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第28話 パレードの罠-前編-

「…というわけだ。どうしたものかな?」

 ユーフォーラの王城。国王の私室。

 飾り立てられた豪華な部屋の一角、黄金のテーブルの上に、小型のモニターが乗っている。

 それを、一人の男が見ていた。

 細く、痩せこけたような輪郭。不敵に歪んだ目。

 ユーフォーラ皇帝、エルマムド・ラーダである。

 彼はソファに深々と座り、頬杖をついて、モニターを見ている。通信衛星を介して、宇宙空間にいる男と話しているのである。ここから数十光年も離れた場所にいる、仲間と。

 いや、仲間と思っているのは、エルマムドだけかも知れないが。

 モニターに映っているのは、金髪の、中年の男だ。年齢は四十を過ぎているだろう。エルマムドと、どことなく雰囲気が似ている。嫌味そうな顔つきだ。

 ヤード・デ・モロー。銀河連合評議会の有力議員である。ロード曰く、汚れきった。

「なるほどな…パレードは、襲撃にはうってつけというわけだ」

 ヤードは、クックッと笑った。

「だが、それは暗殺する相手が愚か者であった場合にのみ成功する。今度の反乱には成功の可能性はないよ。私は愚か者ではないからな…」

「ならば、何か策があるのか?」

 エルマムドが問うと、ヤードは口角を吊り上げた。

「あるさ。暗殺を失敗させるだけでなく、反逆者共を一網打尽にする策がな…」

 ヤードの顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。

 エルマムドはヤードの表情を見て、安心を覚えた。ヤードがこういう笑みを浮かべた時は、大抵がうまくいく。

「案ずることはない。私の言う通りにすれば、すべて順調に進んで、終わる」

「反逆者共は、一巻の終わり…私の独裁は、さらに完全なものとなる…」

「そう…お前の帝国が、完成するのだよ…」

「くっくっ…」

「フフフ…」

 二人の野心家は、低く笑った。

 反逆者たちが、自分たちの計画の失敗に絶望する様子を思い浮かべて。

 パレードは、大衆の面前で行われる。そこて反逆者たちを打ちのめせば、大衆への見せしめとなる。偉大なる皇帝に逆らった者の末路を、民は目の当たりにするのだ。

 そうなれば、以後二度と、エルマムドに反旗を翻そうと企む者は現れまい。

 反乱の好機であるパレードは、逆の意味で、エルマムドにとっても好機なのである。

「仕掛けて来い、反逆者共。返り討ちにしてくれるわ…」

 エルマムドの笑いは、高らかに私室の天井に響き渡った。



 陽は昇った。

 快晴。雲一つない、抜けるような青空が広がっている。清々しい朝だった。

 早起きの人々が、通りを散歩している。広場でも、早くから子供たちが走り回っていた。

 一見、いつもと変わらない朝だ。いつもと同じ、穏やかで爽やかな朝。

 だが、今日は特別な日だ。皇帝にとっても、反乱組織にとっても。

 ヤード・デ・モローがこの王都に来る。

 王子ライロックがアスリーンに帰って来てから、四日目。ヤードのユーフォーラ訪問の日なのである。

 そう。反乱計画実行の時。いよいよ、エルマムド暗殺の時なのだ。

 ライロックは、酒場の前に出て、朝日を身体一杯に浴びた。ライロックやセレナ、ロードたちは、この酒場に寝泊まりしているのである。

 酒場の二階は、宿になっている。そこを借りているのである。ロムドも、その一つの部屋に住んでいた。

「今日、か…」

 ライロックは、小さく呟いた。少し緊張した面持ちだ。

 無理もない。いくら王子とはいえ、まだ十三歳の少年なのだ。一抹の不安を感じたとしても、当然だろう。

「エルマムド…」

 ライロックの脳裏に、あの反乱の日のことが浮かんだ。

