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魔力の無い魔術師の弟子と落ちこぼれ第5皇子のお話し

作者: くろさん

「陛下、アレックス只今参上いたしました。」


アステリア国の元第5皇子で現王の弟であるアレックスは、王の前に片膝を立てて跪き、命令が下されるのを待った。玉座に足を組んで座っているディラン王は、見下したような目でアレックスを見ていた。


「先のミディオルト国との戦いで、我が軍精鋭の一個師団が、わずか数十名の魔術師部隊に致命的な敗北を喫したことは知っておるな?」


「はい。まこと信じられぬ事です。」


「アステリア国は怪しげな魔術師などに頼らずとも、他国に対し圧倒的な軍事力を誇って来たが、今回の件で魔術師に対する認識を改めねばならんという事が分かった。」


アステリア国は昔から強大な軍事力で近隣の国々を支配下に置いてきたが、ここ10年は王位を巡る内戦で国内が混乱し、他国へ干渉をしている余裕がなかった。内戦は、先王が病床に伏した事をきっかけに起こった。当時皇太子であった第1皇子に対して、第2皇子が王位を要求して反乱を起こしたのだ。第1皇子には第3皇子が味方し、第2皇子には第4皇子が味方した事から、国内を二分する争いとなった。第1、第3皇子連合軍が、第2、第4皇子連合軍を下し、負けた第2、第4皇子一派は一族郎党全て処刑された。戦いの最中先王は崩御し、元々皇太子であった第1皇子がそのまま王位を継ぐと誰もが思った矢先、第1皇子が毒殺される事件が発生した。その結果第3皇子が王位を継ぐことが決まったが、王位に就くなり第3皇子は、第1皇子を推してきた勢力を一掃し始めたことから、毒殺は第3皇子の仕業であると皆が噂するようになった。


国内を制圧した第3皇子のディラン王は、戦争で疲弊した国内を手っ取り早く潤すため、隣国ミディオルト国への侵略を試みたが、この10年で力を蓄え、魔術師軍団を育成したミディオルト国に初戦から痛い敗北を喫したのであった。


この内乱に一切関わらなかったのが、末の皇子である第5皇子アレックスである。母親の身分が低く、後ろ盾が無かった事と、何をやらせても人並み以下で才能が無かったため、誰にも相手にされなかったのだ。政変後、アレックスは直ちに王となった第3皇子に恭順の意を示し、臣下として仕える事を誓ったため、第5皇子は始末されることは無かった。


「私はアステリア国にも新たに魔術師部隊を作ることを決めた。」


「しかし陛下、我が国は長年魔術師を差別してまいりましたので、有用な魔術師は全て隣国ミディオルト国へ移住してしまい、国内には居ないものと心得ます。」


「いないのであれば攫ってでも連れて来ればよい。まずは指導者が必要だが、著名な大魔術師であるジェイコブ師が我が国とミディオルト国の境にある山で隠棲しているという情報を得た。そちが行ってジェイコブ師を我が国に招聘するのだ。王弟を遣わしたとなれば話くらいは聞いてくれるだろう。」


「はっ。愚弟アレックス、陛下の期待に沿えるよう、全力を尽くします。」


「詳細はそこにいる将軍と詰めよ。」


ディラン王は、シッシッとでも言うように手を振り、アレックスを下がらせた。


アレックスは将軍と相談し、国境までは近衛小隊と共に行動し、ミディオルト国に入ってからはアレックスが一人でジェイコブ師の庵に行くことに決めた。アレックスは渡りの傭兵に扮しディラン国王の親書を持ってジェイコブ師が隠棲しているという山を目指した。

普通なら王弟一人に行かせるなどあり得ないことだが、アレックスが王にないがしろにされていることは周知の事実であったため、「一人で行く」というアレックスの意見に反対する者はいなかった。アレックスが失敗して命を落としても、次の使者を送れば良いと皆考えていたのだ。


