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第27話 明かされた黒幕

「へ…?」

 ロードが、拍子抜けしたような声を出す。それを聞いていたライロックとセレナも、驚きの声を上げた。

「そんな馬鹿な…」

 ライロックの言っていた抜け道は、王族しか知らないものであり、宰相であったエルマムドが知っているはずがないのである。

 だが、その抜け道は、確かに塞がれているという。

 ワイラーによると、以前、この反乱組織の本部に、王妃に仕えていた側近がいたのだという。その側近は、エルマムドの反乱が始まった時、王妃と共にいたのだが、王妃の計らいで、数人の仲間と共にその抜け道から王城を脱出したのである。その側近の情報を元に、反乱組織はエルマムド暗殺のため、何人かの刺客を送り込んだ。つまり、ロードたちがしようとしていたことを、ずでに反乱組織は実行していたのだ。

 結果は、失敗。刺客は出口のある謁見の間から王の私室に行く途中で兵士に見つかり、惨殺されてしまったのだという。ただ一人生き残った刺客の男も、深手を負って、王城の外で待っていたワイラーに計画の失敗を告げると、息を引き取った。案内役を買って出た側近も、城内で殺されてしまったのだ。

「これが原因で、エルマムドは謁見の間を徹底的に調べ、抜け道を発見したらしい。何日か後に抜け道の入口に行ってみると、入口は鉄板で塞がれており、兵士が見張りに立っていた」

 ワイラーはそう言うと、ロードとカールスの顔を順に見た。

「…抜け道は、もう使えないのです」

「何てこった…」

 ロードは、大きくため息をついた。

「計画が台無しだぜ、まったく…」

「では、王城に忍び込むのは無理か…」

 ライロックも、残念そうに下を向いた。そんなライロックを気遣うように、セレナはそっと王子の肩に手を置いた。

「それだけじゃないんだ」

と、ロムドがまた口を開く。

「それだけじゃない…どういうことだ?」

「エルマムドを倒しても、根本を断ったことにはならないってことさ」

「根本…? つまり、エルマムドの他に、まだ親玉がいるってことか?」

 カールスが問う。ロムドは、大きく頷いた。

「というより、そいつが黒幕だな。エルマムドがいなくなったとしても、そいつはまた新しい野心家を王に仕立てて、ユーフォーラを支配させようとするだろうな」

「何者だ、そいつは?」

「お前たちも、よーくご存じの奴さ。反乱の日、王城に攻め込んだのは、この国の軍隊じゃなかったんだ。そいつらは、灰色の防護服に、黒いプロテクターを着けていた…」

「何っ!?」

 ロムドの言葉に、ロードとカールスが声を上げる。ローラも、ハッと顔を上げた。

 灰色の防護服に、黒いプロテクター。そういう姿の兵士を、ロードたちは知っている。それも、悪いイメージで。

 そう。ロードもつい一ヶ月ほど前、その兵士たちに、せっかく手に入れた財宝を奪われたのだ。

「あの野郎か…」

 カールスが、呻くように言った。名前を口にするのも嫌なようだ。

「ヤード・デ・モロー…」

 ロードは、拳をぐっと握り締めた。

「誰です、その人は…?」

 ライロックが問う。ライロックは、ヤードのことを知らない。

「銀河連合評議会のお偉いさんだ。汚れきった、な…」

 ロードは、吐き捨てるように言った。

「そうか…奴が黒幕か…」

「そうだ。奴は、エルマムドの反乱に手を貸すことを条件に、莫大な金をエルマムドから得ている。奴は、そうやって自分の富を増やしてるんだ」

「汚ねえ…」

 カールスが呟く。

 ヤードは、その強力な私設軍隊をもってトレジャー・ハンターの獲物を横取りしてきたことで、彼らの不評を買っているのだ。

「わかったろ。エルマムドを倒すだけじゃ、駄目なんだ」

「じゃあ、どうするってんだよ?」

「もちろん、倒すさ」

 ロムドがそう言って、隣に座っているワイラーに視線を向けた。ワイラーは頷いた。

「チャンスがやって来るのです」

「チャンス?」

「そうです。四日後に、そのモローが、ユーフォーラの視察にやって来るのです」

「ヤードが来る?」

「そう。その時、エルマムドとヤードの二人が揃う。この機に二人とも倒してしまえば、ユーフォーラに平和がやって来るんだ。だから手伝ってくれ、ロード。カールスも」

 ロムドが、ロードを真剣な、かつ正義感に溢れた眼差しで見つめる。次いで、カールスの浅黒い顔を。

 二人は、ロムドの視線に熱いものを感じて、目線を外した。

 ロードとカールスは、本来、こういうシリアスな雰囲気は苦手なのである。

 だからといって、窮地に陥っている者を見捨てられるほど、冷徹なわけでもない。

 だからローラは、ロードたちがロムドの申し出を引き受けるだろうと思った。

 自然と、笑みがこぼれる。

 トレジャー・ハンターは、確かに裏の稼業である。社会の表で活躍することはないだろう。だが、そういう人たちは大抵、人情深く、気のいい者たちなのだ。

 ローラは、ほぼ一年間ロードのパートナーをやってきて、それをよく知っていた。

 案の定、ロードとカールスは、渋ってはいるが、否定的な態度は取っていない。

「頼む、二人とも。反乱組織の中には、お前たちのような手練れが少ないんだ。確かに元軍人もいるが、数が足りない。大部分は、職を失った労働者なんだ。お前たちのような手練れの戦士が、今の組織には必要なんだ」

