第34話 月夜の襲撃
同じ頃、王城の城門に、三人の訪問者が現れた。
栗色の髪をした少年を先頭とし、その左右に金髪の少年が立っている。そのうちの一人は、他の二人よりも年下のようだった。
三人共、腰に剣を差している。スイッチを押すと刃に高熱を帯び、鉄をも切り裂く剣、ヒート・ソードだ。
ロード・ハーンとロムド・ウォン、そしてユーフォーラの正統なる王位継承者、ライロック・フォン・ライバーンである。
三人は城門まで来て、門番に呼び止められた。門番もまた、ヒート・ソードを腰に差している。
「おい、止まれ」
二人の門番は、ロードたちの前に立ち塞がった。ロードたちは、歩みを止める。
「何か、用か?」
ロードが口を開く。
「何か用か、じゃない。貴様たち、ここがどこだかわかっているのか?」
「皇帝陛下のお住まい…王城だろ?」
「そうだ。一般人が、勝手に入れるところではないんだぞ」
「失礼だな」
ロードの左に立つ、頬に傷のある少年が言った。
「何?」
「王城っていうのは、王様が住むところだろう? だったら、俺たちはフリーパスじゃないかな」
「そう、何たって、国王陛下がここにいるんだからな」
ロードは、自分の右に立つ少年を顎で示した。二人の門番も、つられてその少年を見る。
幼いながらも、気品のある顔立ちが、そこにある。普通の子供にはない、高貴な雰囲気を、この少年は持っていた。
門番は、二人同時に目を見開いた。
「…王子…」
「…ライロック王子様…か…?」
「そういうこと」
ロードが笑みを浮かべて言った。
「本当の王様が来たんだ。偽物をぶっ倒しにな」
「ほら、道を開けろ」
ロムドが言う。
だが、二人の門番は道を開けるどころか、素早く剣を引き抜いた。
「王子には申し訳ないが、今は我々はエルマムド陛下の配下。どう言われようと、ここを通すわけにはいかん!」
門番の一人が、そう言った。
「やれやれ…」
ロードとロムドは、顔を見合わせて、肩をすくめた。
「そのエルマムドは、今夜のうちに倒されちまうんだ。今のうちにライロック王子に従っていたほうが利口だぜ?」
「お前たちたった三人で、エルマムド陛下を倒せるものか!」
もう一人の、目の細い門番が言う。
「ここには、百人近くの兵がいるんだぞ!」
「敵う訳がない!」
二人は剣を構え、一歩踏み出してきた。
「なら、どうしてもここを通す気はないんだな?」
ロードは、わずかに腰を落とした。一見しただけでは、ほとんどわからないほどに。
「通さん!」
「それどころか、ライロック王子を捕えれば、莫大な懸賞金がもらえるんだ!」
ビクッ、とロードの眉が動いた。
「金のためには、何でもする、か…」
ロードの手が、剣の柄にかかる。それを見た門番が、ロードに斬りかかって来た。
「金のためにッ!」
ロードの剣が一閃した。その一太刀で、門番の一人は剣を持っていた右腕を切り落とされていた。その間に、もう一人の門番はロムドに斬られて絶命する。
「おわあああ!」
腕を失った門番は、傷口を押さえながら蹲った。続いて、絶命した門番の死体が石畳の上に倒れ込む。
「金のために主君を裏切るなんざ、最低だぜ」
ロードが、苦しげに呻く門番を見下ろして言った。
その時。
「侵入者だ!」
そう叫ぶ声がした。今の出来事を見ていた兵士がいたのだろう。
しかし、予想していなかったわけではない。ロードとロムド、ライロックは、落ち着いた表情で城門をくぐった。
城門から城の入口まで、およそ百メートル。一本の石畳の道が続いており、両側は緑の芝生だ。さらに城壁に沿って、落葉樹が植えられている。
ロードたちの前に、兵士たちが集まってくる。まだ情報が城全体に伝わっていないらしく、数はそう多くない。目測で十人前後。今の声を聞きつけた者だけだろう。
「さーて、来やがった」
