からは嫌われる。

 シナリオがあると思う思考も分からない。誰かの行動によって未来はいつでも変わる。何時どこの世界に生まれても、シナリオなんて存在しない。もしもシナリオというものが在るのならば、ヒロインと呼ばれる人たちは『定められた台詞しか言えない』はずだ。なのに自分勝手に行動している時点でシナリオなんて存在しないと気付くべきだった。

 なによりも、複数の男性と体の関係を持つ事が気持ち悪い。顔がいいからという理由で不特定多数の男性と関係を持つという思考回路は異常だ。節操がないし、性欲に狂っている。愛人業や娼婦のように仕事と割り切っているならまだしも、十代半ばの女性があらゆる男性の欲を受け入れている時点で唾棄すべきだし、男性たちも一人の女性を共有している状況に満足しているのが気持ち悪い。

 過去に体の関係を持つ女性がいるのは仕方ないにしても、同時進行は吐き気を催す。汚い言葉を使えば、肉便器に突っ込んだ性器を自分に入れてほしくはない。どんな病気を移されるか分からない。誰のか分からない精液を纏わせた性器を持ってきてほしくない。自分達が穴兄弟になったからと言って勝手に竿姉妹にして欲しくない。それが本音。

 だから私も妹も婚約の継続は出来ないし、したくない。男爵令嬢に惑わされた男性はそれなりにいて、そのすべての婚約は解消された。我が家から二人の婚約解消が出たため、男爵令嬢に関与した婚約も王家が関与した結果、全ての原因は男性側にあると断定された。その後の彼らの処分は家に任されるものであるが、真っ当に判断してもらいたい。

 なお、男爵令嬢は妊娠などしていない。単純に妹の婚約者を引き留める為の虚言であるが、体の関係があったのは事実だし、私の婚約者も当然ながら体の関係があった。

 幸いにして、王族の男性達は彼女から接触があった時点で護衛などが厳重に警戒し、婚約者と共に自宅学習に切り替えたりしていた。当たり前の対応だし、私たちの婚約者も本来こうあって欲しかったものだ。

 妹の婚約者からの手紙が明確な王家への不敬行為を証明していたので速やかな対応が出来たと思う。あれが無ければ一つ一つ証拠を確保して、それを提示して行かなければならなかった。


 私と妹には再度婚約者が宛がわれた。

 私には公爵家の子息と、妹には別の辺境伯家の子息と。妹の場合は学んできた基礎があるので勿体ないと判断された為であるが、どうやら新たな婚約者はマルガレーテをどこかの夜会で見かけたらしく、王家に打診したらしい。望まれているという事もあって少しばかり相手と歳は離れているが、妹は嬉しそうに手紙のやり取りをしている。溢れんばかりの贈り物と手紙、機会があれば我が家を訪れてはデートに誘い、妹を大事にしていることが分かる。何よりも彼が望んでいるとはいえ、王家が介入している事を重々承知した上での行動に私は安心している。

 そして私の新たな婚約者である公爵子息は5歳年上で、王家からの打診をすぐに受け入れてくれたそうだ。血筋的には王家の血を継いでいるので敢えて我が家の血を入れる必要はないのだが、我が家の領地が持つガラス工房との事業提供を望んでいるらしい。完全なる政略ではあるが、私は今まで通り為すがままに受け入れる。

 私には内政チートが出来る知識もないし、自慢できるような容貌もない。頭がいいわけでもなければ特筆した才能もない。何も特別な事のない私は海を漂うクラゲのようにありのままを受け入れるくらいしか出来ない。勿論、反論はするし、行動だって起こす。しかし、それはこちらに不利益が生じたり、明確な違反がある場合だけだ。


「カロリーナ=マレッティ嬢。私との婚約で何か望むことはありますか?」

「望み、ですか?」


 顔合わせの為にバンハイム公爵家を訪れた私と両親。応接室にて相手の御両親と婚約者予定の男性と話を少しばかりした後、二人で庭園を歩く事を勧められた。

 赤味の強い茶色の髪の毛は項で一括りにして背に流し、榛色の目は猫のように目尻が上がっていて強さを感じる。前世でいうところの、美人というよりも男前。イケメンと言うよりハンサム。文官よりも騎士が似合いそうな体格が良く背が高い彼の名前は、アルフレド=バンハイム様。

 私と並ぶと私の平凡さがより際立ち、強すぎる存在感に影が薄くなる感覚に襲われるが、使用人以外周囲にいないので気にしても仕方ない。

 アルフレド様のエスコートを受けて丁寧に整えられている庭園の花を観賞しながら向かったガゼボで侍女の用意したお茶とお菓子を少しずつ頂いていると、アルフレド様からそんなことを言われて驚いた。

 アルフレド様はあまり口数が多くないのかもしれない。17歳の私の5歳上なので現在22歳の彼は、公爵家の嫡男でありながらずっと婚約者がいなかったらしい。かといって学園や社交界で彼の悪い噂は聞いたことがない。

 真面目な性格なのだろう、こちらに意見を求めるその目は真剣で、私は言われた瞬間から考えたのだが、為すがままにを人生の命題にしている私に望むことは割と少ない。


「誠実でいて下されば」

「誠実ですか?」

「ええ。私はあるがままを受け入れ、為すがままに生きております。ですが、それは相手が誠実でいて下さるから全てを受け入れられるのです。不誠実な方のされることを受け入れる事は難しいので、ただ私に誠実でいて下されば」

