第33話 始動
陽は地平線の向こうに姿を消し、夜がやって来た。
数え切れないほどの星々が瞬き、その中心に、大きな月が金色に輝いている。
惑星ユーフォーラのただ一つの衛星、ルオである。
人々はこの月明かりの下、未だその営みを止めてはいなかった。
街灯の灯った大通りには、未だ多くの人々が行き交きし、ほとんどの商店はまだ、商売にいそしんでいる。昼間ほどではないが、活気があった。
むろん、人々が家路についていない以上、兵士たちも街の巡回を続けている。いつまた、今日のような大規模な反乱が起きるかわからないからだ。反乱分子のほとんどは今日の反乱の失敗で捕えられたが、その残党がいないとも限らないのである。
とはいえ、エルマムド自身はそれほど警戒していなかったから、昼間より兵士の数は少ない。しかしそれでも、市民に威圧感を与えるには充分だった。
活気はあるが、いつも心のどこかで怯えている。それが今のユーフォーラの民であり、夜になっても、それは変わらなかった。
宇宙に閃光が走る。
ユーフォーラの衛星軌道上に、一機の宇宙艇がワープ・アウトしてきたのだ。
色は灰色、形状は大きく開いた二等辺三角形。中型の、高速宇宙艇だ。
アスケロン。
側面に、青字でそう書かれている。この船の名だ。
「ここだな…」
この船の持ち主が、正面の窓から青い惑星を見ながらそう言った。
体格の良い、筋肉質の男だ。無精髭が、豪快そうな顔つきに良く似合っていた。
ジョーレス・ラウマ。それが、この男の名である。
トレジャー・ハンターとして、銀河中を旅する者たちの一人だ。ロードとは知り合いである。
「おい、本当にこの星に、ヤードの野郎がいるんだろうな?」
ジョーレスの背後で、細面の男が言った。目つきが鋭い。背にした異様に長い剣が印象的だった。
名を、シュバルツという。傭兵を生業とする、根っからの戦士だ。
「ロードの言うことだ。間違いないだろう」
ジョーレスの代わりに、まだ少年のあどけなさを残した顔の青年が答える。額につけたバンドの中央に、緑色の宝石が輝いている。名をアリウスといい、ロードやジョーレスと同じトレジャー・ハンターだ。
「嘘を言っても、あいつには何の得もないからな」
「違いない」
水色の髪を手で後ろに流し、アリウスの右隣に立った男が言う。目をみはるような美貌。優雅な雰囲気を持った青年だが、もちろん、ただ者ではない。腰に剣を差しているのはもちろんのこと、銀色の美しい鎧を身に着けている。
名は、バード。竪琴を弾く旅の戦士と自称している。
「つまりだ。とうとう、長年の恨みを晴らす時が来たってことだ」
そう言ってニヤリと笑ったのは、髪を逆立てた青年だ。肩当てのない鎧を着ており、背中に棹状の武器を背負っている。長い槍の穂先に、中型の斧がついている。切りと突きとを状況に応じて使い分けられる武器で、ハルバードと呼ばれるものだ。
この青年も、傭兵である。名は、ゴーランド。
「奴に殺された連中の恨みと一緒にな…」
「そういうことだ」
ジョーレスが頷く。
「で、いつやるんだ?」
ゴーランドが問うた。すでに彼は、興奮しているようだった。
「ん…ロードからの連絡によると…あと三十分だな」
「三十分か…待ち遠しいな」
シュバルツが、残忍な笑いを浮かべた。この男、最近仕事がなくて、身体がなまっていたのである。暴れられるのが嬉しいのだろう。
「その三十分間…ここでじっとしてるのか?」
アリウスが、左の窓に目をやったまま言った。その視線の先には、一隻の巨大な宇宙船がある。
黒と白の、巨大な鮫。ジョーレスたちの、良く知っている船だった。
「ヤードの船だな」
バードが眉をひそめた。
「いつ見ても、趣味の悪いデザインだ」
「ここにいたら、見つからないか?」
アリウスが疑問を口にした。だがジョーレスは平気な顔をしている。
「大丈夫だ。奴らには、この船は見つけられない」
「どういうことだ?」
「この船の装甲は、レーダー波攪乱装甲だ。だから、あの船のレーダーには、この船は映っていないはずだ」
通常、レーダーというものは、発した電波が目標に当たって正確に跳ね返ってくることで、目標の存在を知る。だがその電波を攪乱し、あらぬ方向に飛ばしてしまえば、レーダーには反応しない。電波をキャッチすべきアンテナに、発した電波が跳ね返って来ないからだ。このアスケロンは、そういった機能を持つ装甲でできているのだ。
「だから、安心して待とうぜ」
ジョーレスが、不敵な笑みを浮かべた。
「指定の時刻までな」
