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第30話 パレードの罠-後編-

 一方、一瞬早く罠に気づき、ビルから飛び降りなかったロードたちも、戦いの中にいた。

 襲撃が始まった直後、洋服店の中に十人近くの兵士たちが突入して来たのである。

 反乱者たちがここにいることも、敵に知られていたのである。おそらく兵士たちは、ロードたちが来るよりずっと前から、このビル内に潜んでいたのだろう。

 言うまでもなく、戦いになった。

 剣と剣とが火花を散らし、洋服に掛かっていた布に焦げ目を作った。

 ロードたちは必死で兵士たちの囲みを突破し、ビルの裏口に向かった。襲撃が失敗した今、長くここにいては危険だからだ。いずれ応援が来て、敵の数は増えるはずだ。その前に、ここを離れなければならない。

 エルマムドとヤードがここにいないのなら、留まって戦ったところで意味はない。それよりも生き延びて、もう一度チャンスを掴むことのほうが大事なのである。

 兵士たちが迫って来る中、大急ぎで階段を下り、裏口のドアを開ける。だがそこにも、敵兵士が待ち構えていた。

 数は二十人ほど。追ってきた敵を合わせると、三十人になる。それを、たった七人で相手しようというのだ。戦えない数ではないが、危険だ。しかもここはビルとビルとの間に挟まれた狭い通りで、戦いにくい場所だ。

 しかし、危険でも、今は死ぬわけにはいかない。戦って、この囲みを突破し、生き延びなければならない。エルマムドを、そしてヤードを倒すために。

 兵士の剣が、ロードの頭部目掛けて振り下ろされる。ロードはそれを剣で受け、左脚で兵士の腹を蹴った。

「ぐふっ!」

 剣を持っていないほうの手で、兵士は腹を押さえた。そこに、一瞬の隙ができる。

 ロードは剣を斜め上に払って、上半身を傾けた兵士の首を切った。

 ゴロン、と首がアスファルトに転がる。

 その兵士の首の上に、別の兵士の身体が倒れ込んできた。嫌な音がして、首が潰れる。

 ライロックが倒した兵士だった。ライロックはロードに駆け寄り、並んで剣を構えた。白い頬に、返り血がついている。

「ロードさん」

「何としても、逃げ延びるぞ!」

「はい!」

 二人はほぼ同時に駆け出した。目前に、二人の兵士が立ち塞がる。その向こうには、兵士の姿はない。狭い道が伸びるのみ。この二人を突破すれば、逃げられるのだ。

「怯むな、突っ込め!」

「はいっ!」

 ロードは右側の兵士の剣を横っ飛びでかわすと、その脇腹に刃を突き立てた。抜くと同時、兵士は呻いて(うずくま)る。

 ライロックは兵士の振り下ろした剣を受け止め、鍔迫り合いを展開していた。

「ちっ」

 いったん囲みから抜け出たロードだったが、それを見ると、急反転してライロックを助けに行った。

 まだ子供であるライロックには、鍔迫り合いは圧倒的に不利である。力は、相手のほうが数段上なのだから。

 兵士が押し切ろうとする。だがそこへロードが駆けつけた。ロードの剣が一閃すると、兵士は背中を切られてのけ反った。剣を落とし、仰向けに倒れる。真っ赤な血がアスファルトの上に広がり、どす黒い染みになっていった。

「ロードさん」

「逃げるぞ!」

 ロードは、ライロックの手を引いて走り出す。ライロックは、思い出したように後ろを振り返った。

「みんなが…!」

 ロードとライロックの背後では、セレナやロムドたちが、未だ敵兵士を相手に剣を振るっている。ライロックは、彼らを置いて行くことに後ろめたさを感じた。特に、セレナを置いて行くことを。

 だが、ぐずぐずしていては、また敵が来てしまう。運よく包囲を突破できたのだから、この好機を逃す手はない。ロードはそう思ったから、強引にライロックの手を引いた。

「止まるな! 逃げるんだ!」

 ロードが叫ぶ。ライロックは、走り出しながらも、絶えず後ろを振り返った。

 その時、一瞬だが、セレナと目が合った。セレナは、兵士の剣を受け止めたままの格好で、ライロックに微笑みかけた。疲労の色が濃かったが、まだその笑顔は輝いて見えた。

 私のことは心配いりません。逃げ延びて下さい、王子。

 セレナの目は、そう言っていた。ライロックは、

「すまない、セレナ」

と呟くと、前を向いた。

 セレナはそれを見送ると、敵兵士の剣を、渾身の力を込めて押し返した。腕力では敵のほうが上だが、セレナにはそれを上回る気力がある。兵士はよろけ、セレナの剣を脳天に受けた。

