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「私、そんなに変な顔をしてましたか?」
「赤くなったり青くなったり忙しそうだったぞ。ロボットみたいにガチガチだったしな」
葵はからかうように言って、意地悪な笑みを浮かべる。
だが舞は、それよりも別の出来事に気を取られていた。
「篠宮さん。あのとき会った女の人って」
葵は一瞬、前方から視線を外し、じっと舞を見つめた。
そして、なぜか苦々しい表情になる。
「……前に言っただろう。有能な美人はあいつの大好物なんだよ」
「久松さんの彼女ってことですか?」
それだけなら、葵はあれほど動揺することはなかったはずだ。
舞は確信していた。
その答えを欲しいとも思い、同じくらいの強さで聞きたくないとも願っていた。
「彼女――か」
葵はぽつりと呟くと、再び前方を見つめて運転に集中する。
舞は置き去りにされた淋しさを噛みしめたまま、そっと溜息をついた。
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久松の住むマンションの一角で、恵は今日も料理に励んでいた。
今日のメニューは、ビーフシチューにクリームコロッケ、ツナサラダとデザートは手作りプリンだった。
フリルのついたピンクのエプロンをつけて、てきぱきと材料を用意し、調理を進める。
「痛っ」
ぼんやりしていたのか、ニンジンを切るときに軽く指先を傷つけてしまった。
ぷつり、と溢れてくる血の珠を魅入られたように見つめ、恵はあのときのことを思い返していた。




