エピローグ
月夜の決戦から、一夜あけて。
王都アスリーンで最も大きな広場である「鷹の広場」において、ライロック・フォン・ライバーンが正式に王位宣言をした。広場の中央に設けられたステージの上に、ライロックは立っている。白い礼服に、白いマントを着けている。気品のある顔立ちは、幼いながらも王としての威厳を感じさせた。
その隣に、一人の女性がいる。純白の、裾の長いドレスを着ている。長く背中まで流れている髪は、真紅だった。
セレナ・ターレスである。セレナはこの日、ユーフォーラの王家であるライバーン家に、身を入れることになっていた。ユーフォーラ王妃として。
ライロックが、セレナの手を取って一歩前に進み、広場を埋め尽くすほど集まった人々に、自分の妻を紹介する。人々は盛大な拍手を贈った。その中に、もちろんロードとローラ、カールス、ロムドもいた。ジョーレスたちは、先にこの星を発った。トレジャー・ハンターは財宝のネタを探しに、傭兵は新たな戦いを探しに、だ。
ロードたちは列の一番前に立って、二人の結婚を祝福した。
「綺麗ね…セレナさん」
ローラがため息をつくように言う。今のセレナは、戦士としての雰囲気がまったくない。優雅で気品溢れる、貴族の淑女のようであった。艶やかな紅い髪が白いドレスによく似合い、美しさを増幅していた。
「あたしも、あれくらい綺麗だったらな…」
「ローラだって、セレナに負けないくらい綺麗だぜ」
ロードは、何気なくそう言った。そして、自分が何を口走ったのかに気づいて、慌てて口を塞ぐ。
「え? 何か言った、ロード?」
「い、いや、何でもない。本当に綺麗だな、セレナは。はは…」
今の言葉をローラに聞かれなかったことに内心ホッとしながら、ロードはステージに視線を戻した。
ステージの上では、ライロックが堂々と演説をしている。その姿は、まさに国民を引っ張って行くに相応しいと思えた。
「王の顔してるな、あいつ」
カールスが言う。ロードは、躊躇いなく頷いた。
「ああ。あいつには、国王になる器量があったんだ。あいつなら、この国をうまく治めていける」
「そうね。あんなにしっかりした奥さんもついてることだしね」
ローラは、まだセレナに見惚れていた。それだけ、今のセレナは美しく、魅力的だった。広場にいた男たちの多くが、セレナの姿を見てため息をついている。
「ローラもどうだ? 早く、ロードの奥さんになっちまうってのは」
カールスが、からかうように言った。途端、ロードとローラは顔を見合わせ、頬を赤らめた。
「あ、あたしは、まだ…」
「な、何言ってんだよ! からかうなよ、カールス!」
カールスとロムドは、その二人の慌てぶりを見て、笑い合った。
「まったく、くだらねえこと言いやがって…行くぞ」
ロードは憮然とした顔のまま、踵を返した。
「ロード?」
「おい、ロード。行くって…どこへだよ?」
カールスが尋ねると、ロードは振り返った。
「宝探しに決まってんだろ? 俺たちはトレジャー・ハンターなんだぜ?」
「そりゃそうだけど、何も今すぐ行かなくったってさ」
「だったら、お前はもうしばらく残ってりゃいいさ。けど、俺は行くぜ。ジョーレスたちに報酬として払う金を、稼がなきゃならねえからな」
ロードはそれだけ言うと、人混みの中に入って行った。
「ちょっと! 待ってよ、ロード!」
ローラが慌ててそれを追う。カールスとロムドはどうしたものかと少し考えていたが、次第にトレジャー・ハンターとしての血が騒ぎ出し、ロードと共にこの星を去ることに決めた。
人混みを掻き分けて、トレジャー・ハンターたちは広場を出て行く。ステージ上のライロックからもそれは見えたが、あえて止めようとはしなかった。別れは、夕べのうちに済ませてある。彼らはまた、この宇宙のどこかに隠された財宝を求めて、旅に出るのだろう。それが、彼らの生き方なのだ。ライロックはライロックで、自分の人生を歩まなければならない。国王という、とてつもなく大きな人生を。
「さようなら、皆さん…いつかまた、会えることを信じていますよ…」
ライロックは、そう呟いた。
自由で勇ましいトレジャー・ハンターたちは、もう見えなかった。
宇宙港の搭乗口をくぐって、ロードたちはそれぞれの宇宙艇へと向かった。
広大な停泊場の奥に、シュルクルーズにアルーク、そしてロムドの宇宙艇、フリーフライトの姿がある。
「ねえ、ロード。どうして、最後にさよならくらい言わなかったの?」
シュルクルーズに向かって歩きながら、ローラが尋ねる。
「式典が終わってから出発しても、よかったじゃない」
「いいんだ。別れは、夕べのうちに言ったろ?」
ロードはなぜか、ローラと視線を合わせようとしない。こういう時のロードは、何か隠し事をしていると、ローラは知っていた。
「でも、ライロック君も、残念がると思うわよ…?」
「いいったらいいの。余計な詮索するなよ」
ロードはそれっきり、黙って歩き続けた。ローラは、探るような目つきでロードを見つめていたが、やがて思いついたように声を上げた。
「わかった!」
ロードが驚いて、ローラのほうを見る。ローラは、悪戯っぽく笑っていた。
「ロードったら、本人を目の前にしたら、別れが辛くなるって考えてるんでしょう」
「ばっ…!」
ロードは動揺した。ローラの予想は的中したようだ。
「馬鹿野郎。何で俺が…!」
ロードは顔を背けて、歩みを進めた。
「ロードってば! そうなんでしょ?」
ローラは素早くロードの前に回り込み、愉快そうにロードの顔を覗き込む。ロードの顔は、わずかに赤かった。
「あはっ。やっぱりそうなんだ。ロードったら、純情なところもあるのね!」
「う、うるさいうるさい! んな事ある訳ないだろ! まったく、何言ってんだか…」
「ごまかすなよ! もうバレちまってるぜ!」
少し離れて歩いていたカールスが、楽しげに言った。ロムドの笑い声がそれに重なる。ロードはますます不機嫌になった。
「隠さなくてもいいのよ。あたし、ロードのそういうところ、好きだな」
ローラが言うが、ロードにはそれさえもからかっているような口調に聞こえていた。実際、半分はからかっているのだが。
「ちっ。付き合ってらんねえぜ!」
ロードはこの場の雰囲気に耐え切れなくなって、シュルクルーズに向かって全力で駆け出した。
「あん! 待ってよ、ロード!」
ローラが慌てて走り出す。カールスもロムドも、笑いながらそれぞれの宇宙艇に向かって走った。
ふと振り向いたロードが、ローラに笑いかけた。ローラはそれを見て目を瞬かせたが、すぐに微笑みを返した。
「よーし、本業に復帰だ!」
ロードが叫ぶと、カールスとロムドは腕を空に向かって突き上げた。
「おう!」
抜けるような青空の下、トレジャー・ハンターたちの笑い声が響き渡った。
────完




