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第25話 再会

「ん…?」

 ロードたちが声のするほうを見ると、人々を突き飛ばし、一人の男がこちらに向かって走って来るのが見えた。黒髪の、無精髭を生やした逞しい男だ。

 その男は、緑色の制服を着た二人の兵士に追われているようだった。チラチラと後ろを振り返りながら、必死の形相で走って来る。

 男が、ロードたちの座っているベンチの前を通り過ぎた。その瞬間、ライロックはあっと声を上げた。セレナも、目を丸くして、思わず腰を浮かす。

「…どうした?」

 ロードが、不審そうに二人の顔を順に見る。

「あれは…あの男は、ワイラー…?」

「間違いありません…あれは、ワイラー隊長です!」

 二人はロードが何か言う前に、その男と、それを追う兵士を追って走り出していた。

「お、おい!」

 ロードが慌ててベンチを立つ。そしてカールス、ローラと共に走り出した。

 ライロックがワイラーと呼んだ男は、大通りをしばらく走った後、閉店した家具屋を過ぎたところで脇道に入った。兵士たちもそれに続く。少し間を置いて、ライロックとセレナ、ロードらも脇道に入った。

 男はいくつもの通りを横切り、人気のない裏通りに出る。そしてその道を、王城とは反対方向に走り出した。当然兵士たちがそれを追った。ライロックたちもその通りに出て来る。見ると、男は兵士たちを引き離しつつあるようだった。もうその男は、ライロックたちから二百メートル近く離れている。

 だが、その進行方向に、もう一人の兵士が現れた。ヒート・ソードを抜いたその兵士を見て、男は足を止めた。そのうちに、二人の兵士が追いつく。

「ワイラー!」

 ライロックとセレナはそこへ行こうとしたが、ロードとカールスに止められた。

 男は、三人の兵士に囲まれた。三人とも、剣を抜いて警戒している。男は懐から短剣を取り出した。しかし短剣では圧倒的に不利だ。男は、厳しい目を三人に向けていた。

「ワイラーが…!」

 ライロックが半ば叫ぶように言う。

「誰なんだ、あいつは?」

 ロードが、ライロックの肩を掴んだまま尋ねた。セレナは、肩にかけていたギター・ケースを下ろして言った。

「ワイラー・ゾーン。王都警備隊の隊長です」

「じゃ、知り合いか?」

「はい」

「兵隊に追われてるってことは、エルマムドの手先じゃないようだな」

 カールスの言葉に、セレナは頷いた。右手にはヒート・ソードが握られている。

「彼はストーラ陛下を敬愛しておりました。エルマムドなどには、決して屈しません」

 その警備隊長は、三人の兵士を相手に、戦いを始めていた。

 ヒート・ソードを振り回す兵士たちの攻撃を、右に左にと巧みにかわし、短剣を突き出す。だが所詮は短剣である。兵士は後ろに引いてその突きを避ける。長剣なら確実に仕留めているところだな、とロードは思った。

「助けなければ!」

 セレナは声を上げて、駆け出そうとする。しかし、カールスがセレナの肩を掴んでそれを止め、建物のそばに引き寄せる。セレナは鋭い目をカールスに向けた。

「放してください。ワイラー隊長を助けなければ…!」

 だが、カールスは放さない。ロードが、セレナと同様に走り出そうとしていたライロックの肩を掴んだ状態で、セレナを窘めた。

「こんなところで騒ぎを起こして、お前らの正体がバレちまったらどうするんだよ!」

「あ…」

 セレナとライロックは、同時に静止した。

 ロードの言うことは、もっともだ。ここでライロックの存在が敵に知られてしまっては、暗殺などできなくなる。敵はライロックの襲撃を警戒して、城の警備を厳重にするだろうからだ。そうなると、エルマムドの元に着く前に捕まってしまう可能性が高くなる。抜け道の出口は謁見の間にあり、そこから国王の私室までは、少し距離があるのだ。二部屋を越えるくらいのわずかな距離だが、城内の警備が厳重になれば、そのわずかな距離すら進むのが難しくなってしまう。

