78
どんな痛烈な罵りが待ち受けているだろうと身を固めたとき、久松はぽつりと問うた。
「君は、どうしていつもそうやって、馬鹿正直でいられるのかな」
静かな口調だった。
呆れたような、それでいて奇妙な哀しみのこもった声だった。
舞は毅然とこうべを上げて、背筋を伸ばしたまま答える。
「分かりません。これが私ですから。もう変えられないのかも」
したたかに生きていくには、知識も経験も不足しすぎていた。
傷ついても辛くても、人より損をして苦しんでも、他に手段がなかった。
けれど今は心から思える。こんな自分でよかったと。
「それに」
舞は一旦言葉を切ると、胸を張って言った。
「あなたのこと、ちゃんと最低だって言ってあげられるの、私だけだと思うから」
久松は今度こそ目を見開いて絶句した。
頭を思い切り殴られたような衝撃に襲われる。
いまだかつてない、強い強い驚きだった。
目の前にいる少女が、別人のようにまぶしく輝いて見える。
彼女の放つ光が、気高くその身を包むのが見えるようだった。
「……面白いこと言うね」
瞳を細めて薄く笑う。
その指先は、かすかに震えていた。
「それって、俺への宣戦布告と取ってもいいのかな」
久松の挑戦的な台詞に、舞は微塵もひるまず応じた。
「ええ。構いません」
強く美しくなった舞を目の前に、久松はようやく気づいた。
いや、認めざるを得なくなっていた。
自分が大きな間違いを犯していたことに。
逃がしてしまった魚の大きさに。
気づいたと同時に、舞は自分の手の届かないところへ行ってしまう。
驚きと、猛烈な焦燥感。
奥歯に噛みしめながら、久松は精一杯の虚勢を張った。
「分かったよ。今度会うときは、お互い社会人として、競合相手としてだ。手加減はしないから、そのつもりで」
「望むところです」
舞は透きとおるような微笑みで、凛と受けて立った。
二人を包む空気の色が、時間の流れが、音を立てて変わる。
そんな劇的な瞬間を、身体中で感じながら、久松は知らず手のひらを強く握り締めていた。
彼の心に初めて、まぎれもない恋の炎が灯ったことを、舞は知る由もなかった。
【就職活動編・終】