 ヒート・ソードはその高熱で、敵兵士の頭部を溶かしながら両断した。

 セレナは素早く剣を抜いて、次の相手に備える。

「私も、生き延びなければ…!」



 ロードとライロックは、いくつもの角を曲がり、大通りからできるだけ離れた。

 途中で別の兵士にも見つかったのだが、それもうまく撒いたようだ。

 二人は走る速度を緩め、近くの狭い路地に入ると、立ち止まった。

「ハアッ、ハアッ…」

 二人は上半身を傾け、膝に両手を当てて、荒い息をした。

 近くに、人の気配はない。どうやら逃げ切ったようだ。

 しかし、安心はできない。いつ、ここを兵士が通りかかるかわからないのだ。兵士は、街中に散らばっているらしいのである。むろん、反乱分子を一掃するために。

 ロードは、足下のマンホールの蓋を開け、ライロックを先に降ろしてから、自分も中に入った。ここなら、地上を行くより見つかる可能性は低い。

 下水道が走っているので、あまり良い匂いはしなかったが、贅沢は言っていられない。

 念のためにもう少し中心街から離れてから、ロードらは足を止めた。

 下水道に沿った、コンクリート造りの歩道に腰を下ろす。ライロックもそれに倣い、ロードの隣に座った。

「…どうするんです、これから…?」

 ライロックが不安げに言う。息はまだ荒かった。

「どうするって…」

 ロードは、下水道の天井を見上げた。暗くてよく見えないが、苔がこびりついているようだ。

「とりあえず、本部に戻るしかないか…」

 だが、こうなっては本部も安全とは言い切れない。エルマムドが本部の場所を把握していないとも限らないのである。

「見つかってなきゃいいがな…」

 投げやりな言い方だったが、ロードは内心、本部がまだ無事であることを祈っていた。

 本部には、ローラがいるのだ。反乱の戦いを見せたくなかったので、ロードが連れて来なかったのである。ローラもああいう性格だから、残ることを承知した。

 もし本部が敵に襲撃されたりしたら、ローラは殺されるか、捕えられてしまうだろう。もちろん本部にいるのはローラ一人ではない。組織のメンバーも何人かいるはずだ。負傷やその他の理由で、反乱に参加できなかった者たちが。だがまともに戦える者は、皆、本部の外にいる。襲われたら、ひとたまりもないだろう。

 ロードは心配になって、左手首にはめた時計のスイッチを入れようとした。これは通信機になっていて、同じ物をローラも左手首にはめているのである。

「無事でいてくれよ…」

 ロードは思わず、呟いていた。

 その時、ロードの時計が鳴った。甲高い電子音だ。

 ロードはスイッチを押していない。ということは、ローラからの通信だ。

「まさか!」

 ロードはスイッチを入れた。直後、騒々しい音が小さなスピーカーから聞こえてきた。何かが壊れるような音、そして、たくさんの人の足音だ。ロードとライロックは、嫌な予感に顔を見合わせた。

『ロード! ロード!』

 ローラの声だ。かなり緊迫している。

「どうした、ローラ!」

 ロードが通信機に向かって叫ぶ。下水道なので、その声は大きく反響した。

『ロード? ロードね?』

「ああ、そうだ。どうした、何があった!」

『ロード、ここには来ないで! 絶対に!』

 ローラが、必死に叫んでいる。それに混じって、悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 予感が的中してしまった。ロードは、一瞬呆然とした。

『いい? 絶対に戻って来ないで…ああっ!』

 この言葉を最後に、音信が途絶えた。ザーッという音が、スピーカーから洩れてくる。おそらく、通信機を壊されたのだろう。

「ローラ! ローラ!」

 もう、返事はない。雑音だけが、ロードの呼びかけに応えていた。

「く…くそ…」

 ロードはスイッチを切ると、拳を強く握った。そして、歯を強く食いしばる。

 本部は、敵兵士に襲撃されたのだ。やはり、エルマムドは本部の位置を知っていた。組織の中にスパイがいたのだろう。そうとしか考えられない。

 しかし、それに気づいたところで、もう遅い。計画は失敗し、本部は占拠された。組織のメンバーもほとんどが殺されるか、捕えられたかしただろう。

 まったく、いいところがない。それに加えて、ローラまでもが…。

「ローラ…」

 ロードの声は、怒りに震えていた。

「ちっくしょお!」

 下水道を震撼させるほど、ロードは強く叫んだ。激しい怒りと悔しさを滲ませて。

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