ロードは、舌なめずりをした。ライロックは、腰から剣を引き抜く。
「決戦だぜ、ライロック」
「はい!」
兵士たちが一斉に襲いかかって来た。ロードも敵に向かって地を蹴る。ロムドとライロックも続いた。
兵士の剣が、ロードの右肩すれすれを掠めて振り下ろされた。もう少し避けるのが遅れていたら、剣はロードの肩を胴体から切り離していただろう。
「…っのォ!」
ロードは、相手が剣を振り上げるより先に、横一文字に剣を振るった。
剣は兵士の胸を切り裂き、真っ赤な鮮血を噴き出させた。
「ぎゃあああ!」
兵士は仰向けにのけ反って倒れてゆく。だがその後ろから、新たな敵が出現した。
返り血を拭う間もなく、ロードは剣を水平に構え、相手の剣を受けた。高熱の刃同士がぶつかり、火花が散る。
兵士は渾身の力を込めて剣を押す。ロードも負けじと押し返す。
その時、背後から声が飛んだ。
「ロードさん、後ろ!」
ライロックの声だ。折しもその時、別の兵士がロードの背中に斬りかかろうとしていた。
「やられるかよ!」
ロードは素早く膝を曲げ、自分から後ろに倒れ込んだ。ロードの剣を押していた兵士は思わず前につんのめる。地面に仰向けになったロードの上に、その兵士の身体が来る。ロードは思い切り脚を振り上げ、その兵士を頭上に蹴り飛ばした。
勢いづいて吹き飛ぶ兵士の先に、もう一人の兵士がいた。ロードを背後から斬ろうとした兵士だ。
「おあっ!」
「わあっ!」
二人の兵士はもつれ合って倒れた。しかも不運ことに、その拍子に二人の持っていたヒート・ソードが、互いの胸を焼いた。
「ぎゃあああっ!」
鉄をも溶かす高熱だ。二人の兵士の皮膚はあっという間に焼け爛れ、肉さえも溶けただろう。少しして、二人は動かなくなった。
しかし、この二人が死んだかどうか、ロードは確かめなかった。すぐに他の兵士が斬りかかって来たからである。
ロードは相手の剣を受け止め、叫んだ。
「死にたくなきゃ、今すぐ剣を引け!」
だが相手はロードの忠告を聞く気はないらしい。大きく目を見開いて、ロードの剣を押してくる。
「やれやれ、わからず屋が」
ロードは、苦笑した。
その少し後方で、ロムドとライロックも奮戦していた。
ロムドは、敵兵の繰り出す突きを余裕の表情でかわしていた。
「くっ…おのれッ!」
なかなか攻撃が当たらないことに苛立った兵士は、大きく剣を突き出した。その刃はロムドの服の脇腹の部分を焦がした。だがロムドは臆した様子もない。それどころか、ニッと不敵に笑った。
大きな突きは、引き戻すのに時間がかかる。次の突きまでにわずかな隙ができるのだ。ロムドの狙いはそこにあった。
ロムドの突きが、敵が剣を引き戻すより先に繰り出される。それは正確に、相手の喉を貫いていた。敵は無言で倒れる。即死であった。
ロムドは一瞬の間、その死体に哀れみの目を向ける。だがすぐに、新たに向かって来た敵に剣を振るった。
ライロックも、ロードやロムドには劣るものの、確実に敵を減らしていた。
小さな身体と身軽さを最大限に使って、相手の懐に飛び込む。そして、必殺の一撃を見舞うのだ。
まだ幼いライロックでは、鍔迫り合いにでも持ち込まれたら圧倒的に不利だ。それを考慮しての戦法である。ロードやセレナに、何度も教わったことだった。
だが、敵の数は次第に増えてゆく。城の中から、増援が出て来るのだ。
それでも、城にいる兵士がすべて集まったわけではない。もちろん、街を巡回している兵士もまだ戻って来ていない。まだこの襲撃のことが、王城全体に伝わっていないのだ。
とはいえ、いずれ城全体に襲撃のことが知れ渡ることは必至だ。街の兵士たちにも知らせが届くだろう。
