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「篠宮さん」
呆然と口走った舞を見下ろし、葵の表情が驚きに変わる。
「あのときの。小林、だったか」
名前を呼ばれ、胸が大きく高鳴った。
「はい。その節は本当にお世話になりました。おかげさまで内定を頂くことができました。感謝しています」
歯切れよく言って、ぺこりと頭を下げる。
葵は安堵したような笑みを浮かべ、
「それより、悪かったな。冷たかっただろう」
と言って、ポケットから白いハンカチを取り出した。
「大丈夫です」と舞が遠慮しようとしたとき、
『ご歓談中のところ失礼します。人事部長の中島より内定者の方々へメッセージを申し上げたいと思います』
「出るぞ」
「え?」
間抜けな声を出した舞の手を取り、葵はずかずかとホールを横切って出口へ向かう。
舞はうろたえて葵を見上げ、
「あの、篠宮さん。お話があるって」
「どうせくだらない話だろう。誰も聞いちゃいない」
葵は真顔で言い放った。
「でも、」
言いかけた舞に、葵は言い刺した。
「その格好じゃ風邪を引く」
舞は大げさな、と笑いかけたが葵は大真面目だった。
ホテルの一階にある高級ブランドの店に入ると、棚からシャツを無造作に引き抜いて、
「これに着替えろ」
値の張りそうな品物に、舞は首を振って、
「いえ、いいです。もう乾いたし、大丈夫ですから」
だが、葵はぎろりと舞をひと睨みし、
「先輩の言うことに逆らうな、新米」
「……はい」
何だろう。
この気分、前にも味わったことがある気がする。




