第38話 激戦-後編-
「チッ…ヤードのことは、ロードに任せるしかないか…」
迫り来る敵兵士たちに鋭い目を向けながら、シュバルツは呟いた。
ここで敵を防がなければ、多勢に無勢で城内のロードたちは殺されてしまう。そうなれば城の中の敵兵士も加わって、いっそう大勢の兵士たちが自分たちに襲い掛かるだろう。そうなったら、いくらシュバルツたちでも、ひとたまりもない。ヤードを殺すことなど、夢となって消えてしまう。
それなら、ここで敵を食い止めて、その間にロードにヤードを殺してもらうほうがまだいい。自分の手で始末をつけたいのはやまやまだが、それにこだわって結局ヤードに逃げられては、元も子もない。シュバルツは、そう考えたのである。
「頼むぜ、ロードよ」
シュバルツは、おそらく今も城内で戦っているであろうロードにそう呼びかけて、背中の長剣を抜いた。両手でしっかりと握り、その重さを確かめる。
敵兵士たちは、一丸となって斬りかかって来た。
「ここから先は行かせねえ! 命が惜しけりゃ、引っ込んでろ!」
シュバルツは吠えて、牽制のために長剣を横に払った。
その眼光は、血に飢えた狼のように鋭い。兵士たちはその迫力に押され、一瞬歩みを止めたが、すぐにまた突っ込んでくる。言っても無駄のようだった。
それなら、剣にものを言わせてわからせるしかない。自分たちの行いの無意味さを。
シュバルツは、長剣の柄のスイッチを押し、刃に高熱を宿らせた。普通の剣の一・五倍ほども長い剣だから、刃の輝きもいっそう明るい。その威力のほどを示しているようだった。
「ズタズタに切り刻まれたいか!」
シュバルツはそう叫んで、自分に斬りかかってきた兵士たちを薙ぎ払った。いくつもの首が飛び、血の雨が芝生を濡らす。
三百対五。数の上では、無謀な戦いと言えるだろう。だが、ジョーレスたちに至っては、特にゴーランドやシュバルツのような傭兵にとっては、珍しくもないことだった。だからジョーレスたちに臆した様子はないが、それでも、相手の数が味方の六十倍というのはぞっとしない。全員を相手に戦って、果たして体力が持つかどうか。
「そうなる前に、皇帝とやらが死ねばいいがな…」
ジョーレスは、斧を振るいながら呟いた。
こういう下の連中は、親玉がいなくなれば、戦意を失うはずだ。ロードの話では、兵士たちは必ずしも皇帝に忠誠を誓ってはいないらしい。従わなれば自分や家族の身がどうなるかわからないから、やむなく仕えている者がほとんどだという。皇帝を守ろうとロードやライロックに刃を向けるのも、そういう理由と、ライロックがエルマムドに敵うはずがないと考えているからだとロードは言っていた。下手にライロックに味方しようものなら、後で皇帝が勝利した時、どんな咎めを受けるかわからないのだ。兵士たちも、自分たちが生きるために皇帝に従っているのだ。ならば、皇帝が死ねば大人しくなる可能性は高い。
「ロード、手早く頼むぜ」
ジョーレスは力の続く限り戦うことを決めた。もっとも、元よりそのつもりではあったのだが。
生きるために必死になっている兵士たちを殺すのは若干気が引けるが、戦わなければこちらが殺されてしまう。仕方がないことだと、ジョーレスは思った。警告はした。後は相手が考えることだ。ジョーレスが詮索すべきことではない。
そう納得して、ジョーレスは戦いに専念した。
兵士の数は、次第に増えてくる。アスケロンから垂れているロープを伝って、次々と城門の内側に降り立つ。いつの間にかバードも降りてきていて、芝に足をつけて戦っていた。
だが未だ、城内に侵入した敵は一人としていない。ジョーレスたちがそれぞれの武器を手に、迫り来る敵を次々に倒しているのである。
「ここは、通行止めだぜ!」
ジョーレスの隣で、アリウスが不敵に言い放った。
二階に上がったロードたちは、ここでも激しい戦いを余儀なくされた。
二階には大ホールがあるだけなので、ここを警備する必要はあまりない。大ホールでは歓迎会に出席していた裕福な民が震えているのだが、エルマムドにその者たちを守るつもりはない。だから兵士の数は多くはなかったが、三階へと上がる階段前は別だった。
