07
舞は藁にも縋るような思いで頭を下げた。
「どうかお願いします。このことは誰にも言わないでください」
涙ぐんだ舞を面白そうに眺め、久松は言い放った。
「タダで頼みを聞いてもらえるとでも?」
豹変した久松に、舞はおろおろと、
「お金……お支払いできる限り、」
「要らないよ、金なんて。不自由してないんでね」
逃げ道をふさがれ、舞は打ちひしがれて久松を見上げる。
「じゃあ、どうしたら」
途方に暮れる舞に、久松はさらなる追い打ちをかけた。
「どうしたらいいかは自分で考えろって。じゃなきゃ、そろそろ退屈すぎてうっかり口を滑らせるかもしれないなー。杉崎部長に」
会話から察するに、杉崎は社内の人事を掌握する人事部長だった。
この事実が彼の耳に入れば、ただでさえ望みの薄い四井不動産への内定の可能性はゼロになる。
どうしてもそれだけは避けたかった。
――ここさえ乗り切ることができるなら、何をしたっていい。
「何でもします」
気がついたら、言葉が口をついていた。
久松は目を細めて薄く笑み、必死な舞の様子を見つめている。
「私にできることなら何でもします。だから……」
「だから?」
「見逃してください。私のことを杉崎さんや他の方に黙っていてください。お願いします」
「へえ……。何でもするんだ」
久松は、ごくごく優しい声色でそう言った。かすかな希望を感じて舞は顔を上げる。
そこに恐ろしい笑顔を見たとき、舞はとんでもない間違いを犯したと悟った。
「ごめんなさい、やっぱり私、」
「何でもするって言ったよな?」
有無を言わせぬ口調で刺され、言葉を失う。
「はい、契約成立」
久松はにっこりとし、大きく伸びをすると、上機嫌な顔でウイスキーに口をつけた。