 強力な敵兵士たち。次々と倒されてゆく、王城警備隊。廊下に散る鮮血。自分を逃がす時に見せた、父の厳しい顔。そして、優しかった母の微笑。

 すべてが、散った。

 エルマムドの反乱によって、ライロックは多くの者を失ったのである。

 父や母。側近たち。警備隊の兵士たちや、召使い。

 皆、ライロックには優しかった。王子だからというわけではない。純粋に、一人の少年として、ライロックに優しく接してくれたのである。

 それを、すべて奪ったエルマムド。そして今、ライロックからだけでなく、何の罪もない民からも、大切なものを奪おうとしている。平和で穏やかな生活という、何物にも代えがたい財産を。

 許せない。ライロックは思った。

 倒す。エルマムドを、今日、この手で。

 ライロックは、握った拳に力を込めた。

「おう、早いな」

 背後から、声がかかった。振り向くと、酒場の入口辺りに、ロードが立っていた。

「おはようございます。ロードさんも、早いですね」

「ああ。何か、早く目が覚めちまってな。久々に暴れられるから、興奮してるのかもな」

 ロードが、片目をつむった。

 冗談めいていたが、その顔は、本当に嬉しそうだった。

 それというのも、ここに来て三日間、ロードたちは酒場の二階を宿にし、やけにゆったりとした生活を送っていたのである。

 それとなく街を歩き、その構造を頭に入れたりはしたが、その他は特にすることもなく、買い物をしたり、広場でくつろいだりしただけだった。

 ロードにとっては、退屈で仕方のない日々だった。トレジャー・ハンターを生業とするロードには、刺激のない暮らしはたまらないのである。カールスも同様で、この三日間の彼は、実につまらなそうだった。

 だからと言って下手に活動を行えば、エルマムドは警戒し、反乱計画がやり難くなるというのが、ワイラーの主張だった。反乱の兆しを悟られないように、というのである。

 だから、昨日行われた、エルマムドの演説会も襲わなかった。

 そこでエルマムドは、ヤード・デ・モローの訪問が意義のあるものであること、これを機に、ユーフォーラももっと他星への進出に力を入れるべきであることを熱弁した。

 だが、反乱組織はこれを襲撃しなかった。エルマムドの言う進出とは、侵略を意味するに他ならないことをわかっていながら、だ。

 それも、反乱計画を成功させるためだった。エルマムドを油断させるために、彼の偽りの熱弁に目を瞑ったのである。

 しかし皮肉なことに、襲わなかったことが、活動を一時中断させたことが、かえってエルマムドに、パレードが狙いであることを確信させる結果になった。むろん、ロードたちはそのことを知らないのだが。

 とにかく、ロードは久しぶりのスリリングな一日を、楽しみにしているようだった。

「やろうぜ、今日は」

「はい」

 ライロックが、力強く頷く。その顔は、初めて会った時よりも数段逞しくなっていると、ロードは思った。

「いよいよ、ライロックも国王陛下か…」

 ロードが、青い空を振り仰ぐ。ライロックは肩をすくめた。

「まだ、わかりませんよ。エルマムドを倒すまで…」

「そして、ヤードをぶっ倒すまでな」

 ロードが忌々しげに言うと、ライロックは苦笑した。

「ロードさんは、よっぽどモローという人に恨みを持っているのですね」

「当然さ。奴は、俺たちの天敵だからな」

 ヤード・デ・モローは、評議会の一員という権力と私設の軍隊をもって、ずいぶんと好き勝手をやっている。その一環で、トレジャー・ハンターが手に入れた宝を、何度も横取りしているのだ。

「奴は、逆らう者は誰であろうと殺しちまう。俺の仲間にも、お宝を渡すのを拒否して、殺された奴がいる。いい奴だったのにな…」

「そう、ですか…」

 ライロックは、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。ライロックの言葉のせいで、ロードは悲しい記憶を思い出したのである。