アレックスは、無事ジェイコブ師が隠棲するという庵にたどり着いた。庵の扉を叩くと、12,3歳に見える線の細い少年が出てきた。


「私は渡りの傭兵をしているアレックスと言います。こちらはジェイコブ師の庵で間違いないかな?」


「はい。そうですけど…。」


「ジェイコブ師はご在宅かな?」


「残念ですが、ジェイコブ様は昨年お亡くなりになりました。僕はジェイコブ様の弟子で、今はこの庵を管理している者です。」


「え!ジェイコブ師は亡くなられたのか?」


アレックスはあまりの事にどうしてよいか分からず、ジェイコブ師の弟子だという少年を見つめたまま固まってしまった。


「こんなところで話すのもなんですから、中に入られますか?お茶くらい出しますので。」


アレックスはジェイコブ師の弟子にお茶を入れてもらい、話を聞くことにした。


「僕の名前はオリバーです。この山の麓の村の出身です。ジェイコブ様が村を通りかかったときに、孤児だった僕を拾って弟子にしてくれたのです。弟子とは言っても、僕には魔術の才能が無かったので、お世話係のようなものですが…。」


オリバーはジェイコブ師の世話をしつつ庵で暮らしていたが、高齢だったジェイコブ師は昨年の冬とうとう神の身許へ旅立ってしまったとの事だった。ジェイコブ師の庵には師の長年の研究をまとめた魔術書が多く残されており、それを読むために各地から魔術師が時折訪れるため、オリバーはそのような魔術師を相手に宿屋のような事をして生計を立てているとの事だった。


「魔術書が持ち出される心配は無いのか?」


「師匠の魔術書には、この庵の外に持ち出すと書いてあることが消えてしまう魔法が掛かっていますので、盗まれる事はありません。ほしい方はこの庵に滞在して書き写すしかないのです。あなたも滞在されるのであれば、ベッドは空いていますよ。1泊3食つきで5000デリルです。」


「む、それなりに取るのだな…。」


「ほぼ自給自足できていますが、日用品などを買うお金が僕にも必要なので。」


アレックスはこのまま手ぶらで帰る訳にはいかないので、この庵に来ると言う魔術師たちをスカウトして国に連れて行く事を考えた。


「きみは魔術師の才能が無いと言っていたけど、多少の魔術はできるのかい?」


「僕は全く魔術ができません。そもそも魔術師になるには体内に一定以上の魔力を貯める器が無いといけませんし、魔力を自由に制御する才能が必要なのです。僕には両方共ないので魔術師になることは不可能でした。あなたは傭兵との事ですが、魔術を学びたいのですか?」


「ああ。魔術ができると傭兵の価値が上がるからね。是非、ジェイコブ師に教えを請いたいと願っていたのだがしかたがない。しばらく滞在して魔術書を読ませてもらう事にしよう。」


そう言うと、アレックスは取り敢えず1週間分の滞在費をオリバーに支払った。

オリバーはお金を受け取ると、庵の中を案内してくれた。


「こちらが魔術書を置いてある書斎です。魔術書を書き写したいのであれば、紙とペンも有料でお貸しできますよ。そしてこちらが客用の寝室です。最大4人まで泊まれますが、今いるのはあなただけです。」


アレックスは翌日から書斎でパラパラと魔術書をめくってみたが、全く内容を理解できなかったので、早々に飽きて庵の周りを探索することにした。

庵から少し離れたところには小川が流れており、近くに洞窟があった。洞窟に入ってみると、人が暮らしている形跡があり、わずかな食器やござなどが置いてあった。昼食時にオリバーに聞いてみると、そこはオリバーの隠れ家なのだという。


(そうそう。このくらいの年の少年は隠れ家ごっこが好きだよな。俺も秘密基地を作ったものだ。)


しっかりして大人びて見えるオリバーの意外な一面を知って、アレックスはほほえましく思った。


アレックスはその後も森を散策してウサギや鳥を捕らえたり、小川で釣りをしては捕れた魚をオリバーに渡したりしたので、常にない豊富な食材にオリバーは喜んだ。驚くことにオリバーの料理の腕前は相当なものだった。


「すごくうまいよ!この鳥の焼き物は何を使ったらこんなに香ばしくなるんだい?」


「この近くでとれる香草を使っています。あと、この間来た魔術師から貰った外国のスパイスも少々。」


アレックスが滞在している間に庵を訪れる魔術師はいなかった。1週間が終わる日の夜更け、目立たぬ黒装束を纏った男が、夜陰に紛れて庵に近づき、アレックスが寝ているベッドの側で跪いた。