そうなったら、城中の兵士と、街中の兵士がここに集まる。パレードの時に他の街から駆り出された兵士たちはすでに帰っているが、それでも数にして四百人ほど。多勢に無勢だ。こちらに勝機はない。
「その時のために、呼んだんだぜ」
敵兵士の喉笛を切り裂いて、ロードが呟く。
「頼むぜ、ジョーレス。間に合ってくれよ」
言うと同時、斬りかかってきた別の兵士の剣を身体を引いてかわす。そして相手が剣を引くより先に、剣を振り上げる。ロードの剣は敵兵士の顔面を下から両断した。粘っこい血液が飛び散り、目玉が転がった。
休む間もなく、次の相手が向かって来る。ロードは剣を構えた。
その時、唸るような音が、辺りに響いた。いや、この辺りだけではない。この音は、王都中に響いていた。
緊急事態を告げるサイレンである。
「いよいよか…」
ロードは、星々の瞬く夜空を見上げた。
「ジョーレス…!」
カールスは、焦っていた。
右目の上に、青紫色の痣がある。ローラを連れて行こうとするガルを止めようとして、殴られたのだ。
ローラがなぜ連れて行かれるのか。理由はすぐにわかった。ヤードがローラを欲しているだ。
「まったく…ロードの奴、何やってんだ…!」
早く何とかしなければ、ローラはヤードに何をされるかわかったものではない。
ガルはローラに、従わなければ仲間を皆殺しにすると言っていた。それをネタに取られれば、ローラはヤードに逆らうことはできないだろう。
このままでは、ローラは…。
「あーっ!」
叫んで、カールスは頭をかきむしった。
「遅い…遅いんだよ…!」
ローラは、ロードのパートナーだ。だからカールスは、自分では意識していなくとも、ロードの親友として、ローラの身に責任を感じていたのである。
ローラに何かあったら、面目が立たない。カールスは、そう思っているのだ。むろん友人として、純粋にローラの身を案ずる気持ちも持っている。
「早く来い、ロード…!」
カールスの向かいの牢の中で、セレナはきつく唇を噛んでいた。
何もできない自分が、悔しくてならないのである。ライロック王子を守る役目であるはずの自分が、こともあろうに敵の手中に落ちてしまうとは。
セレナはここに来てからずっと、それを悔やみ、黙ったままでいた。
情けなかった。自分が、たまらなく情けなく感じられた。
ライロック王子は、今頃どうしているだろうか。敵の目を避けて、必死に逃げ続けているのではないか。
助けなければ。ライロック王子の力となって、戦わなければ。
そう心で思っても、牢の中では何もできない。ライロックの力になるどころか、剣を取って戦うこともできないのだ。
「私は…!」
セレナは、鉄格子を強く握り締めた。
(ライロック王子…!)
その時、唸るような音が聞こえた。
城内が、やけに騒がしい。この地下牢にいても、その空気は感じ取れた。
「あれは…非常時に使うサイレン!」
セレナは、思い出したように叫んだ。それが、向かいの牢のカールスの耳に届く。
「何っ! 本当か、セレナ!」
カールスが、向かいの牢に向かって尋ねた。静かにしろという牢番の叱咤も無視して。
「本当です。あれは、緊急事態を城全体に知らせるための…」
「そうか…」
カールスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「やっと来たか…ロードが!」
「え…?」
「ここに突っ込んで来たんだよ、ロードたちがさ!」
「ロードさんたちが…では、王子も?」
「ああ、おそらく一緒だ」
「そんな、無茶な…」
セレナは呻いた。ここにいる兵士の数は、百人近い。それに街に散らばっている兵士たちが加われば、四百人にはなろう。どう考えても、勝ち目があるとは思えない。
セレナは、がっくりと項垂れた。ライロックの死が、目に見えたからである。
「王子…」
「何をがっかりしてるんだよ、セレナ。俺たちの出番だぜ」