「なるほど。確かに、話を聞く限り貴方の前の婚約者は不誠実でしたね」

「ええ。他に望む方がいれば正しい手順で婚約を解消した上で行動をするべきでした。無論、王家が関与している以上、その感情自体が許されるものではありません。しかし誠実に対応してくだされば、私も相手の誠実さを受け入れ、出来る限りをするつもりでしたの」


 これは事実だ。どうしても相手が良い、と思うのであれば私にきちんとその旨を告げてくれさえすれば、私は婚約を穏便に解消するつもりであった。何せ、利益が何もない、相手の侯爵家の格を確かにする為だけの婚約だったのだから。だから私が無理に嫁ぐ必要はなかった。

 誠実な対応をされなかったから、私は受け入れられなかった。それだけ。


「ですので、誠実でいて下されば愛人をお持ちになるのも良いと思っております。無論、私に子を授けて下さってからになりますが」

「それは、あまりにも男性にとって物分かりの良い考えでは?」

「そうでしょうね。ですが、私が相手を愛するならば相手からも愛を頂きたいと思っております。もしもそのような関係を築けたならば愛人を持つことはしませんでしょう? 愛人を持つという事は、私へ愛を捧げる必要はないと判断されたのでしょう。ですから私も相手を愛する必要はない。結果として割り切れるのです」

 政略結婚でも互いを想い合えば愛し合える関係になる事は可能だ。そもそも政略結婚に愛の有無は関係ない。結婚後に恋人のような関係になれるかどうかは努力次第。完全に割り切った夫婦関係をしているところもあれば、お互いを想い合っている夫婦もある。

 私は自分一人だけ努力するつもりはない。物分かりがいいのではなくて、一方的に頑張りたくないだけとも言える。

「なるほど。カロリーナとお呼びしても? 私の事はアルフレドでもアルでも構いません」

「私の呼び方はそれで大丈夫です。それではアルフレド様、と」

「貴女の考えを私は好ましく思います。そして私は、政略でも愛情は築けると知ってます。ですので、私と愛を育んでいただけませんか?」

「まあ……嬉しいです、アルフレド様。よろしくお願いいたします」


 真っ直ぐにこちらを見ていたアルフレド様の表情がふっと緩む。少しばかり強面だと思っていた顔だが、目尻をほんの少しだけ下げるだけで一気に優しそうに見えてしまい、私は思わず顔を赤くしてしまう。ギャップ萌えなる言葉が思い浮かぶ。きりりとした騎士を思わせる表情が緩むだけでこんなにも変わるのか。

 初めての顔合わせだというのに、一瞬にして私の心はアルフレド様に傾いてしまった。


 その後、両家の話し合いにより婚約に伴う契約書が交わされ、正式な婚約式は半年後、そこから一年後に結婚式という流れになった。これから半年の間でお互いを知る為の交流をしながら、私はバンハイム公爵家を訪問し現公爵夫人から多くの事を学ぶことになる。元々侯爵家に嫁ぐ予定で勉強をしていたのである程度の基礎は出来ているが、そこから更に社交面での勉強が必要になる。

 アルフレド様はとても誠実な方で、お互いの好むもの、好まない物などをまず話し合い、お互いの価値観などを共有していった。その中でゆっくりと愛を育んでいく。一方的ではない双方向での努力の中で、私はあるがままを受け入れ続けていた。


「カロリーナ、愛しています」

「私もです、アルフレド様」


 結婚式当日、司祭様の祝福の言葉を頂いた私たちは顔を見合わせ微笑み合う。

 アルフレド様の髪の毛の色のドレスを着た私と、私の目の色のクラバットを付けたアルフレド様。家族や友人に祝福された私たちは、お互いに誠実であり続け、愛人を持つこともなく三人の子供に恵まれた。


 私は前世の記憶がある。けれどもそれに固執することなく、あるがままの今を生きる、という現実を受け入れた。

 ああ、そうか。創作作品で出てきたキャラクターがやけにシナリオというものに執着したりしているのは現実を一切受け入れてなかったからなのか、と理解した。

 『私の婚約者はヒロインを好きになる。だから、私はそれを邪魔しない』と思う悪役令嬢と呼ばれる人の思考が私には分からなかった。だって、作品の中の本来の悪役令嬢と誰かが転生した悪役令嬢では考えることも行動も違うのだから、婚約者がどう影響されるか分からないじゃない。


 前世でいうところのクローン人間は同一遺伝子を持っているけれども全く異なる性格になる、というのがあった。それは、一人の人間を構成するのは他者との関わりであり、全く同じ状況、同じ日時、同じ人間との接触を続けない限り完全に同じ思考を持つ人間にはなりえないのだ。それに体型だって、誰にどのように影響されるかで変わる。同じ年齢の二人の写真を並べても全く同じとは言えない人間になるとされている。

 ゲームと同じような結果になる為には、そのゲームと全く同じ行動をとらなければならない。でも、すでにそれを知りえている人間が回避するための行動をとる時点で相手への影響が変わり、思考だって影響される。だから厳密に同じ人間になりえない。それを理解してなくて、ゲームだから、シナリオだから、と考えるのだろう。現実を見ていない人たちだから、空回りし続ける。

 私は自分が優れているなんて思っていない。ありふれた平凡な人間だから、あるがままを受け入れたし、この現実を精一杯生きているだけ。それだけで良かった。


 私はとても幸せだから。

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