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しゃれた丸眼鏡をかけた千草が、女教師のような姿でそこに立っていた。
松尾の目が豊満な胸元に釘づけになっている。
「千草先輩、いるならいるって言ってくださいよ」
久松は特に驚いたふうもなく言い返した。
千草はにっこりと微笑む。
「松尾君、久松君には十分注意したほうがいいわよ。油断してると骨の髄まで利用し尽くされて、ぽいってされちゃうからね」
棘のある言葉に久松は苦笑すると、
「怖いなあ。後輩にあらぬこと吹き込まないでくださいよ」
千草は無視すると、松尾の頭を引き寄せ、よしよしと撫でた。
「いい?こいつの言うことは信用しちゃ駄目だからね。お姉さんの言うこと、ちゃんと守りなさいね」
「はい!分かりました!!」
軍人のように敬礼する松尾は、もはや完全に手なずけられている。
単純な奴め、と久松は内心で松尾に向かって毒づいた。
千草は嫣然と笑うと、久松に嫌味たっぷりの視線を残して去っていった。
「……人妻かあ」
ほう、と恍惚とした表情で松尾は溜息をつく。
久松はやれやれと肩をすくめながら、
「お前、最近恵と会ってるんだって?」
松尾がぴくりと反応し、勢いよく久松を振り向いた。
「恵ちゃん、俺のこと何か言ってませんか?」
「何かって?」
「かっこいいーとか、頼りになるーとか」
両手を合わせて瞳をきらきらさせ、恵の声を真似て松尾は言った。
全く似ておらず、久松は乾いた笑いを浮かべる。
「さあ?そんなことは言ってなかったけどな。『すぐ手ぇつないできて嫌だ』とかは言ってたような気がするけど」




