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その日の深夜、ずぶ濡れの格好で舞が家に来たのを見て、久松は夢でも見ているのかと思った。


舞が自分から久松のもとへ足を運ぶなど、あり得ない事態だった。


何か非常に特別な事態でも起こらない限りは。


「お願いがあります」


玄関先で、水たまりができるほどの雫をしたたらせながら、舞は頭を下げた。


「えーっと?これはどういう風の吹き回しかな」


状況が把握できず、しかし何やらとんでもなく面白いことが起こっていることを鋭敏に察知すると、久松はチェーンを外してドアを開く。


しかし舞はかたくなに立ち止まったまま入室しようとせずに、


「篠宮さんと千草さんを会わせてあげてください」


久松は切れ長の瞳を軽く見開いた。


そして低く問う。


「何?もしかして、篠宮に頼まれたの?」


「違います」


舞はきっぱりと首を振った。


「私が勝手に頼んでいることです。このままじゃ仕事にも差し支えが出てしまうから。だから、」


「先輩の失態をフォローするのが、後輩の務めだろ」


舞はぐっと口ごもる。


もちろん、久松は自分にそんな実力がないことなどお見通しなのだろう。


その上で、あえて突き放しているのだ。


競合相手として対等な立場になった分、彼からの風当たりは強まった。


越えられない経験の差と、実力の差をはっきりと感じる。


もし自分に久松ほどの能力があれば、葵の動揺を感じて右往左往せずに、フォローするすべだって見出せただろうに。


「話はそれだけ?なら、閉めるよ」


「待ってください」


舞は必死で食らいつく。


「星島の件で、地元住民から寄せられた情報があります。それと交換というわけにはいきませんか」


星島周辺の土地は四菱が開発を手がけている。


長い歴史を持つ下町だからこそ、開発に有益と思われるニーズが拾えるはずだった。


「そんなに簡単に情報を渡そうとするなんて、君、デベロッパー失格」


弾かれたように顔を上げた舞に、久松は呟いた。


「いや、社会人失格かな。ともかく、その話には応じられない」


舞は肩を落としてうなだれた。


自分が役に立てるなら、この男に頭を下げることもいとわない、そう思っていたのに。


久松はしょんぼりした舞を見つめると、肩をすくめて言った。


「あのさ。そこに立ってられると、俺が閉め出してるみたいだろ。とにかく、タオルくらい貸すから身体だけでも拭いていったら」


意外な言葉は弱った心に温かく響き、舞は驚きのあまり深く考えることなく頷いてしまった。











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