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【新社会人編】
「同級生?」
葵が運転する車の中で、舞はすっとんきょうな声を上げた。
時は四月中旬、麗らかに咲いた桜の花は淡雪のようにこぼれ、アスファルトに白い斑点を描いている。
ほとんど散ってしまった葉桜を惜しむように見つめながら、葵はさらにアクセルを踏み込んだ。
二週間の新入社員研修を終え、今日から配属が決まった新人がそれぞれの部署で実務に入る日だった。
舞は希望どおり商業施設部に配属が決定し、葵直属の部下になった。
そして、これからテナントとの打ち合わせに向かうところだった。
初日から幹部の話し合いに参加することに緊張していたのだが、葵の切り出した話に一瞬それも吹き飛んだ。
「俺と久松が同級生なのが、そんなにおかしいか?」
葵は仏頂面のまま言った。
舞は苦笑を浮かべて首を振る。
「いえ。ちょっと意外だなって思っただけです」
久松も葵も舞の先輩にあたる早明大学のOBだが、同期で同学部だったとはさすがに知らなかった。
気のせいか、何となく因縁を感じる。
「といっても、大学時代はあいつと話したこともなかったがな。とにかく目立つ派手な奴で、学部内に知らない人間がいないくらいだった。泣かされた女は数知れず――ってやつだ」
憎々しげに吐き捨てる葵を見つめ、舞は軽く息をついた。
そうでしょうねと相づちを打ちたくなる。
大学生活を謳歌する久松の姿が目に浮かぶようだった。
葵はさぞかし真面目な学生だったのだろう、きっと彼が目ざわりだったに違いない。
「お互い入社して、競合したり共同でプロジェクトを進めていくうちに知り合ったんだよ。気に食わない奴だが、頭は切れる。仕事に関しては信頼のおける相手だよ」
彼を嫌う葵でさえ認めざるを得ないのだ、やはり久松の実力は本物なのだろう。
そんな相手に真正面から喧嘩を売ってしまったことを、今さらながら少しだけ後悔する。
「小林は、あいつと面識があるのか」
何気ない質問だったが、さまざまな出来事が脳裏に蘇って、舞は口ごもった。
「採用担当の方でしたし、OB訪問もさせていただいたので、顔くらいは」
ああ、と葵は気のない相づちを打って、
「だから、あのとき変な顔をしていたんだな」
「あのとき?」
赤信号を前に、葵は慎重にスピードを緩め、なめらかに停車する。
「俺がお前のOB訪問を受けたときだよ。たまたまあいつと会っただろう。知り合いだったから気まずかったのなら納得がいく」
見られていたのか。
舞は今さらながら赤面した。




