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四井不動産東京本社は、丸ノ内の一等地にそびえ立つ瀟洒な建物の中にある。
四井にちなんだ四十階建ての高層ビルからは、この街に生きる人々の動きを一望することができた。
白を基調とした解放感のあるカフェテラスで昼食を取っていた久松爽は、目の前に腰かける人影に気づいて顔を上げた。
「お疲れ、久松君」
長いつややかな髪を頭の上で留めた女性が、おくれ毛をかきあげながら微笑んだ。
大きな切れ長の瞳に高い鼻をした、西洋風の迫力ある美人だった。
「千草先輩。お疲れさまです」
久松は自然な仕草で近くの粉チーズを取って渡す。
パスタに振りかけると、千草と呼ばれた女性は目を細めて言った。
「なあに、ずいぶんと機嫌がいいじゃないの」
「そうですか?」
久松はとぼけた返事をするが、目が笑っている。
「そうよ。朝からずっとにやにやしちゃって。今に鼻歌でも口ずさみそうじゃない」
「嫌だなあ。にやにやなんてしてませんよ」
「はぐらかさないの。何かいいことでもあったんでしょ?教えなさいよ」
「本当に何もありませんって」
「あら、先輩命令が聞けないわけ?」
「困ったな」
久松は頭をかく。
千草は入社七年目で、人事部で新人教育を担当している。
抜群に頭が切れ、仕事を完璧に仕上げる手腕は他の追随を許さない。
久松が入社した五年前から、頭の上がらない先輩でもあった。