「殿下、カラスです。」


「ああ。起きている。どうした?」


「国境にいる近衛小隊の目的がミディオルト国に漏れた模様です。ジェイコブ師の知識がアステリア国に渡るのを恐れたかの国が、討伐団を組織してこちらに向かっています。」


「それはまずいな…。」


アレックスは飛び起きると、すぐさま支度をしてオリバーが寝ている寝室のドアをノックした。オリバーはドアの近くまで来たが、ドアは開けずに答えた。


「どうかしましたか?」


「オリバー、夜分に済まない。至急ここを離れなければならなくなった。だれか来ても私がここにいた事は黙っていてほしい。」


「……。追手が来たのですね?あなたがただの傭兵ではないことは分かっていました。ひとまず僕の洞窟に潜んでいてくれませんか?追手がいなくなったら迎えに行きますので。」


アレックスはオリバーがミディオルト国の兵士に、自分が洞窟に隠れていることを密告するのではないかと一瞬疑ったが、危険を承知でオリバーを信じる事にした。なぜかこのままオリバーと別れてしまう事がさみしい様な気がしたからだ。


「分かった。洞窟で待っている。」


そう言うと、アレックスはカラスと共に洞窟に向かった。


次の日の夕方近くになって、オリバーが全身煤に塗れた姿で現れた。カラスは素早く姿を消した。


「その姿はどうしたオリバー?」


「ミディオルト国の兵隊が現れて、庵を徹底的に家探ししたあげく、書斎に火を放って去って行ったのです。」


「そ、それは…。」


「あなたの事は言いませんでしたよ。」


「ありがとうオリバー。済まなかった…。俺のせいだ…。」


アレックスは自分がアステリア国王の弟で、ジェイコブ師を招聘するために遣わされたことをオリバーに打ち明けた。


「あなたは傭兵ではないと思っていましたが、まさか王弟殿下とは…。食事の仕方が洗練されていたし、手のひらも刀を扱う者の手ではありませんでしたから、どこぞの貴族かと思っていました。僕の事を哀れに思うのでしたら、僕を貴方の国へ連れて行って貰えませんか?もう庵は無くなってしまったので、管理者も必要ありませんし。従者でも召使でもなんでもやりますから。」


「しかし、それは危険すぎる…。取り敢えず麓の村まで送ろう。村長に話して預かってもらう方がいい。」


「村長が僕を引き取るとは思えませんけどね…。」


オリバーはアレックスから目をそらし、白けた顔をしてため息をついた。

幸い洞窟にはオリバーの服も何着か置いてあったので、服を着替え、一休みしてから麓の村に移動することとなった。


「これが燃やされずに済んで良かった…。」


オリバーは一冊の本を大事そうに抱えていた。


「なんだいそれは?大切な魔術書か?」


「いいえ。これは僕が書いた料理のレシピ集です。僕の研究成果がここに詰まっているのです。」



村長の家に着いたアレックスは、村長に事情を説明した。


「…という訳で、ジェイコブ師の庵が燃やされてしまいましてね。行くところが無いのでしばらくこの子を預かって貰えませんか?ジェイコブ師の弟子のオリバーです。知っているでしょう。」


「オリヴィエという娘なら知っているがね…。」


「え!オリヴィエ?女の子?」


アレックスは村長の言葉に驚いて、オリバーの方を振り向いた。


「すみませんアレックスさん。私の本当の名前はオリヴィエと言います。師匠が亡くなって、一人であの庵を管理するのに、年若い少女では危険だと思ったので、男装していたのです。」


「そうだったのか…。男の子にしては線が細いと思っていたが…。」


「ところで、あなたはどなたなのですか?なぜオリヴィエの世話をしているのです?」


村長がアレックスに尋ねた。


「私はたまたま通りかかったしがない傭兵ですが、この子が一人で困っているようでしたので…。」


村長は胡散臭そうな目でアレックスを見た。


「とにかく、その悪魔付きの娘をこの村で預かる事はできません。出て行ってください。」


村長は有無を言わさずアレックス達を家から追い出した。


「悪魔付きってなんだ!失礼だな!」


アレックスは憤慨していたが、オリヴィエはこうなる事を予想していたようだった。


「私が3歳になる前に私の両親が亡くなったのです。その後、親戚に引き取られたのですが、私を引き取った人たちが次々に亡くなりまして。ジェイコブ師がこの村を通りかかったとき、私は悪魔付きとして火あぶりにされるところでした。ジェイコブ師が面倒をみると村長に約束して私を救ってくれたのです。」