 ロードの目が、厳しくなっていた。憎しみを込めた眼光だった。

「今日が、絶好のチャンスだ。奴に、俺たちの恨みをぶつけてやる…!」

 これはロードにとっての戦いでもあるのだと、ライロックは理解した。

 ある意味、復讐だ。ロードが嬉しそうなのは、ヤードを倒す機会が来たからという理由もあるのだろう。

「絶対に成功させるぞ、ライロック」

 ロードは、真剣な表情をライロックに向けた。

「そして、お前は国王だ」

 ライロックは、頷く。強く、唇を引き締めて。

「当然です、ロードさん」

 二人は笑みを交わし、しっかりと握手をした。

 その時、上のほうから、透き通った声が聞こえてきた。ローラだ。二階の窓から、半身を乗り出している。

「何やってるの、二人とも?」

 ロードとライロックは顔を見合わせて、笑んだ。

「男同士の話さ」

「…?」

 ローラが、よくわからないといったふうに、小首を傾げた。ショートの金髪がハラリと垂れ下がり、風になびいた。

 ロードはそれを、純粋に綺麗だと思った。

「ローラには、見せたくないな」

 ロードは、そっと呟いた。

 ローラには、反乱の戦いを見せたくない。ロードは、そう思った。

 人が死ぬのを、ローラは何よりも嫌う。だから、大勢の血が流れると思われるこの反乱は、ローラには見せたくないのである。

(ローラは、ここに残すか…)

 ロードは、心の中で呟いた。

 そんなロードの思いやりを悟ったのか、ライロックは、微笑んだ。



 陽が、天頂に達する頃。

 街の大通りに、緑色の制服を着た兵士たちが集まり始めていた。

 ヤード・デ・モローの出迎えを強制された人々も、少しずつ大通りにやって来る。大部分の人は、浮かない顔をしていた。

 政治の乱れを受けた、一般市民たちだ。失業とまではいかないまでも、独占企業の物価引き上げや増税の波を、まともにくらっている。生活は、苦しかった。

 そんな人々が、その原因を作った張本人の歓迎をしろと言われれば、浮かない顔になるのも当然だろう。国民もすでに、ヤードがエルマムドの後ろ盾であることに気づいているのである。

 その中で、本気でヤードを歓迎しようと大通りに出て来た者もいる。エルマムドの統治に入ってから莫大な利益を得た、独占企業の資本家たちである。彼らは、贅沢な礼服を着込んで、ヤードが来るのを待っていた。

 人々はそれを快く思わなかったが、周りには兵士が大勢並んでいたため、暴動が起きるようなことはなかった。

 こうして、ヤード・デ・モローを迎える準備は整っていった。



 同じ頃、反乱組織のほうでも、パレード襲撃の準備が着々と進んでいた。

 メンバーたちは一度、例の酒場の地下に集まり、計画の再確認を行ってから、それぞれ街の中に散った。

 襲撃の場所は、天使の広場の出口。宇宙港と王城の、ほぼ中間に当たる場所だ。

 そこで、ヤードとエルマムドを襲う。パレードの際、二人はおそらく同じ車に乗る。だから、それ一台を狙うのだ。

 だが車といっても、反重力システムを利用したフライング・カーである。地上からの襲撃だけでは、成功は難しい。フライング・カーの飛行高度は、五メートルが限界だが、それでも飛ばれてしまっては、手が出せなくなる。銃器を使用しないからだ。

 そこで、反乱者たちは、二手に分かれた。

 エルマムドが来るまでは出迎えの一般人に混じって、車が来たらそこから飛び出して襲い掛かる者。それと、車を上から攻める者である。広場の出口の両側には、三階建ての建物が並んでいる。その中の二階に潜み、襲撃の時になったら、窓からヤードとエルマムドの乗った車に飛び降りて行くのである。

