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葵は見る間に表情が険しくなって、噛みつくように言った。
「何でお前がここにいる」
「怖いなあ。会うたびにそういうこと言うのやめてくれる?そんなんだから彼女もできないんだよ」
久松はひらひらと手を振りながら、余裕の笑みで応じた。
「余計なお世話だ。それより質問に答えろ。何で人事のお前がここにいる」
「そりゃあもちろん、人事じゃなくなったからだよ」
あっさりと言った久松に、舞は目をみはる。
二人の剣呑な雰囲気を、松尾アキラは好奇心いっぱいの瞳で見つめていた。
「人事じゃなくなっただと?まさか、」
久松は葵から視線を外すと、ゆっくりとその背後にいる舞に移して言った。
「そのまさか。今度の星島開発は俺と、この松尾君が担当するってわけ」
この春から商業施設開発部に異動になったんだよ、と久松はつけ加えた。
舞は氷柱を飲み込んだように絶句する。
松尾が近寄って、小さく耳打ちした。
「何か仲悪いねー、俺らの上司。一応敵同士だけど、俺らは仲よくしようね」
相変わらずのマイペースぶりに、舞は呆れるやら驚くやらで言葉も出なかった。
それにしても、松尾が四井にいるとは知らなかった。
もし自分が四井に入社していたら、今頃こうして久松の部下になり、優位な立場で案件を進めることができていたのだろうか。
複雑な気分になっていると、葵が言った。
「行くぞ」
「あ、はい!」
大股で歩く葵を小走りで追いかける。
去りゆく二人に向かって、久松は、
「ひとつ良いことを教えてあげようか」
葵は立ち止まらなかったが、舞は思わず振り返る。
久松は酷薄な笑みを浮かべて言った。
「千草さん――来月結婚するらしいよ」




