第7話
ネネーシアは、母の言葉に目を見開いた。
今まで両親に、婚約を勧められたことはないし、釣書が来ていると聞いたこともない。
恋愛についてなど、話題に出したこともなかったのである。いや、むしろ自分からは考えないようにしていた。
「ネネ。
歩けないことと、恋愛できないこと、全く別の問題だわ。
私のネネは、なぜそれを一緒にしているの?」
口調は、おっとりのんびりしているが、アリステアは、この話題を止める気はないらしい。
「お母様、普通の男性は、歩けない令嬢より、歩ける令嬢を妻に求めるものではないかしら?」
「あら、ネネ、あなた。
普通の男性と恋愛や結婚をするつもりだったの?」
「え?」
「私が母で、ジークが父なのよ?
普通の男性では、あなたを勝ち取ることなどできないわ。
特にジークは、厳しいでしょうね。
でも、心配いらないわ。
あなたが愛し、あなたを愛するのは、超一流の男性よ」
ネネーシアは、ふっと肩の力を抜いた。
親バカここに極まれり。。と。
アリステアとネネーシアがお茶会を辞し、テティアとカテリーナは顔を見合わせた。
「お母様、やっぱり、ネネは結婚できないかもしれないわ」
「そうかもしれないわね。
でも、アリステアの言う通り、ネネを得るのは並大抵の男では無理ね。
ビクターなんて髪の毛ほども可能性が無いわ」
帰宅の途についたネネーシア。
ちなみに辺境伯家の移動手段は、ジークリードがネネーシアの車椅子開発のついでに発明した魔導馬車である。
馬がいなくても魔導エンジンが車輪を動かし、御者ならぬ運転手がいる。
これは、むしろ馬車ではなく、『自動車』ではないか、とネネーシアは思ったのだが、口には出さなかった。
名前はどうあれ、快適な乗り物に違いはないからである。
ネネーシアの車椅子を積むトランクがあり、馬車と違ってお尻が痛くなることもない。しかも、馬車よりずいぶん早い。
ジークリードがこれを発明した後、ずいぶん問い合わせや注文があったようだが、その全てを断っていた。
いわく、
「愛しい妻と娘のために作ったのだ。
他の者のために割く労力はない」
今のところ、作れるのはジークリードだけで、その製法を売ろうにも彼と同等の職人がいない。
つまり、誰にも作れないし売れないのだ。
ライドクリフ辺境伯家には、そういった魔導具がゴロゴロある。むしろ、ネネーシアの車椅子がその筆頭である。
最新のレイ号は、もはや車椅子のアイデンティティである車輪がない。
座り心地を最優先に設計されたイス部分は、深緑のビロードが張られ、優美な曲線を描く肘置きと背もたれは飴色の木材。もちろん、優しく足にフィットする足置きも揃いのビロード。
操作は、前世でいうところの、マウスのようなものが肘置き部分についており、小さな力で操作が可能。
魔石か何かを使ったのか起動すると、反重力のように浮くのである。
「車椅子というより、空とぶ絨毯…ならぬ空飛ぶ椅子ね」
ともあれ、こうしたジークリードのおかげで、ネネーシアは前世もかくやというほどの快適な生活を送れているのである。
「…超一流の男性ねぇ…
ふふ、ほんとにそんな人と恋愛できたら素敵だろうなぁ」




