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シャワーを借り、服を借りて、舞がバスルームからおずおずとリビングルームに姿を現すと、久松はお湯を沸かしてコーヒーを淹れているところだった。
「幽霊みたいに真っ青な顔してるね」
舞は落ちつかなげに視線をさまよわせる。
この状況に覚えがあったからだ。
あのときも久松は何だかんだ言って舞を助け、家まで送り届けてくれた。
久松はカップをソファーの前のガラステーブルに置くと、
「座ったら」
舞は強張った面持ちで席についた。
こんな風に一対一で話すのは久しぶりだ。
何をどう話していいか分からず、張り詰めた沈黙が漂う。
「舞ちゃんさ、篠宮のこと、本気で好きなわけ?」
全身から放たれる威圧感に、舞は喉を張りつかせた。
答えに迷っていたわけではない。
この男に、何もかも見透かされるのが悔しかった。
かたくなに口を閉ざしている舞を見て、久松は小さく息をつく。
「分からないな。君にとっては恋敵が消えるわけだから、放っておけばいいだけの話だろ。何でそんなに必死になるかな」
「私は、」
舞は頬を滑る涙に気づいて愕然とした。
まだ何もされていない、ひどいことも言われていないのに――どうして。
泣きやみたいのに、感情とは別のところで壊れたように弱虫な涙が溢れてくる。
「篠宮さんに笑っててほしいんです。幸せでいてほしいんです。そのために、私ができることがあるなら、全部したいって」
肩が震え、唇がわななく。胸が痛くてたまらない。
彼のためにできるをしたい。
そう思う自分の気持ちでさえ、絶対に自己満足やエゴでないと、言い切れはしないけれど。
「幸せを願ってる、ねえ。それが自分と結ばれることじゃなかったとしても?」
痛いところを突かれ、ズキリと心が疼く。
胸に手を当ててよく考えてみれば、きっと違う答えが見えてくる。
けれど今は、そのことから目を逸らしていたくて、舞は嘘をついた。
「それが人を好きになるってことでしょう」
久松は目を薄く細めて、「ふうん」と呟く。
眼光の鋭さに思わずうつむいていると、彼は立ち上がって舞に近づき、肩を押した。
視界が反転し、押し倒されたのだと気づいたときには、照明の光にかぶさるようにして久松の瞳の闇がこちらを見つめていた。