 ロムドの懇願に、ロードとカールスは顔を見合わせ、肩をすくめる。

「私からも、お願いします」

 ワイラーも頭を下げる。ワイラーはロードたちの実力を知っている訳ではないが、ロムドの話から、かなりの戦士だと察したのである。また、戦士としてのワイラーの勘も、そう告げていた。

 熟練した戦士は、相手の雰囲気から、その強さを察知することができる。それに近いものだ。

「…どうする?」

 ロードが問う。カールスは天井を仰いだ。

「頼みます、二人とも!」

 最初にドアに出た男が、ワイラーに続いて頭を下げた。ワイラーとロムドがここまで頼むのだから、相当の強者だろうと判断したのだ。

 強い者なら、味方にするに越したことはない。数が少ないゆえに、一人でも多くの強力な味方が欲しいのだ。

「頼む、坊主!」

「俺からも頼む。協力してくれ!」

「この通りだ!」

 本部にいた男たちが、次々と頭を下げる。

 そして。

「ロードさん。お願いします」

 ライロックとセレナも、頭を下げた。

 ロードとカールスは少々圧倒され、身体を引いた。

「どうするの、ロード?」

 ローラが、微笑みを浮かべて聞いてきた。その表情は、ロードが断れないことを知っているようだった。

「お前こそいいのか? こいつらに協力したら、俺はエルマムドとヤードを殺すかも知れないぜ?」

「ここまで来たら、仕方ないわ。できれば、人殺しは止めて欲しいけど…」

 でも、それができない場合があることも知っている。だからローラは、ロードを止めなかった。

「そうか…」

 ロードは、下を向いた。そして、意を決したように顔を上げる。

「わかった、わかったよ。どうせ、俺たちの計画は潰れちまったんだ。協力するしか、ねえだろうがよ」

「ロード…!」

 ロムドが、パッと明るい顔をする。人懐っこい笑みだ。

「チェッ」

 仕方ない、と言いたげに舌を打つ。ローラは、クスリと笑った。

 ロードが承諾した。

 となると、全員の視線は、否が応にもカールスに集まる。

 カールスは、数多くの視線を一身に浴びて、身体を固くした。

「カールス殿」

「カールス…」

 カールスは、少し黙った後、声を上げた。

「あーっ! わかったよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」

 その瞬間、反乱組織の男たちは、歓声を上げた。

「新しい仲間の誕生だ!」

「よろしく頼むぜ!」

 場は、和やかな雰囲気になった。

 その雰囲気に包まれて、ロードとカールスは、苦笑を交わし合った。

「しゃあねえな…」

 ロードが言う。カールスが頷いた。

「ああ…」

 二人は、豪快に笑い合う反乱者たちを見て、微笑んだ。今度は苦笑ではない。決意を秘めた笑みだった。

 二人は、ほぼ同時に思っていた。

(やってやるか…)

 そして、厳しい顔をする。口角を少し吊り上げながら。

(見てろ、ヤード…!)



「何?」

 そう言って、細面の男が、窓から目を離す。

 その視線の先には、初老の男が(ひざまず)いていた。銀の糸で刺繍を施された、灰色のゆったりとした服を着ている。

 現ユーフォーラ帝国宰相、オサミス・フローだ。

 ここは、王都の中央に建つ、白い王城。その三階にある、国王の私室だ。

 飾り立てられた、華やかな部屋。白い大理石造りの部屋に、金や銀の調度品が並んでいる。そのため、大理石特有の落ち着いた雰囲気が覆い隠されていた。

 細い輪郭の男は、この国の独裁者。ユーフォーラ皇帝を称するエルマムド・ラーダである。

 オサミスが入って来るまで、エルマムドは私室の窓から、街を見下ろしていた。自分の支配下にある都市を。

「ライロックが、戻って来たと?」

 その口調には、驚きの他に、嬉しさも混じっているようだ。口が、弓型に曲がっている。

「確かなのか?」

「は…つい先程、街を巡回中の兵士が、反乱組織の首謀者ワイラーを発見、追跡したのですが、そこへ邪魔が入ったのです。三人の兵士が、死亡しました」

「それで?」

「そのワイラーを助けた者が、ライロック王子らしいのです。たまたま現場を通りかかった兵士が隠れて様子を窺っていたのですが、その兵士が申しますには、ワイラーを助けたのは、少年と女。ワイラーはその少年のことを、確かに王子と呼んだ、と。また、女のほうは赤い髪をしていたという話です。ほぼ間違いなく、セレナでしょう…」