 これは、人混みに紛れて襲撃してくることを警戒している兵士たちの裏をかくという狙いもある。つまり、人混みから飛び出す者は、囮なのだ。兵士たちがそちらに気を取られている隙に、上から襲撃するのである。

 ワイラーは、成功の確率は高いと言っていた。

 ライロックは、そうあって欲しいと思った。この機会を逃せば、エルマムドはともかくヤードを倒すことはできなくなってしまうのだから。

 今、ライロックは、広場から王城に向かって右側のビルの二階にいる。閉店した洋服店のようで、売れ残ったまま放置された洋服が、ハンガーに掛けられたまま、白い布を被せられている。売り払わなかったということは、店主はいつかまた、営業を再開したいと考えているのだろう。いつのことになるか、わからないというのに…。

 そこには、ロードやセレナ、ロムドもいた。他に、剣の腕に覚えのある者が四人ほど。皆、元は軍人である。王都警備隊や国防軍。ワイラーのように、エルマムドの下で働くことを拒否した者たちだ。

 上からの襲撃は、言わば本命である。だから、手練れの戦士たちがここに揃っていた。同様に、ワイラーやカールスは、向かいのビルに潜んでいる。

 ライロックは、初めは本部に残るように言われたのだが、無理を言ってついて来た。どうしても自分の手で、エルマムドを討ち取りたかったのである。

 ワイラーに言わせれば、ライロックは国王となるべき大事な身体。何かあってはいけないと言うのだが、ライロックは、頑として譲らなかった。

 国王となるべき者なら、自らの手で政権を取り戻すべきだと、ライロックは主張したのである。他人を頼って手に入れた玉座など、国民が許さないだろうと。自分自身の手で政権を取り戻してこそ、国民に受け入れられるだろうと。

「私は、まだ子供だ。だからこそ、国民に国王として認められるためには、私の強さを見せなければならないのだ。エルマムドを、この手で倒してな」

 ライロックは、そう言った。

 それから、色々と押し問答をした挙句、とうとうワイラーはライロックの同行を認めた。それにはもちろん、ロードやカールスの助け舟があったことは言うまでもない。セレナも、ライロックの主張を認めた。ライロックが一度言い出したらきかない性格であることを、セレナはよくわかっていた。

 そういうわけで、ライロックも、ビルの中に身を潜めることになったのである。

「ひゃー、いるいる。悪党の手先共が」

 ロードが、窓から通りを見下ろして言った。

 緑色の制服を着た兵士たちが、ズラリと並んでいるのである。おそらくこの列は、宇宙港の前から王城まで続いているのだろう。数にして、四百人は下らない。

「王都の兵士だけじゃねえな、この数」

 元兵士の一人が言った。痩せてはいるが、すばしっこそうな男だ。名は、確かキーツと言った。

「近くの街からも集めたな。こりゃ、厄介だぜ」

「なあに、大丈夫さ」

 ロードがニヤリと笑った。

「あいつらは、所詮は飼い犬だ。飼い主が死んでしまえば、何もできやしないさ」

「ましてや、奴らは飼い主に心底忠誠を誓っているわけじゃない」

 ロムドが言葉を継ぐ。彼の口許にも、笑みが浮かんでいた。

「奴らは、地位と金で買収されているだけだ。エルマムドが死んでも、仇を討とうって奴はいないよ」

 今エルマムドが配下に入れている兵士たちは、地位と金を餌に、無理やり従わせた者たちばかりである。エルマムドを心から崇拝している者など、いないのだ。先王ストーラの代なら、そういう者は大勢いただろうが。

「要は、親玉を討っちまえばいいだけのことだ」

「犬共には、構っちゃいないよ」

 ロードとロムドは、顔を見合わせて笑った。

「いよいよ、ヤードも最期だな」

「ああ。奴に殺された連中の恨みを、思い知らせてやる」

 ロードは、無意識に腰のヒート・ソードに手を掛けた。

「来やがれ、ヤード…!」

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