「えっ…?」
セレナが顔を上げる。暗くて距離があるのでよく見えないが、カールスは笑みを浮かべているようだった。セレナにはその笑みの意味が理解できず、ただ目を瞬かせた。
「俺たちが、ライロックたちを助けるのさ。ここを出るぞ」
カールスはそう言って、左手の人差し指を引っ張った。
指を覆っていたカバーが外れ、機械の指が姿を現す。そしてその先端から刃が飛び出した。その刃はカールスの意志で、赤く輝いた。ヒート・ソードと同じく、鉄をも溶かす高熱を帯びたのである。
セレナにもその輝きははっきりと見えた。ヒート・ソードと同じ輝きであることも経験が知らせてくれた。
「…?」
セレナは、じっとカールスの行動を見つめていた。
「よし」
カールスは立ち上がって、一本の鉄格子に刃を当てた。
焦げ臭い匂いと共に、鉄の棒に刃が食い込む。セレナも、他の人々も、驚きの目でそれを見ていた。
「おいっ! 何をしている!」
牢番が、カールスの牢に近寄って来た。この匂いに気づいたのだろう。
「いや…別に」
カールスは手を後ろにやって、指を隠した。
だが、切れた鉄格子は隠しようがない。牢番は匂いの元を探すうちに、その鉄格子に気づいた。
「これは…」
牢番が鉄格子に顔を近づける。その瞬間、カールスは鉄格子の間から素早く指を突き出した。刃のついた人差し指をだ。
牢番は何かを叫ぼうとしたが、声にならなかった。カールスの指が、牢番の喉を貫いていたからだ。
牢番は、仰向けに倒れた。喉から血を流し、苦しそうにもがいている。だが、喉が潰れているため、声が出ない。腕や脚が床を打つ音だけが、地下牢に響いた。
「おい、どうした?」
もう一人の牢番が、地下牢の入口付近にある小部屋から出て来た。普段牢番が詰めている部屋だ。カールスたちから取り上げた武器も、この部屋に置かれている。
牢番はカールスの牢の側まで歩いて来て、何かが足元に転がっているのに気づいた。
足元を見て、双眸を大きく開いた。そこには仲間がいた。その牢番は苦しそうな顔をして、もう一人の牢番の足を掴んだ。
「ヒッ…」
牢番は幽霊でも見たような顔をして、後退りをした。背中に鉄格子が当たる。セレナのいる牢だった。
セレナはこの時とばかりに両腕を伸ばし、牢番の首を後ろから羽交い絞めにした。牢番はもがいて腕を振りほどこうとするが、セレナは渾身の力を込めてそれを阻止した。
「今のうちに、カールスさん!」
牢番は、通常二人のはずだ。この一人を抑えておけば、もう邪魔は入らない。
「おう!」
カールスは急いで鉄格子に刃を食い込ませ、上の部分を、続いて下の部分を切断した。鉄の棒は外側に倒れ、息絶えた牢番の顔に当たった。
「よし、みんな出るんだ!」
カールスは身体を横向きにして、牢から出た。他の人々もそれに倣う。
「お、お前ら、牢から出るな!」
牢番がわめくが、誰も従う者はいない。カールスの牢にいた人々は次々に牢を出て来る。
カールスは牢番の部屋から自分のヒート・ソードを持ってきて、他の牢の鉄格子を切断して回った。最後に、セレナが押さえていた牢番の首を飛ばした後、セレナのいる牢も開放した。
「ありがとう、カールスさん」
セレナは牢から出て礼を言った。カールスは照れた笑いを見せる。
「急ごう。ライロックが待ってるぜ」
「はい!」
セレナは、力強く頷いた。
反乱者たちの、反撃の時が来たのだ。
「行くぜ、カールス、セレナ!」
地下牢の入口から、痩せ型の男が二人を呼ぶ。反乱組織のメンバーの一人、キーツだ。彼はヒート・ソードを掲げていた。他の男たちも、次々と剣を手に取る。
「おう! 今行くぜ!」
カールスは片手を挙げてそれに応え、セレナに向かって頷くと、入口に向かった。セレナも意を決したように唇を引き締めて、走り出した。




