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懇親会を終えて自宅に帰るころには、空は晩霞にくれなずんでいた。
冷涼な秋風が吹き抜け、舞の黒髪をさらって散らす。
茜色や黄金に色づいた紅葉が目に染みる。
こんなにも時間は過ぎていたのだと、舞は感慨深かった。
卒業まであと半年。
級友たちは旅行やコンパに忙しいが、舞にはそんな余裕もなく、思い出作りに励むことはできそうもなかった。
押し寄せる淋しさをこらえ、舞は顔を上げた。
卒業して給料を得れば、家族で旅行することもできるだろう。
踊を大学へ行かせ、母のバイトの量を減らし、お世話になった人たちへ恩返しをする。
舞にとっては、大学生活のうちにやりたいことよりも、社会に出てから叶えたい夢のほうがはるかに多かった。
今日の晩御飯は何にしようかと考えながら家路を急いでいると、目の前にふっと影が差した。
視線を上げ、思わず手で口を覆って立ちすくむ。
「やあ、舞ちゃん。久しぶりだね」
軽く手を上げ、久松爽が不敵な笑みでそこに立っていた。
疑問や恐れが一斉に脳内をジャックして、舞は口をぱくつかせた。
「どうして……」
かすれ声で呟く。
この男はいつだって何の前触れもなく、舞の予想をはるかに逸脱した行動を取るのだ。
どんなに心構えをしていても、あっけなくかき乱されてしまう。
今もそうだ。
戸惑いを浮かべた舞の手を取り、何の断りもなく路上に停めてある車まで引っ張っていく。
「ひどいなあ。もう俺のこと忘れちゃったの?あれだけ利用しといて、用が済んだらそれでおしまい?」
それはこっちの台詞だ、と言いたくなるのを喉元でこらえる。
挑発に乗っては駄目だ。今口論すべきなのは、そんなことではない。
「どうしてここにいるんですか?どこへ行くんですか?それに、久松さん、刺されたって」
久松は不意に立ち止まり、冷ややかな目で舞を見た。
「誰から聞いた?」
しどろもどろになって舞は目を泳がせる。
正直に話すなら、四菱地所の内定者懇親会に行ったことから打ち明けなければならない。




