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膝ががくがくと震えだす。
何とか首をめぐらせ、男子学生たちのほうを見ようとする。
せめて誰が話しているのか顔を見たかった。
久松が刺された?
四井の内定を辞退する電話を入れた後、舞は久松の痛烈な当てこすりを覚悟していた。
さんざん文句や嫌味を言われるだろうし、場合によっては脅しをかけてくるかもしれないと思っていた。
舞は二月いっぱいまで玉響で働く予定である。
四菱地所に暴露されれば、即内定取り消しというわけではないにせよ、悪印象は免れなかった。
どんな仕打ちが待ち受けているのか戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていたにも関わらず、久松からの連絡は一向になかった。
玉響に現れることもなく、季節は春を過ぎ、夏を越え、秋を迎えていたのだ。
ゆえにこの数ヶ月、舞は久しぶりに平穏な日常を取り戻すことができた。
久松の影に怯え、臨戦態勢に身を置くことをやめられた。
屈辱と服従の日々から離れることができた。
そんな嘘のように明るく問題のない日々が、嵐の前触れではないかと不気味にさえ思えるほどに。
ようやく分かった。
舞はぐっと歯を噛みしめる。
久松は自分を解放したわけではない、動きたくとも動けなかったのだ。
「お前それ誰に聞いたの?」
「四井に内定もらった友達。噂になってたらしい」
「刺されたって、誰に?」
「いや、それがさ……」
思わず耳をそばだてたとき、エレベーターがポンと高い音を立てて到着した。
扉が開き、学生たちが一斉に排出され、ばらばらと歩き出す。
舞は慌てて声を頼りに男子学生たちを探したが、結局見失ってしまった。