「さて、そろそろ時間だ」
暗い下水道の中。コンクリートの歩道に座り、じっと目を閉じていたロードが立ち上がった。
「いよいよか」
ロムドも続いて立ち上がる。顔色から察するに、疲労はすっかり回復したようだ。
その横で腰を下ろしていたライロックも、ヒート・ソードを片手に立つ。その表情は、厳しかった。
「ライロック、心配するな。セレナはまだ生きてる」
ロードが、優しくライロックに笑いかける。肩に軽く手を置いて。
「奴は、反乱分子を見せしめにしようと考えるはずだ。だから、殺す時は、国民の前で大々的にやるはずだ。その兆しがないってことは、まだみんな死んでないってことさ」
ロムドも言って、笑みをたたえる。
「そうなる前に、助け出せばいいんだ。俺たちの手でな」
「はい」
ライロックも微笑んで、しかし決意に満ちた目をして、力強く頷いた。
「まあ、助け出す必要はないと思うがな」
ロードはそう言って、剣を抜いた。そして、柄のスイッチを入れる。
ブン、とヒート・ソードはその刃に高熱を宿し、赤く輝いた。その輝きは、暗い下水道の中で、いっそう明るく見える。
「よし」
ロードはスイッチを切って、剣を鞘に収めた。
「ジョーレスたちが来るまで、あとどのくらいだ?」
ロムドが問う。彼の左手首には、宇宙艇のコンピュータとの通信機を兼ねた時計がはまっていない。彼が言うには、昼間の戦いの中で落としたのだという。
「そうだな…」
ロードが時計を見る。
「あと、二十分てところだろう。その前に、俺たちは城門の内側にいなきゃならない。急ごう」
ロードは時計から目を離すと、下水道の道を歩き始めた。中心街の方向へ。
反乱者たちの残党は、こうして動き出した。
そんな水面下の動きなど露知らず、王城では、豪勢なパーティーが開かれていた。
ヤード・デ・モローを歓迎する宴である。
王城の二階の大ホールをすべて使って、豪華な会場が造られている。
白大理石でできた壁沿いには、名高い芸術家の手による彫刻がいくつも並んでいた。壁には名画や美しいタペストリが掛かっている。天井から下がるシャンデリアは色も形も様々な宝石をふんだんに使ったもので、ホールをきらびやかに照らしていた。
ホールの中央には、長いテーブルがいくつも並べられていて、金の刺繍の入ったテーブルクロスの上には、贅沢の極みとも言えるほどの豪華な料理が置かれている。
このような場所だから、宴に参加している者も、並みの国民ではない。エルマムドに賄賂を贈って商業上の独占権を得、莫大な利益を欲しいままにしている資本家と、その家族がほとんどだ。他には、軍のトップの地位に就いている者と、その家族。皆、かなりの金持ちだ。着ている服も並ではない。まるで自分の裕福さを誇示しているかのように、美しく贅を凝らした服装だった。
そう。これは事実上、貴族階級のパーティーなのである。エルマムドの治世が続けは、彼らは貴族として一般市民の上に君臨するだろう。これは、その前哨とも言える宴であった。
オオッ…。
ホールの奥に立つヤードとエルマムドに注目していた人々が、どよめいた。その目は驚愕に見開かれている。むろん、礼儀を崩さない程度ではあるが。
ヤードの姿が、二つあった。一人は、漆黒の礼服を着ている。そしてもう一人は、白い軍服のような服に、クリーム色のマントを着けていた。
マントを着けた姿は、昼間のパレードの時のヤードの姿と同じであった。
これは、立体映像なのである。だが遠目にはわからない。至近まで近づいて見て、初めてわずかに透けていることに気づく程度だ。
礼服を着たほうのヤードは、小さな円盤型の機械を左手に持っている。これが映写機である。
「これは、インプットさえしておけば、ざっと二億の動きをパターン化して記憶させることが可能です。もちろん、細かい表情や指の動きまでもね。私はこれで、今日のパレードの襲撃から免れたのです」
ヤードが映写機のスイッチを切ると、マント姿のヤードは急速に薄くなり、そして消えた。
「エルマムド殿についても同じ。私たちはこの機械を部下に持たせ、あるいは車に仕掛けておきました。つまり、空港から車に乗り込むまでの私たちは、部下が密かに映し出していた立体映像、車に乗ってからの私たちは、車に仕掛けておいて機械が映し出した立体映像なのです」
「このヤード殿の策のおかけで、反乱組織は壊滅。ユーフォーラに平和がやって来たというわけです」
エルマムドがそう言うと、人々は笑顔と共に、盛大な拍手を両者に贈った。