「そんなことがあったのか…。大変だったな。」


アレックスはオリヴィエの頭をやさしく撫でた。

アレックスはオリヴィエを村に置いていく事をあきらめ、アステリア国に連れ帰る事にした。


二人が国境にたどり着いた時にはもう、近衛小隊は帰国した後だった。しかたなくアレックスはオリヴィエと二人でアステリア国の首都へ向かった。オリヴィエはしっかり者で、何かとアレックスの面倒を見てくれ、また交渉上手でもあったので、一人旅に不慣れなアレックスは大いに助けられた。


1週間ほどかけてアレックスは王都の自分の離宮へ帰り着いた。

離宮とは言っても、庭すらついていないこぢんまりとした邸宅だった。


「お帰りなさいませ。ご主人様。」


アレックスの数少ない侍従やメイド達が出迎えてくれた。


「その子はどうしたのですか?」


年老いた執事のベンジャミンが聞いてきた。


「訳があって連れ帰ることになったオリヴィエだ。わが家で雇う予定なので落ち着いたら色々教えてやってくれ。」


「ベンジャミンさん、オリヴィエと言います。よろしくお願いします。」


「承知いたしましたご主人様。ささ、お二人ともお疲れでしょう。お部屋でゆっくり休んでください。湯あみの用意が整ったらお呼びします。」


ベンジャミンはそう言うと、メイドの一人にオリヴィエを部屋まで案内させた。


アレックスとオリヴィエは湯あみを済ませ、夕食の席についていた。


「そうだベンジャミン、ミディオルト国からの帰りに路銀が尽きてしまってオリヴィエに借りたんだ。その分を返しておいてくれないか?今回の旅では本当に何から何までオリヴィエに世話になったんだ。」


「そうでしたか。オリヴィエ様ありがとうございます。」


「ベンジャミンさん、私はここで使用人になるのですから様は不要ですよ。それに大した事はしていません。師匠から受け継いだ資産が多少残っていたのでそれを使えてよかったです。」


「ああ…。憂鬱だが明日は陛下に今回の件を報告するために王宮に行ってくるよ。オリヴィエの事は言わないつもりだから、ここに残ってくれ。」


アレックスが肩を落としてため息をついた。



翌日、昼過ぎにアレックスが浮かない顔をして帰って来た。


「お帰りなさいませ。ご主人様。ご報告の首尾はいかがでしたか?」


広間でアレックスにお茶を入れながら、ベンジャミンが尋ねた。オリヴィエも同席している。


「散々無能扱いされたよ。追って沙汰があるまで自宅謹慎を命じられてしまった…。」


「ジェイコブ師が亡くなっていたのはアレックス様のせいでは無いのにひどいですね。」


「またご主人様から財産を没収するおつもりでしょうか…?」


「もう取られるような財産はないのだがな…。」


皆が沈んだ気持ちでだまってお茶を飲んでいた。しばらくしてオリヴィエがアレックスに話しかけた。


「アレックス様、私のお仕事ですが、アレックス様の側仕えにして貰えませんか?読み書き計算はできますので秘書を兼務するような形で。」


「それはもちろん構わないが、うちはそれほど給金を支払えないよ。オリヴィエが望むなら他家を紹介することもできるけど。」


「給金はいくらでも結構です。衣食住を保証して貰えれば。アレックス様には秘書が必要だと思います。今はいませんよね?」


「ありがとう。オリヴィエはしっかりしているから秘書になって貰えると助かるよ。これからもよろしく頼む。」


オリヴィエは嬉しそうに頬をうっすらと赤らめた。


「こちらこそよろしくお願いします!アレックス様のお力になれるよう頑張ります!」



それからまた数日が経ち、城からアレックスへ呼び出し状が届いた。


広間でお茶を飲みながら、オリヴィエとベンジャミン同席のもと、アレックスはその呼び出し状を開いた。


「まいったな…。私がジェイコブ師の弟子を連れ帰ったことがバレたようだ。その弟子を連れて、明日王宮に来るようにとの事だ。」


オリヴィエは不安そうな顔でアレックスを見つめた。


「魔力が無いと分かればすぐに解放されると思うけど。念のため男装していこうか?陛下がそこまで見境が無いとは思わないが、オリヴィエはかわいいので見染められて愛人にされたら困るからね。」


