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葵の反応といったら、見ものだった。
見る見るうちに強張っていく表情を、舞はそら恐ろしい気持ちで見つめていた。
千草さんって――あのときの。
ホテルで見かけた、きびきびとした理知的な美人の姿が蘇る。
葵は、千草は久松と付き合っているというようなことを言っていた。
でも、久松の口ぶりだと、千草は彼と結婚するわけではないらしい。
混乱したまま葵を見上げると、彼は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「それがどうした」
「意地は張らないほうがいいと思うよ。今回ばかりは、あの人も本気みたいだから」
「知ったことか」
葵はそう言いはしたものの、こめかみの辺りを引きつらせている。
ただならぬ雰囲気に、舞は立ちすくんだ。
「ふうん。まあ、君がそう言うんなら、俺は全然構わないけどね」
久松は思わせぶりにそう言うと、舞たちとすれ違うようにして別方向へ去っていく。
舞のそばを通りすぎるとき、久松は笑みを浮かべてささやいた。
「久しぶりだね。舞ちゃん」
舞は返す言葉が見当たらず、小さく会釈した。
相変わらず、他を圧倒してやまない存在感と華麗さを持った人だ。
この人がいると、妙に落ちつかない気分にさせられる。
「『あなたが最低だってこと、ちゃんと言ってあげる』だったっけ。
いやー結構傷ついたなあ、あれは」
天気の話をするように自然に持ち出され、舞はうろたえる。
反射的に謝りたくなったが、何とかこらえて毅然と顔を上げた。
「何と言われようと、私は私の思ったことをするだけですから」
久松は成長した子を見つめる親のような眼差しで舞を眺めると、口を開く。
「まあ、この案件はうちがもらったも同然だけどね。――お手並み拝見させてもらうよ」
「失礼します」
ぺこりとお辞儀をすると、急ぎ足で葵の後を追う。
雛鳥が親鳥を追いかけ付き従うような姿に、久松はすうっと目を細めた。
「――気に入らないな」
やがて吐き出された言葉は、ナイフのように鋭く尖っていた。