エルマムドとヤードは、軽く頭を下げてそれに応え、上品な笑みをたたえた。
「さて、私たちの話はここまでです。皆さん、お腹かおすきでしょうから、そろそろ会食を始めたいと思います。私自身、お腹が鳴りそうなものでね」
エルマムドの冗談に、人々は穏やかに笑った。
「どうぞ、おくつろぎ下さい」
エルマムドはそう言って、人々が立っているテーブルのほうに歩み寄った。ヤードも笑みを浮かべて、それに続く。
人々は二人に頭を下げ、このパーティーに招待されたことへの感謝の意を示した。ドレスで着飾った貴婦人などは、エルマムドとヤードの手を取り、次々に唇をつけていった。
料理に手を伸ばす者も出始め、会食が始まった。
広いホールの中に、上流階級特有の、穏やかで上品な笑い声が響いた。
ヤードは人々の歓迎に笑顔で応えながら、心の中ではほくそ笑んでいた。
エルマムドも、ここにいる人々も、誰一人としてヤードに不信感を抱く者はいない。皆、ヤードが自分たちを豊かにしてくれたと、感謝すらしている。これから、自分たちが辿る運命も知らずに。
(愚かなものだ…)
ヤードは一瞬、いつものいやらしい笑いを浮かべた。だが、幸福の絶頂にいる者たちの中に、それに気づく者はいなかった。
会食が進み、十分近く経った頃。
相変わらず貴族的なパーティーは続いていたが、ヤードは席を外していた。
表向きは気分がすぐれないということになっていたが、実際は違う。
ヤードは自室で待っていた。ローラが連れて来られるのを。
歓迎会の後にしようと思っていたのだが、募る思いはヤードを急かしたのである。
ヤードはソファに腰掛け、あのいやらしい笑みを浮かべていた。
ローラがヤードの部屋に来たのは、それから間もなくのことだった。
ガルが、ローラの手を後ろに回して掴んでいる。その澄んだエメラルド色の瞳は、キッとヤードを睨みつけていた。その表情すらも、ヤードは美しいと思った。
「よく来てくれたね、ローラ」
ヤードは穏やかな声で言った。そして、ガルに下がるよう目で促す。ガルは一礼すると、ローラを残し、部屋を出て行った。
「あたしが来なければ、みんなを殺すと脅されたわ」
ローラは、精一杯の憎しみを込めて言った。ヤードは肩をすくめる。
「やれやれ、ガルは強引でいかんな。丁重にお連れしろと言ったのに…」
ヤードは、あたかもそれは自分とは無関係だという素振りをした。だがローラは、その脅しがヤードの差し金であることを容易に察していた。
「ともかく、そこの椅子に腰掛けたまえ。立ったままでは、落ち着いて話もできないからね」
ヤードは、顎で向かいの椅子を示す。木製だが、金の模様の入った美しい椅子だった。
ローラは黙って歩いて来て、その椅子に腰掛けた。
「一体、何の用なの?」
ローラはそう言った直後、背中に冷たいものを感じた。
ヤードが、じっとローラを見つめていたからである。その目つきは、見ていて寒気のするものだった。
「美しい…」
ヤードは、恍惚とした表情で呟いた。ローラが、思わず肩を震わせる。
「まったく、ロードのような田舎者には勿体ない…」
「あなたより、よっぽどいいわ」
ローラは怯える心を抑えて、そう言った。だがヤードはローラの心の内を悟ったのか、ニヤリと笑った。
「そんなに怖がることはない。それに、私は君が思っているような男ではないよ。いずれわかることだがね」
「そうかしら」
ローラはヤードから顔を背けた。
「おやおや、ずいぶん冷たいんだな」
ヤードは苦笑した。
「一体、あたしをどうしようって言うの?」
「私のものにするのさ」
さらりとヤードは言った。ローラの双眸が見開かれる。
「あたしを…」
「私は、君を愛しているのだよ。だから、君を手に入れる。当然ではないかね?」
「お断りよ!」
ローラは叫んで、椅子を立つ。そしてつかつかと部屋をドアのほうに歩いて行った。
「牢に戻るのかね?」
皮肉めいた口調で、ヤードがローラの背中に声を掛ける。
「そうよ! こんなところよりは、ずっと居心地が良いもの!」
ローラがドアを開ける。ヤードはまたニヤリと笑って、こう言った。
「君が、仲間の命を握っているのだよ?」
途端、ローラの足が止まった。ゆっくりと振り返る。
「あなたって人は…!」
ローラは、怒りに震えていた。怯えた心を、憎しみが支配した。
「さあ、戻って来たまえ。そして、お互いもっと知り合おうじゃないか」
ヤードのいやらしい目つきが、ローラの全身を値踏みするように見つめていた。
再び、ローラの背中に寒気が走った。




