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「篠宮さん……篠宮さん?」


現場から直帰する車の中で、葵ははっと我に返った。


「あ、ああ。悪い。何か言ったか?」


「お疲れみたいですから、運転を代わりましょうかって言ったんです。さっきから、ずっと上の空みたいだから、心配で」


舞は葵の心情を配慮して言ったのだが、葵はそれを勘違いしたらしく、


「すまない。事故にならないように気をつける」


「いや、そういうことじゃなくて……」


舞は口ごもった。何と切り出していいものやら分からない。


あの後、どこか葵は呆然としたままで、土地のオーナーや取引先やテナントとの交渉もあまりかんばしい成果は得られなかった。


激しい叱責こそなかったものの、彼らの顔にははっきりと不満の色が現れていた。


恐らく葵は、それにすら気づいていない。きっと、よほどの衝撃を受けたのだろう。


今も、その横顔はどこか切なく張りつめていて、見ているだけで胸が潰れそうだった。


「余計なことかもしれませんけど、」


「なら言うな」


葵が一刀両断する。


舞は意地になって、


「篠宮さん、千草さんって方とお会いしなくていいんですか?」


「本当に余計なことだな。お前には関係ないだろう」


冷ややかな口調で言い刺され、舞は激しく傷ついた。


だが、それでも黙ることはできなかった。


「そうかもしれません。けど、篠宮さん前にお会いしたときも千草さんを見てすっごく驚いてたし、今日だってずっと、」


葵はバン、と大きな音を立ててハンドルを叩いた。


舞は肩をすくめて飛び上がる。


「――黙れ」


低く、唸るような声で葵は言った。


舞は涙が溢れそうになるのをこらえ、唇を噛みしめた。


息がしづらく、口の中にじわりと唾が込み上げてくる。


「……どうしてですか?」


消え入るような声が言った。


「仕事を忘れるほど大切な相手なのに、どうして否定するんですか」


葵は黙っている。


ぽつり、とサイドミラーに水滴が落ちた。


曇天からこぼれた涙のような雨は、たちまち車軸を流すような雨となって降りそそぐ。


ワイパーがせわしなくフロントガラスを往復した。

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