三階には、国王の私室、謁見の間、公式の客室などがある。つまり、エルマムドとヤードは三階にいるということだ。従って、そこが最も厳重に警備されるべきところである。それを考えると、階段前に、階段を塞ぐように十人以上の兵士たちが立っていたのは、当然のことだろう。
三階に繋がる階段はここだけではないが、来てしまった以上、今更引き返すわけにはいかない。背後から兵士たちが迫っているのだから。それに別の階段に行ったところで、警備の兵士の数は変わらないだろう。
結局、ここで戦うのは必然であった。ライロックは、これ以上の血が流れるのを嫌い、道を開けるよう呼びかけたが、効果はなかった。エルマムドの力は絶対と考えているのか、ライロックがエルマムドを倒すと言っても、無理だと主張するだけであった。
「ここを通すわけには参りません。どうか、このままお引き下がり下さい」
兵士の一人が、そう言った。だが、ライロックの決意は固い。何としてでもエルマムドを倒すと言った。
「ならば、仕方ありません。お命頂戴!」
リーダー格らしき兵士の言葉で、戦いは始まった。背後からロードたちを追って来た兵士たちも加わって、前後およそ十人ずつの兵士が三人に斬りかかってきた。
悲しむライロックを中心として、左右にロードとセレナが位置する。ロードとライロックは前方の敵に向かって剣を振るい、セレナは背後の敵を相手にした。
激闘だった。
三人で二十人を相手にするのである。あっさり片付けろというほうが無理な話だ。
ヒート・ソード同士が頻繁にぶつかり合い、飛び散る火花が敵味方双方の衣服に小さな焦げ目を作った。
ロードとライロック、セレナの剣が、敵兵士の身体を切り裂く。返り血が顔を汚すが、拭い取っている暇はない。一人倒せば、またすぐに別の兵士が戦いに参加してくるのである。
三人は、休むことなく剣を振るった。少しでも気を抜けば殺される。そんな戦いだった。
だが、一階のホールでの戦いを終えた反乱者たちが参加してきたことで、戦いの流れが変わった。一階での戦いで三人が重傷を負ったが、それでもまだ、ロードたちを含めて十二人。残っている兵士は、ロードたちの前方に五人、後方に九人。後方の数が少し多いが、セレナとカールスたちの挟撃の形になるから、充分に勝算はあった。
結果、後方の兵士たちは降参した者以外は全滅し、前方にいた兵士たちも不利を悟り、降参あるいは三階に逃げて行った。
ロードたちは合流するとすぐに中折れの階段を上がり、三階に達した。広く美しい廊下が前方に伸びており、後ろは絵画の掛かった壁だった。
廊下の右側は壁がなく、手入れの行き届いた中庭が臨める。左はいくつもの扉が並んでいた。ライロックによると、手前五つが客室で、その先の左に曲がる廊下の先が謁見の間、その向こうに執務室、国王とその家族の私室がある。さらにその先は書斎、小会議室、小ホールと続く。廊下の突き当たりには、四階へと続く階段があった。
廊下には、当然の如く警備兵が大勢いた。ロードたちが姿を現すと、剣を抜いて駆けて来る。
反乱者たちは、ロードとライロック、セレナを先頭に身構えた。
「ライロック、エルマムドはどこだ?」
ロードが問う。
「おそらく、謁見の間です。戦況報告を受けるために、非常時には国王は謁見の間にいるのです」
「お前とセレナのように、カプセルで脱出しちまう可能性は?」
「ありません。脱出カプセルを起動させるためのキーワードは、今ではセレナしか知りません。キーワードは父と母だけが知っていて、あの日、私たちが逃げ出す時、父がセレナに教えたのです」
「そうか…じゃ、ハズレはないわけだ」
ロードがニヤリと笑った。直後、警備兵たちが到着する。
ロードが敵の剣を受ける。同時に、ライロックとセレナもそれぞれ敵兵士の攻撃を受け止めていた。先頭三人の脇をすり抜けた兵士たちが、後ろにいたカールス、ロムド、ワイラーたちに斬りかかる。
「俺たちがカバーする! ロード、先に行け!」