「そうか…」

 エルマムドは、また窓のほうに身体を向けた。

「他にも、三人ばかり味方がいたようですが、おそらく、反乱組織の者と思われます」

「なるほど…」

 エルマムドは、クックッと喉の奥で笑った。

「帰って来たか、とうとう…」

「その兵士の話では、王子は反乱組織の本部に向かったそうですが」

「当然だろうな。しかし、こんなに早く戻って来るとは…クックッ…」

 エルマムドは、愉快そうだった。肩が、わずかに上下している。

「反逆者とつるんで、私を倒そうという魂胆か…面白い」

「皇帝陛下、いかが致しますか?」

「放っておけ」

 エルマムドが、オサミスを一瞥した。いやらしい輝きを帯びた目だった。

「は…?」

「こちらから、わざわざ動くことはない。時が来れば、向こうからのこのこやって来る。その時に決着をつければよい」

「はっ…」

「ふふ…」

 エルマムドの笑いは、止まらない。

「戻ってきおった…ライロックが…ふふふ…」

 今度こそ、王家の血を根絶やしにしてくれる。

 エルマムドは、自信に満ち溢れた表情のまま、そう心の中で呟いた。



 ロードたちが反乱組織の本部に来てから、およそ一時間後。

 酒の匂いが残るそのスペースに、二十人近い人々が集まっていた。

 ほとんどは、ごく普通の服装をした、一般市民。だが彼らはただの市民ではない。エルマムドの悪政の影響で、ひしひしと打ち寄せる失業の波に呑まれた者たちだ。

 まだ職を失って一月も経っていないから、生活はどん底ではない。今までの貯蓄で、どうにか食料品くらいは買える。しかし、苦しいことは確かだった。

 日に日に、物価が上がって来ている。このまま行けば、食べ物すら買えない状況になりかねない。そういう人々が、一刻も早くライバーン家の政治を復活させたく思い、この組織に参加したのだ。

 一般市民の他には、ワイラーのような、エルマムドの手先になることに我慢できなかった元軍人が数人。その他、ごく一部に中流階級にいる資本家もいた。彼らは資金面で反乱組織を援助しているのである。

 豊かな者の中にも、正義の言葉の意味を知っている者がいるのだ。ごくわずかではあったが。

 集まった人々は、皆、本部の奥に顔を向けて立ち、あるいは木箱の上に座っていた。ロードたちも一番前に立っている。

 彼らの視線の先には、指導者であるワイラーがいた。彼は、壁に掛けられた大きなスクリーンの横に立っている。

 そのスクリーンには、王都アスリーンの地図が映し出されていた。宇宙港から王城へと通じる大通りに、赤く太い線が引かれている。

 四日後、銀河連合評議会の有力議員、ヤード・デ・モローがこの王都を訪れる。この赤い線は、その際、ヤードが宇宙港から王城へと移動するルートなのだ。

「このルートで、エルマムドとモローは、共に王城へと移動する。皆も知っていると思うが、市民にはその際、通りに出て、二人を迎えよという命令が出ている。強制的なパレードといったところだ」

 ワイラーが、低めだがよく通る声で言った。

「呆れたもんだな」

 ロートが、そっとローラに耳打ちした。

「知っての通り、ヤード・デ・モローこそ、エルマムドに協力した、我らの真の敵だ。この男を倒さぬ限り、ユーフォーラに真の平和は来ないだろう。そこで、この計画を立てたわけだ」

「パレードを襲うのか?」

 カールスが問う。ワイラーは、大きく頷いた。

「王城に入られてしまっては、二人を倒すことは不可能だ。あの固い守りを突破するのは至難の業だからな。となると、暗殺のチャンスはパレードしかない」

「狙撃でもするってのか?」

「いや」

 今度は、ロムドが答えた。

「この星では、銃器の使用は、あまり好まれていないんだ。剣での戦いこそ、名誉あるものだと考えられている。だから、俺たちも剣で奴らを倒すんだ」

「さよう。剣で勝利してこそ、我々も民衆に讃えられようというもの。卑怯なやり方で勝っても、民の反感を買うだけです。そうなれば、ライロック殿下…いや陛下の御統治もやりにくくなりましょう」

「フーン…不便な星だな」

 ロードが小声で呟く。ローラは口に人差し指を当てて、ロードを(たしな)めた。

「とにかく、決起の時は四日後。詳細については後日連絡する。皆、協力を頼む。今度が、決戦と考えても良い戦いだからな」

 オーッ、と皆が拳を突き上げる。

「では、解散だ。何度も言うが、計画のことは他言無用だぞ」

 ワイラーがそう言うと、集まっていた人々は厚い扉を開け、本部を出て行った。

 しかし、一度に外に出て行っては、怪しまれてしまう。そのため、大部分の人は、上の酒場にしばらく留まる。そして、少しずつ出て行くのである。

 その中に、一人、異様に目つきの鋭い男がいた。彼は、

「四日後…パレードの時か…」

と、確認するように呟くと、ニヤリと笑った。

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