オリヴィエは「かわいい」言われて照れたらしく、耳を赤くして小さく頷いた。


翌日、アレックスはオリヴィエを連れて王宮に出向いた。拝謁の間で二人が跪いて待っていると、護衛の近衛兵と宰相を伴ってディラン王が入って来た。

王座に腰かけると居丈高にアレックスに話しかけた。


「アレックス、そなたジェイコブ師の弟子を連れ帰ったことをなぜ私に報告しなかった?」


「申し訳ございません。こちらがジェイコブ師の弟子のオリバーですが、弟子とは名ばかりで魔力も無く、単なる世話係だったというので、陛下がお会いする価値もないと判断いたしました。」


「おまえに何かを判断する権利などないのだ。宰相、魔力計は持ってきたな?そこの弟子が本当に魔力無しか確かめろ。」


宰相は、「承知しました。」と答えると、オリバーの近くに来て、針と目盛りのついた時計のようなものを差し出した。


「オリバー、この魔力計の魔石の部分に左手で触れるのだ。」


オリヴィエは言われた通り魔石に触れたが、いつまでたっても魔力計の針はピクリとも動かなかった。


「陛下、確かにこの者には魔力は無いようです。」


「ふん、そうか。」


ディラン王はつまらなそうに答えた。


「お前たち、もう帰っても良いぞ。今回は見逃すが、次にまた何か隠し事をしようものなら、お前の邸宅を取り上げて宿なしにしてやるからな。」


ディラン王はそう言うと、さっさと拝謁室を出て行ってしまった。



その後しばらくは何もなく、オリヴィエは執事のベンジャミンに付いて、アレックスの家の事をあれこれと学んだ。アレックスは家でおとなしくしている事が多く、オリヴィエは暇だったので秘書の仕事に加えて掃除、洗濯、料理など、何でも手伝った。なので年配ばかりのアレックスの侍従やメイド達は大いに喜んだ。


一月後、アレックス宛に王宮からまた呼び出し状が来た。思い当たる節が何もないアレックスは、また何か無理難題を命じられるのではと、不安になりながら登城した。アレックスは一人で行くつもりだったが、オリヴィエが強硬に同行することを主張したので、しかたなくまた男装させて共に城に赴いた。


城について通されたのはいつもの拝謁の間ではなく、なぜか石壁の露出した地下の狭い部屋だった。


「なんだか牢屋のようなところですね。」


「ああ。私もここに通されるのは初めてだ。いやな予感しかしないな…。」


二人が跪いて待っていると、ディラン王が近衛騎士を一人だけ伴って現れた。見るからに不機嫌そうな顔をしている。王はちらりとオリヴィエを見たが何も言わずに、その部屋に一つだけある椅子に腰かけた。近衛兵は入り口の前に立ったままだ。


