第2話
ネネーシアは、念のために確認を取った。
「エリカ・ルルー様。
もう、定まっているものを変えることはできませんよ?
わたくしは、得た情報から可能性の高いものをお伝えすることしかできません。
それでよろしいでしょうか?」
「もちろん、承知しているとも。
それでも聞きたいのだよ。
私も、デュークも。
楽しみで仕方なくてね」
そう告げながらはにかむ王太子妃からほのぼのとした幸せが伝わってくる。ネネーシアには、それは温かみのあるオレンジががったピンク色に見えた。
ネネーシア・ランドクリフは、以前、相原寧々という名だった。
寧々は、ごく普通の家庭に生まれ、公立小中学校を無難に過ごし、推薦で私立大学に入り、上場企業ではないが、堅実だと思われる会社に就職した。一人暮らしを夢見ながらも、なかなか踏ん切りがつかず、家に生活費を入れながら上げ膳据え膳の生活をしていた。
ぼちぼち婚活に力を入れようかと思っていた、28歳の冬、それは起きた。
凍結した路面にスリップしたトラック。目の前の小学生の腕を引っ張り、ゆっくりと迫ってくるタイヤからなるべく遠くへ押しやった。…が、その後、トラックと同様に凍結した歩道に足を取られ、転倒した寧々の足と体の上をトラックが通り過ぎた。
その後の記憶は、白い世界だった。
なぜだか小さくなっている手を見つめていると、頭に撫で撫でされる感触がやってきた。
「ごめんねぇ。
なんとか助けてあげたかったんだけど、足は無理だったよ。
その代わり、僕の加護をあげるから。
幸せになってね」
かご?カゴ?…加護?
カゴってなに?
寧々が「なに?なに〜?」と混乱してキョロキョロしているうちに白い世界の白さが増し、視界がホワイトアウトした。
次に目を開けた時には、寧々はネネーシアになっていた。
ネネーシアの世界は、ファンタジックでカラフルな世界だった。
魔力を持つ人々や魔力を持つ生き物が存在し、生活に魔道具が活用されていた。寧々は、赤ん坊のネネーシアとして目覚めてから、この世界に魅了されていた。幸い?なことに、目を開けたばかりの赤ん坊だったネネーシアには、寧々の記憶が残っていた。しかも、言葉も理解することができた。
ネネーシアは有頂天になった。「これが『加護』ってやつなのね!」と、藍色の瞳をキラキラさせながら周りの言葉を一生懸命ヒアリングしていた。なぜヒアリングかと言うと…赤ん坊のネネーシアには、話す術がなかったからである。
ところが、ネネーシアの加護はそれだけではなかったのである。
「エリカ・ルルー様。
やってみますわね。
水盆をこちらに」
控えていた侍女の一人が銀の水盆をネネーシアの前に置いた。
ネネーシアは、その水盆にそっと片手を浸した。
胎児の情報を一番持っているのは、胎児を取り巻く羊水。
水の中にある情報を引き出すには、水の眷属とつながらなくては…。
ネネーシアは、水盆に浸した手から魔力を伸ばし、水の眷属のネットワークにアクセスした。
[誰か、いるかしら?
王太子妃エリカ・ルルー様のお腹に宿ったお子様について、情報があったら教えてほしいのだけど]
[あ!ネネ!
久しぶりー!]
[ネネー!
うれしー!
お話ししたーい!]
[ネネ!
今度はいつ遊びにくるのー?]
伝わってきたのは、キャピキャピした人魚の幼生達の声。
[久しぶりね。
わたしもおしゃべりしたいところなんだけれど、先に情報を教えてもらえるかしら。
今度、ゆっくり入江に遊びに行くわ]
[[[やったー!
じゃあ、ちょっとみてくるよ〜]]]
ネネーシアが情報を待っていると、今度はとろりとした蜜のような妖艶な声が聞こえてきた。
[ねね。
幼な子らのはなしを すぐに伝えるのは すすめぬよ。
人のあかごはもろい。
みつき まちなさい]
ネネーシアは、「なるほど」と素直に思った。妊娠や出産はなにが起こるか分からない。魔法のある今世はもちろん、科学や医療の発達していた前世でもそうだった。情報として得たとしても、それを伝えるのは早いのかもしれない。
[偉大なる海の女王ガラテイア。
ありがとうございます。
あなたの助言に従います]
[ねね。
そなたの素直さは 金。
ふるうばかりが力ではないからの]
[かれらにお詫びを伝えて下さいますか。
埋め合わせに、次の満月の夜にはたくさん遊びますから、と]
[よいよい。
すぐにわすれて つぎのあそびをみつけるからの。
ねね。
すこやかにの]
ネネーシアは、女王の気配が去っていくのを感じて、水盆に浸していた手を引き上げた。
そして、王太子妃を見つめ、静かに告げた。
「三月待つこと。
そのように出ました。
エリカ・ルルー様。
三月後に、もう一度行いましょう。
その時には、もっと多くのことをお伝えできると思います」
王太子妃は、空色の瞳を一度キュッと閉じ、再び開いた時には向日葵のような眩しい笑顔を見せた。
「ありがとう、ネネーシア。
あと三月もこのワクワクする気持ちが続くということだね。
デュークと共に毎日楽しむことにするよ」
王太子妃の笑顔に、知らず詰めていた息を吐いて、ネネーシアも笑顔を見せた。
ネネーシアの加護は、スキルだった。
この世界には無い『ネットワーク』というスキルが、与えられていた。
スキルの概念も、なんとなく、ふわっとしていますが、この話はゆるーい感じを出したいので、お許し下さいね。