一刀のもとに兵士を斬り倒したロムドが叫ぶ。むろん、ロード一人ではなく、ライロックを連れて行けという意味が台詞の中に込められている。
ロードは頷くと、敵兵士と切り結ぶことを極力避け、敵の剣を左右にかわしながら前に進んだ。
「ライロック! お前も来い!」
ロードが、兵士の突きを身体を引いて避けているライロックに声をかけた。ライロックはロードの呼びかけに答えたが、敵は突破を許してくれなかった。
そこへ、ワイラーが駆けつける。ワイラーはライロックの前に立ち、ライロックを攻めていた兵士に攻撃をかけた。
「ワイラー!」
「王子、今のうちに!」
「わかった! すまない!」
ライロックはその小柄な身体を生かし、ワイラーの剣を受け止めている兵士の脇をすり抜け、ロードのもとに駆け寄った。二人はすぐに走り出す。
言うまでもなく、敵兵士がロードとライロックを黙って見逃すはずがない。突出した二人には次々と敵兵士が襲い掛かるが、カールスとセレナが素早く牽制に回った。
「王子! お早く!」
セレナの言葉に、ライロックは頷いて答えた。セレナが微笑む。ライロックは、それを素直に美しいと感じた。
「行け、ロード!」
「わかってる!」
ロードとライロックは、前方から斬りかかってくる敵の攻撃を巧みにかわし、前へ前へと進んだ。二人を斬り損ねた兵士は背後から斬りつけようとするが、カールスとセレナがそれを許さなかった。踊るようなステップで移動し、敵を翻弄する。そうして、ロードとライロックを前に進ませるのだ。
ロムドやワイラーたちも、奮闘する。ユーフォーラに平和を取り戻すという決意の下に、力の限り戦う。志を持つ者は、そうでない者よりも強い。ワイラーたちは、それを身をもって証明していた。
ロードは左の壁沿いに走り、客室の扉を次々と蹴り開けてゆく。どれも公式の客を迎えるのに相応しい豪華な造りだが、五つの客室のどれにも、ヤードはいなかった。
五つ目の客室の前を通り過ぎ、左に曲がる廊下との交差点に出る。曲がり角に敵兵士が隠れていて、ロードたちの不意を打ったが、二人を殺すことはできなかった。予想していなかったわけではなかったからだ。ロードとライロックは剣を振るい、飛び出してきた四人の兵士のうちの二人と切り結んだ。少し後ろでそれぞれの敵を倒したカールスとセレナが、残りの二人を相手にする。
敵兵士の剣が、ロードの脇腹を切り裂かんと横に振るわれる。ロードは剣を逆手に持って、それを受け止めた。
「邪魔だ!」
ロードは叫んで右足を振り上げ、兵士の顎を打った。敵兵士はのけ反って後ろによろける。ロードは剣を持ち直し、目にも留まらぬ速さの突きを繰り出した。
その兵士は右胸を貫かれ、血柱を立てながら倒れた。ロードはそれを飛び越え、先へ進む。ライロックも同じ頃、左肩に掠り傷を負いながらも敵を斬り伏せ、ロードに続いた。
謁見の間の、両開きの大きな扉の前には、門番の如く二人の兵士が立っていた。ロードとライロックが近づくと、剣の柄に手をかけ、抜き身で斬りつけてきた。二人は後ろに飛び退いてそれをかわす。間もなく、二人は兵士と剣を交えた。
ロードは、力で敵を押し切り、その額を割った後、ライロックの相手に斬りつけてこれを倒した。セレナとカールスのカバーのおかげか、二人を追って来る兵士はいない。
「ここが謁見の間です。客室にいなかったところをみると、モローもここでしょう」
ライロックが言うと、ロードは頷いた。
ここに、エルマムドがいる。ヤードも、そしておそらくローラも…。
ふとライロックを見ると、ライロックは一段と厳しい表情で、剣を握り直していた。最後の決戦を前に、決意を固めているのだろう。
「開けるぞ、ライロック」
ロードはそう言った。何となく、ライロックの了解を得たかったのだ。この戦いの主役は、ライロックなのだから。
「お願いします」
ライロックは、緊張した面持ちで答えた。ロードは頷くと、扉を押した。重い響きと共に、扉がゆっくりと内側に開く。
決戦だ。ロードとライロックは、同時に思った。すべての決着をつける時だ、と。
二人は、謁見の間に入った。