「アレックス、この度は何で呼び出されたか分かっているか?」


「いいえ。皆目見当もつきません。」


「ミディオルト国に潜ませている密偵から、かの国に第一皇子の奥方と嫡男がひそかに匿われているとの報告が来たのだ。」


「存じませんでした。お二人は処刑されたものだとばかり…。」


ディラン王はアレックスの言葉を遮りどなった。


「しらばっくれるな!そなたの手のものが密かに二人を逃がしたという証拠が挙がっているのだ!」


「まさか!誤解です!私にそのような伝手はありません。ミディオルト国は奥方様のご実家がある国ですから、そちらの配下のものが助けたのでしょう。」


アレックスは必死に言い逃れをしたが、ディラン王は聞く耳を持たなかった。


「うるさい!よくも私を騙したな!オルト、いいからこの者たちを切ってしまえ!」


ディラン王は入り口に立つ近衛騎士に命じた。


騎士は静かに剣を引き抜くと上段に構えたまま、アレックスとオリヴィエの元に近づいてきた。

アレックスはオリヴィエを庇おうと咄嗟に動いたが、その前にオリヴィエがすっくと立ち上がった。


オリヴィエは歩いて来る近衛騎士を指さすと、『止まれ!』と命じた。その声は不思議なエコーが掛かったような声だった。

すると近衛騎士は体をビクリと震わせ、そのまま固まったように動かなくなった。


『お前が殺すのはそこの椅子に座っている男だ!』


オリヴィエが近衛騎士を指さしたまままたエコーのかかったような声で言うと、近衛騎士はディラン王の方へ首を動かし、そちらへ向かってゆっくりと歩み出した。


ディラン王は突然の出来事に青くなったまま固まっていたが、近衛騎士が自分の方に近づいて来るのを見て、慌てて逃げようとした。すると次にオリヴィエは王を指さし、


『止まれディラン王、黙って首を差し出せ!』


と言った。

ディラン王もビクリと体をこわばらせると、ゆっくりと椅子に座り直し腰を曲げて頭を前に差し出すような格好になった。

近づいてきた近衛騎士は、一刀でディラン王の首を切り落とした。


アレックスは何が起こっているかわからず、オリヴィエの腰に抱きついたままでいると、オリヴィエはまた近衛騎士を指さし、『死ね』と命じた。すると近衛騎士は、ディラン王を切った刀を自分の喉元に当てて、刀を強く引いた。近衛騎士の首からは大量の血が噴き出し、そのまま後方に音をたてて倒れた。


「キャアアアアア!」


アレックスはオリヴィエの悲鳴を聞いてハッとした。オリヴィエはしゃがみこんでアレックスにしがみつき、ブルブルと震えていた。


オリヴィエの悲鳴を聞きつけて、近衛騎士が数名駆けつけてきた。扉を開けた騎士たちは、部屋の惨状を見て固まってしまった。


「ア、 アレックス殿下、これは一体…。」


「私にも訳がわからぬ。そこのオルトという近衛騎士がいきなり陛下に刃を向け、その後自殺したのだ。」


「オルトが…?取り敢えず宰相を呼んできますので、殿下はこのままここでお待ちください。」


アレックスとオリヴィエは長いこと宰相から取り調べを受けたが、部屋の状況からオルトがディラン王を弑した後に自殺したことは明らかだったので、夜遅く解放されて家に帰る事ができた。


オリヴィエが自室のベッドに腰かけて待っていると、しばらくしてからアレックスがノックをして部屋に入ってきた。アレックスは椅子をオリヴィエの前に置くと、そこに腰かけた。


「オリヴィエ、どういうことか説明してくれるか?」


オリヴィエは王宮での怯えた態度がまるで演技であったかの様に落ち着いていた。


「………。これが村長が私を悪魔付きと言っていた理由です。私は生まれつき人を自由に操る事ができました。両親はその事を知ると私を殺そうとしました。私は自分が助かるために両親を殺しました。実際には『死ね。』と命じただけですが。育ての親たちも私の能力を知ると私を殺そうとしたので、私は彼らにも『死ね。』と命じたのです。ジェイコブ師に引き取られ、人を操ったり、人に死を命じる事はとても悪いことだと教わりました。師匠は幼い私の能力を封じましたが、私がこの力を制御できるようになり、そして本当に必要な状況になったときには封印は解かれるだろうと言っていました。」