 暗殺は、完全な不意打ちに意味があるのだ。

 むろん、ライロックたちは変装している。一見して、旅行者の格好だ。すぐにはライロック王子だとはわからないだろう。

 だが旅行者が兵士に盾突いたとなれば、街中に指名手配されてしまう。そうなれば、今度は王城に近づくことすら困難になるのだ。

 今は、騒ぎを起こすべきではない。ライロックもセレナも、それを思い出した。

 しかし。

 このままワイラーを見捨ててはおけないとも、ライロックは思った。

 ワイラーは、さすがは手練れの戦士だ。ヒート・ソードを持った三人の敵を相手に互角に戦っている。だが、いずれは捕らわれるか、殺されるかするのは目に見えていた。ワイラーは敵の攻撃をうまくかわしてはいるが、敵にダメージを与えることができない。いずれは数で押し切られ、負けるだろう。

 不利だった。一刻も早く、助けに行きたい。いくら暗殺の成功のためだとはいえ、目の前で危機に陥っている者を見殺しにするのは、耐えられない。

 ライロックは、歯を食いしばっていた。肩が、小刻みに震えている。

 それを悟ったのか、ロードがライロックの顔を見下ろした。

「…耐えろ。今出て行ったら…」

 ライロックは、首を左右に振った。

「駄目です。耐えられません!」

「エルマムドを倒したくないのか!」

「倒したい…倒さなければと思っています。ですが、そのために、助けられる人を見殺しにはしたくない!」

 ライロックは、強引にロードから離れた。そして、ロードの目を直視する。

 真剣な目だった。

 ロードは少したじろいだが、すぐにライロックの目を睨み返す。

 少しの間、二人は黙ってお互いの目を凝視し合っていた。

「…どうしても、行くってのか?」

「はい。私は、私の目的のために、一人の犠牲者も出したくないのです!」

 ライロックは、ロードに背を向けて駆け出した。

「おい、待て!」

 ロードの声。反射的に振り向くと、鞘に入ったままのヒート・ソードが飛んできた。少し慌てて、ライロックはそれを受け止める。

 それは、ロードのヒート・ソードだった。

「ロードさん…?」

 ライロックが、目を瞬かせる。カールスも、驚きの目をロードに向けた。

 ロードは、笑って言った。

「行って来い。その代わり、後になって後悔しても知らねえぞ。カールスも、セレナを行かせてやれ」

「いいのか?」

「ああ。ライロックの意志だ。未来の国王陛下のな」

 カールスが、セレナの肩を放す。セレナは、

「ありがとうございます!」

と言って、ライロックと共に駆け出した。未だ戦い続けているワイラーの元へ。

「どういうことだよ? 騒ぎを起こすのはヤバいんじゃねえのか?」

 カールスが、不満げに言う。ロードは苦笑した。

「あいつの目を見たらな」

「何?」

「あいつの言ってることのほうが、大事なような気がしてな…」

 ロードはそう言って、ライロックたちのほうに視線を戻した。

 セレナとライロックの二人は、ちょうどワイラーの元へ着いたところだった。折しもその時ワイラーは、兵士の攻撃で右肩の皮膚を裂かれていた。真っ赤な血と共に、短剣がアスファルトに落ちる。

 兵士たちはもう一押しとばかりに、剣を振りかぶる。その瞬間、二人の兵士が背中を切り裂かれ、道路に突っ伏した。二人はライロックとセレナのほうに背を向けていたため、二人の接近に気づかなかったのだ。