オリヴィエは一気にそれだけ言うと静かに涙を流した。


「殺される覚悟はできています。私はそれだけの事をしてきましたから。」


アレックスはしばらく黙っていたが、優しくオリヴィエの頭を抱いた。


「何を言っているんだ。私が命の恩人を殺す訳がないだろう。」


オリヴィエは一瞬顔をぐしゃりと歪め、その後は俯いたままアレックスに抱き付いて号泣した。


「オリヴィエ、だがこれだけは約束してくれ。これからは決してその力を使わない事。私はオリヴィエを信じているよ。」


「うっうっ…。そんな約束できません…。アレックス様が殺されそうになったら私はまたこの力を使ってでも、アレックス様をお守りすると思います…。」


「弱ったな…。では、命に係わるとき以外は使わないと約束してくれるか?」


「うっ…。それならできると思います…。」


アレックスはしばらくそのままオリヴィエを抱いていたが、やがてオリヴィエが泣き疲れて眠ったようだったので、そっとベッドに横たえた。


「しかし…想定外の事態になってしまったな。少し早いがあの計画を早めるしかないか…。」


アレックスは独り言を呟きながら、オリヴィエの部屋を出て行った。



一方王宮では、ディラン王亡き後をどうするか話し合うための会議が開かれていた。


「よりにもよって残ったのがあの役立たずのアレックス殿下とはな。」


ディラン王に子は無く、アレックスが王位継承権第一位であった。


「いや…。これは却って好都合かもしれませんぞ。担ぐ神輿は軽い方が良いと言いますからな。」


「なるほど…。それでは、アレックス殿下を次期王とすることで皆さん異論は無いですか?」


「うむ。それしか選択肢はないでしょうね。」


「まずは大々的に国葬を行って、その後戴冠式ですか…。今度こそは国内が落ち着くことを祈ります…。」



王宮からアレックスの元に使いが来た。いつもは無愛想な侍従が呼び出し状を手渡すのみだったが、今回は王家の馬車に乗った正式な使者が来て口上を述べた。


使者が帰るとオリヴィエはアレックスに聞いた。


「アレックス様は王になられるのですか?」


「いや。後ろ盾のいない私が王になっても、重臣たちにいいようにされるだけだからね。大丈夫、ちゃんと手は考えてあるよ。」



使者が来た2日後、アレックスは王宮の広間で重臣たちにかしずかれていた。アレックスが座る玉座の後ろには男装のオリヴィエが黙って立っている。


重臣を代表して宰相が立ち上がり口上を述べた。


「臣下一同、アレックス殿下が次期王となられますこと切に望む次第です。つきましては、殿下におかれましては我々の懇請をお聞き届けいただきますよう云々…。」


長々とした口上が終わると、アレックスは簡潔に答えた。


「悪いが皆の期待に応えることはできない。私よりも王に相応しい方がいるからな。」


「そ、それは、いったいどなたのことでしょう?」


「カラス、殿下をお呼びしてくれ。」


部屋の壁に沿って立ち並んでいる近衛騎士のうちの一人が部屋を出ていき、しばらくして、数人の人々を伴って戻って来た。一人は麗しい軍服姿の若者で、赤いマントを翻してした。もう一人は中年の女性で落ち着いたドレスに身を包んでいた。残りの者達はみな黒いマントを羽織っており、魔術師のような出で立ちだった。


「こ、これは、キュリアン皇子とアデリア王太子妃…。生きておられたのですね…。」


宰相を含めた臣下達がみな驚いた眼で二人を見た。ディラン王は二人が生きていることを重臣たちには伝えていなかったようだ。


「アレックス叔父上に助けられて、母の実家のあるメディオルト国に逃れていたのだ。メディオルト国には政変を逃れた者たちがまだ多く暮らしている。」


「皇子、こちらにおかけください。」


アレックスが立ち上がり、キュリアン皇子に席を譲った。


「このとおりキュリアン皇子がご存命なのだから、皇子が次の王となるのは自明の理だろう。私はお若い皇子の後見役となるつもりだ。」


「叔父上今まで色々ありがとう。私は疲弊したこの国を回復するため、粉骨砕身の覚悟で臨むつもりだ。」



その後、キュリアン皇子は言葉の通り、寝る間を惜しんで政務に励んだ。ミディオルト国からは逃れていた第一皇子派の親族や臣下達が続々と戻り、ディラン国のトップを牛耳っていた重臣たちは一掃された。キュリアン皇子はミディオルト国と同盟を結び、軍国主義を覆して、平和路線の王政を敷いた。また、魔術師たちを積極的に招聘し、新しく魔術師部隊を作った。


アレックスも積極的に政治に参加しキュリアン皇子を助けた。「役立たず」と言われていたのが嘘のような有能ぶりであった。


「アレックス様、魔術師部隊の訓練は私にお任せください。ジェイコブ様の鎖も解けましたから、私も魔術が使えるようになりました。師匠の研究成果もこの通りばっちり残してありますからね!」


アレックスの秘書を続けていたオリヴィエは、庵から持ち出した料理のレシピ集だと言っていた本を掲げて微笑んだ。


やがて年月が経ち、国内が落ち着いたころ、アレックスとオリヴィエは結婚する事になるのだが、それはまた別の話。


おしまい。

今回はほのぼの系では無くなってしまいました。恋愛要素も薄めです。

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