「何だ!?」

 突然の敵に、驚愕する兵士。その隙をついて、ワイラーは左手で短剣を拾い、その兵士の腹に刃を突き立てた。

 呻きとも悲鳴ともつかない声を上げて、その兵士はうつ伏せに倒れた。血溜まりが、ゆっくりと広がった。

「どなたか存ぜぬが、感謝いたします。助かりました」

 ワイラーは、剣を鞘に戻す二人に言った。

 すると、女性のほうがクスリと笑った。そしてサングラスを外し、帽子を取り去る。すると、眩いばかりの紅い髪が、肩から背中に流れて降りた。

「私をお忘れですか、ワイラー隊長?」

「お、お前は…!」

 ワイラーはその女性の正体に気づき、目を丸くした。

「セレナか…! すると、そこにおられるのは…!」

「その通りだ、ワイラー」

 少年が、黒縁の眼鏡を外した。髪の色こそ違えど、その顔は、忘れるはずもない。少年は、ライロック・フォン・ライバーンその人だった。

「お、王子…!」

 ワイラーは、片膝をついて頭を下げた。肩から血が滴るが、構わない。

「よくお戻りになられました、王子…!」

 ワイラーの肩は、震えていた。ライロックの帰還に感激しているようだ。

「ワイラー、頭を上げてくれ。私は一度この星を逃げ出した身。王子と敬われる資格はない。セレナ、ワイラーの傷の手当を」

「はい」

 セレナはポケットから白いハンカチを取り出し、ワイラーの肩に巻きつけた。傷そのものの手当にはならないが、止血にはなる。

「すまぬ、セレナ」

「いいえ。それにしても、よくご無事で」

「うむ…お前もな」

 ワイラーとセレナは、微笑み合った。

「おい、ゆっくりくつろいでんじゃねえ」

 突然、ライロックの背後で声がした。三人がそちらを見遣ると、ロードとカールス、ローラがそこに立っていた。戦いが終わったのを見て、やって来たのである。

「急いでここを離れるぞ。他の兵士に見つかったらまずい」

「あ…はい」

 ライロックが素直に返事するのを見て、ワイラーは不審な顔をした。

「セレナ、あの者たちは…?」

 その口調は、少々憮然としていた。ロードのライロックに対する態度は、どう見ても王子に対するそれではなかったので、無礼だと思ったのだろう。

 セレナはワイラーを安心させるように言った。

「ライロック王子の友人たちです。皆、信用できる人ですよ」

「友人…?」

「話は後だ。とにかく、ここを離れよう」

 ライロックの言葉に、セレナは立ち上がった。ワイラーも、ここは逃げるほうが先決だと考えて、それ以上問うのは止めた。

「とりあえず、表通りに出て、ホテルにでも逃げ込むか」

 ロードはそう言って、周りを警戒しながら歩き出した。カールスもローラもそれに続くが、それをワイラーが止めた。

「お待ちを。隠れるのなら、もっと良い場所があります」

「いい場所?」

 ロードとカールスが、同時に振り返った。

「そうです。王子を始め、皆さんに、ぜひ来て頂きたい」

「…どこなんだ、その場所というのは?」

 ライロックが問う。

 ワイラーは、ライロックのほうに向き直ってから、こう言った。

「我々、反乱組織の本部でございます」

「反乱組織?」

「はい。エルマムドの支配を打ち砕くため、志ある者が集まったのです。そこならば、絶対に安全です」

「そりゃ、そうだな。反乱組織の基地ってのは、秘密の場所にあるもんだ」

 ロードが言った。

「よし。じゃあ、このおっさんのご厚意に甘えるとしようか。案内してくれ」

「…わかりました」

 ワイラーが、低い声で返事をする。ロードの無礼な態度が気に障ったのだろう。こめかみの辺りがピクピクと動いていた。

 しかし、ライロック王子の友人と言うからには、反乱組織にとっても強力な味方になるに違いない。金髪の少女は別にして、二人の少年は腕が立ちそうだと、ワイラーの勘が告げていた。

 今は、味方が一人でも多いほうがいい。そう思って、ワイラーは我慢することにした。

「こちらです、ついて来て下さい」

 ワイラーが、ライロックたちを導いて、尾通りとは反対の方角に歩き出した。

 程なくロードたちは、細い路地の中に消えた。

 それを、一人の兵士が建物の陰から見ていたことも知らずに。

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